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繰り返す逆行、時の不思議 吉村萬壱『回遊人』を読む

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 40代半ばの純文学作家、偏愛というよりかは男の欲望が炸裂しまくる。10年前に戻る白い錠剤を使って。もし、今の生活に不満が無くても、10年前に戻ってみたいとは思う人は多いだろうな。

 その小説家は10年前の世界に戻り、他人が数年後に発表する、ベストセラー小説を上手くリライトした作品を発表して、売れまくる(アイデアをパクったとも言う)。さらには現世では妻だった人を選ばず、彼女の友達のグラマーな女性と結婚する。この主人公の下衆さと欲望、成功への渇望がこれでもかというぐらいに描かれてます。

 ただ、10年前に戻ったからといって、思い通りになってるかと思えばそうではない。起こるであろうことは記憶してるはずなのに、時の流れもそうだし、人の動きや生活もその通りにはならず、変わってしまう。それはそれで新たな10年間が築かれる。こちらでは震災も起こらない。自分が他の人と結婚したように、周りの人間も現世と流れが変わってしまうのだ。生きていた人が死に、死んでいたはずの人が生きている。時の不思議。

 おもしろかったのは、主人公は現世では文学賞を取ってデビューする。しかし、10年前に戻ると、構成等は頭に全部入っているはずが、その作品を再現することはできない。「近づこうとすればするほど作品は、『本物』からどんどんと遠ざかる」この主人公の告白は、表現や作品はある種の奇跡なのかもしれないと思わされる。そして、創作物の評価もまた変化していってしまうということなのでしょう。

日記とは心の下水道である。だからこそそれは、絶対に読まれては、ならないのである(p89)

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