思い出が持つ罪と感傷 田中慎弥『完全犯罪の恋』を読む

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 私小説からの変容か。まるっきりのフィクションか。有名な賞を取ったものの40代後半となって息詰まる作家・田中の回想と現在を交錯して描く物語。

 かつて過ごした下関、その高校時代に小説好きな女性・緑に抱いた恋心。そこから30年以上経つ現在では、緑の娘を名乗る女性が現れ・・・。思い出が持つ罪と感傷、地続きの今における作家として生きて書いていくことへの覚悟。ある程度は自己投影されているだろうけど、これが全くのフィクションだと言われても、その力量ある作家でしょうからね。

 実は田中さんの作品は初めて読んだのですが、初めての恋ゆえ、さらに若さゆえの純真さを持っているために相手への想いの暴走が見られますが、やはり純文学としての味わいが勝るといえますかね。ミステリーっぽい煽りはしているけど、そんなことはなく。

 若き日の文学への目覚め、それを共有できる異性の存在。当然のように惹かれていき、些細なやり取りですら美化された過去。蒼き日々、でも、どことなく憂いと静かな怒りのようなものを湛えている。娘の登場によって、客観視した過去を語る中で、田中が過ちだと思っていることが浮かびあがる。

 そして、自身が獲得した賞にあたる文豪(芥川龍之介、川端康成、三島由紀夫)が出てくるのですが、彼らの作品と彼らが遂げてしまった自死への著者なりの考察。自死を前提に作品を考えるべきか、作家と作品を別に考えるべきか。僕なんかは、彼らがそうした死に方を選んだことを知ったうえで読むのが前提になっているが、あまり深く考えてはいなかったことを思い知る。

 一番好きな作家はと訊かれれば、ためらいなく川端康成と答えます。そのあとで、疑問と恐れに捕らわれます。小説にどれだけ感動したからといって、自ら命を絶った川端の名を口にしてもいいものか、と。
 作品と作家は別に考えるべきです。死に方がどうであれ、作品は作品として読み、好き嫌いだと言ってしまって、いっこうに構いません。しかし、小説を仕事とする者として、作品は好きだけど、死に方はいやだ、自殺がいいことであるわけがないと物分かりよく言ってしまっていいものか(p129)

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