自分を頼りにして 松田青子『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』を読む

コロナ禍で子どもを連れて逃げた母親、つねに真っ赤なアイシャドウをつけて働く中年女性、いつまでも“身を固めない” 娘の隠れた才能……あなたを救う“非常口”はここ。『おばちゃんたちのいるところ』が世界中で大反響の松田青子が贈る、はりつめた毎日に魔法をかける最新短編集。

 ”おじさん”が牛耳る国・ニッポンを細かく描写し、揶揄した2020年発表の『持続可能な魂の利用』がとても面白かったので、2021年4月末発刊のこちらも手にしました。2014年8月に発表されたものから2021年発表のものまで収録した全11篇の短編集となっています。共通するのは、女性視点で綴られる生き辛さや違和感でしょうか。世の中に押し付けられる”女性らしさ”による必要以上の消耗。それでも、フェミニズム文学と安易な表現がはばかられるほどの裏拳カウンターが炸裂しています。

 「クレペリン検査はクレペリンの夢を見る」「桑原さんの赤色」では求人募集における”女性募集”の意図を書き、「許さない日」では体操着のブルマに対しての憎しみと反抗をぶちまける。はびこる理不尽、変わらない社会。脱出したくてもできないじゃん。美人だからとイージーモードの人生になるわけではない。世は無情、ああ無情。男性である自分からしたらすみませんという感覚が強くなる。これは『持続可能な魂の利用』でも思わされたけど。

 特に印象的なのは2編。まずは『誰のものでもない帽子』。2021年発表の35ページ程度の短編。新型コロナ感染症下において、シングルマザーが安いホテルを転々としているさまを描く。その理由はなぜか。表面化した問題に対して、SNS上でみかけたふとした言葉に救われる彼女。今だからこそのかすかな連帯が日々を繋ぐ。

 もうひとつが「物語」です。2014年夏発表と本作の中では、一番古い出典。にも関わらずここで書かれている描写は、何一つも古くない。むしろ今でもこの感覚がはびこっている。男の子は青だし、女の子は赤。今のは一例ですが、圧倒的な早さで更新されていくテクノロジーとは裏腹に、旧世代・旧来の価値観は変わらない。”男はこうあるべき、女はこうあるべき論”の信仰は未だに根強く、それが社会生活への順応の道標というからやっかいです。世はなんでも”物語”に組み込んで回収し、そこから外れていたら”変”というレッテルを貼り付ける。例外は認めないんだから。それでも読んでいて、おひとりさまで何でも済ませてしまう僕にとっても頷ける部分が多かったです。

 10編を経て辿り着くラストの表題作では”男の子になりたかった女の子になりたかった女の子は~”は畳みかけるように男たちが作り上げた世界への違和感を吐露する。前述した「物語」よりも生々しく一気呵成に。その中で著者は主張する。世がつけた評価なんかじゃなくて『自分でつくりあげてきた自分だけの目を信じろ』と。

見たいものしか見ないあなたに何が見えるの。自分の正解しか正解じゃないと思っているあなたのどこが正解なの。都合よく切り切り貼りしているだけじゃない。(p186)

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