自分との対話 平野啓一郎『ある男』を読む

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弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。ある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる……。里枝が頼れるのは、弁護士の城戸だけだった。人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。「大祐」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。人間存在の根源と、この世界の真実に触れる文学作品。

 事故死した夫は、全くの別人でした・・・。と聞けば2018年初頭に映画化された『嘘を愛する女』を思わせますが、本作は妻が亡くなった夫が誰だったかを探るのではなく、彼女から依頼を受けた弁護士・城戸が調査する。そんな城戸自身は弁護士でありながら、在日という出自に昔から悩まされ・・・

 ミステリー小説の体裁ながらも謎解きが主題ではない。亡くなった夫(ある男)の過去を探ることで城戸自身も揺れ動き、いろんな顔・人格を他者にみせる。その辺は氏の提唱する分人主義の表れ 。単なるなりすましという問題にとどまらず、 東日本大震災やヘイトスピーチ、死刑制度、戸籍問題など多層に広がりを見せながら、近いコミュニティの夫婦や家族といった関係性を改めて見つめなおし、”自分”とは何かを問い詰める。平野さんが常に投げかけてくる根源的な”わたしとは何か”。読みながら読者自身も、自問自答を重ねることとなります。

 他人を生きることはほとんど考えたことありませんが、違う生き方もあったのではと考えることは多々ある。生き方を間違えたと思うことだってある。でも、それは取り返すことはできないから、未来を良くしていくことで、過去自体をこれで良かったんだと肯定できるものに変えていくほかない。平野さんが『マチネの終わりに』で書かれた”未来を変えることで過去は変えられる”と書いたように。それにしても、マイケル・シェンカーは神と出てくる辺り、道尾秀介さんと並ぶメタル作家としての性分が出てます。

一体、愛に過去は必要なのだろうか?(p347)

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