他人を振り返りながら自分を顧みる チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』を読む

十六の夏に出会ったイギョンとスイ。はじまりは小さなアクシデントからだった。ふたりで過ごす時間のすべてが幸せだった。でも、そう言葉にすると上辺だけ取り繕った嘘のように…(「あの夏」)。誰も傷つけたりしないと信じていた。苦痛を与える人になりたくなかった。…だけど、あの頃の私は、まだ何も分かっていなかった。2018年“小説家50人が選ぶ“今年の小説””に選出、第51回韓国日報文学賞受賞作。

 チェ・ウニョン氏著、古川綾子さん訳『わたしに無害なひと』。先月に放送されていたTBSラジオ『アフター6ジャンクション』にて特集されていた韓国文学。その中で『82年生まれ、キム・ジヨン』を訳した斎藤真理子さんがオススメしていた一冊です。

 韓国の女性作家が描く人との出会い、別れ。傷つき、傷つけあいながらも人をどうしようもなく求める。深い孤独を恐れて。しかし、どれだけ深く想いあってもさよならの日は時に訪れてしまう。その儚さや痛みは、歳を重ねても自分の中から決して消えることはない。”過ぎた日々を記憶することの大切さが、人間を人間たらしめるものと私は考えている(p6)”、その著者の言葉通りに過去の記憶を拠り所に、人々はみな生きている。

 収録された7つの短編では、性的マイノリティや差別といった問題にも切り込む。女性だから仕方なく犠牲になるしかないのか。それに対して著者は物語を通して訴える。 84年生まれの著者が青春期を過ごしてきたのが、映画『はちどり』や『82年生まれ、キム・ジヨン』の世界とも重なるために、その2作を鑑賞していることは本作を読み進めていく上でずいぶんと助けになった。20ページ弱で収まる「六〇一、六〇二」は、家父長制に苦しめられる女の子を描いており、『はちどり』に近いものを特に感じるものだった。

 生きていく上で、人は人と関わる。人が人を想う。人は人の気持ちを知りたがる。その切実さが身を切るほどに著者の文章から伝わってきます。中編と呼べるぐらいのページ数で綴られる『砂の家』では、パソコン通信のコミュニティで知り合った2人が愛とは何かを悟り、『告白』は人を傷つけた過去を懺悔し、「アーチデイ」は別れを通して自分の人生を歩むことの尊さを知る。

 ”わたしに無害なひと”というタイトルからすると、他者に対しての思いが浮かんでくるかと思った。けれども、読むと物語を通して自分を省みることばかり。淡々とした文章・訳だけど、グッと懐に入り込んでくる。

人が私を失望させるのだといつも思っていた。でももっと苦しいのは、自分の愛する人を失望させた自分自身だった。私のことを愛する準備ができていた人にまで背を向けさせた、自分自身の荒涼とした心だった(p202)

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