推すことで人生は造られる 宇佐見りん『推し、燃ゆ』を読む

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“推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない(P3)”.


と幕開ける本作。高校を中退してしまった主人公・あかりは、男女混成5人グループ・まざま座(AAAみたいな感じでしょうか)のメンバーである上野真幸を推している。高校も辞めちゃったし、母や姉とも上手くいかないし、あたしは元々できが悪いし。そんな環境でも、推しさえいれば生きる意味が持てる。推すことが生きることに直結する。推しのいない人生は余生とまで言い切るほどに、上野真幸は彼女にとって神格化された存在となっています。

理屈では説明できない執着はあるが、繋がりたいとは思っていない。推しがいる世界、それが全てであり、そのためにあたしの肉体も精神も存在し続ける。彼女自身がファンとしてSNSやブログ等で想いを綴っているが、そこにつく”いいね”自体にあまり興味はない。彼自身をまるごと解釈し、自分らしく推しを推す。それがあかりのやり方であり、生き方。

推されてる側の上野真幸は、テレビドラマに出演したり、数千~万規模のキャパシティでライヴを行うぐらいなので、世間的な知名度はある様子。所謂、地下アイドル的な距離感はなく、ファンを認知している様子もない(もちろん、あかりのことも)。炎上の要因は殴った以上のことは描かれていないが、サバサバした彼自身の性格とアイドルとしての苦悩はサラッと描かれている。

そんな彼も人へと還ってしまう。推しは神ではなく、人だった。その現実を突き付けられた後の彼女は、自分の存在意義がわからなくなる。終盤に揺らぐ思考と身体。推しがいなくなるという現実、それに付随した推すという業の消失。背骨を無くし、自分が自分でいられなくなるのは村田沙耶香さんの『コンビニ人間』にも通ずるところがあります。


あたしは推しの存在を愛でること自体が幸せなわけで、それはそれで成立するんだからとやかく言わないでほしい。お互いがお互いを思う関係性を推しと結びたいわけじゃない。(中略)。推しを推すとき、あたしというすべてを懸けてのめり込むとき、一方的ではあるけれどあたしはいつになく満ち足りている(P62).

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