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自分の物差し 朝井リョウ『どうしても生きてる』を読む

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死んでしまいたい、と思うとき、そこに明確な理由はない。心は答え合わせなどできない。(『健やかな論理』)。家庭、仕事、夢、過去、現在、未来。どこに向かって立てば、生きることに対して後ろめたくなくいられるのだろう。(『流転』)。あなたが見下してバカにしているものが、私の命を引き延ばしている。(『七分二十四秒めへ』)。社会は変わるべきだけど、今の生活は変えられない。だから考えることをやめました。(『風が吹いたとて』)。尊敬する上司のSM動画が流出した。本当の痛みの在り処が映されているような気がした。(『そんなの痛いに決まってる』)。性別、容姿、家庭環境。生まれたときに引かされる籤は、どんな枝にも結べない。(『籤』)。現代の声なき声を掬いとり、ほのかな光を灯す至高の傑作。

 生きていくこと、それは多くの苦しさや困難を伴うことである。もがいていく中で少ない喜びや楽しみを味わうことである。短編6つを収めた本作は、誰かが見つめた現実を通して人間の弱さや狡さを巧みにあぶりだし、読者自身の心をえぐる。朝井さんは人間ってこんなもんだよねえと捉え、冷静にそこを突くのが巧い。生き辛さは誰もが抱えるものであるが、こんなはずじゃなかったのにという人生も受け入れて生きていかざるを得ない。読みながらこうもヒリヒリするものか、と何度感じたことか。

 連作短編ではないので、どのお話も繋がりはないけれども、ラストの「籤(クジ)」を通して、それでも生きるんだという決意を持つ。これら短編6つによる「どうしても生きてる」というタイトルの圧倒的な輝き。生きていく上での苦しさの集積がその輝きへと浄化されてるよう。

 本作で特に好きなのが2編目の「流転」。かつて観た年末フェスでのヒップホップのパフォーマンスを通し、突き付けられた”リアル、熱、切実さ、本音、嘘のなさ”。座右の銘のように自身に刻みながらも、それから目を背けて生きてきてしまった主人公(40代サラリーマン)。元漫画家の彼は結婚を機に辞め、サラリーマンとして生活しているが、これまで自分自身の物差しを常に変え、これからもそうして生きていくだろう弱さを描いている。

時代は巡り、社会は変わる。流行の音楽も、フェスのタイムテーブルも、売れるマンガも、自分を取り巻く環境も、その時の世間にとって価値があると判断されるものも、自分の中にある物差しも、何もかもが輪郭や目盛りを変えていく。変えていかざるを得なくなる。生きていくために、直線は曲線になる(p71)

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