世界は誰にだって開かれている 『すばらしき世界』鑑賞

 西川美和監督、初の原作ありの作品。佐木隆三氏が実在の人物をモデルとして1990年に発表した『身分帳』を原案に、現代に置き換えて作られている。

 役所広司フルコンボで描かれる三上という人物は、元ヤクザで前科10犯で殺人歴ありのいわくつき。13年の刑期を終える直前から物語はスタートする。瞬間湯沸かし器のような短気さだが、曲がったことが許せないのと度を超す義理人情を持っており、人間味に溢れすぎている。そんな彼を受け止めるためにはどうするか。社会の寛容さ・不寛容さというのがテーマのひとつとなっている。

 観たばかりの藤井道人監督「ヤクザと家族」は比較されることが多いと思う。同じく元ヤクザが刑期を終えての出所後、”反社”という言葉が大号令のように響き渡る現代社会で、居場所を求めて足掻くさまを描いている。「ヤクザと家族」はそれこそ生きるの無理ゲーといわんばかりに、社会的抹殺に遭う元ヤクザと周辺の人たちでした。全員が全員悪い方向に振れていくので、観ていてもかなりしんどい思いを受ける。

 対して本作は三上に対して優しく接する人が多い。役所の人たちやスーパーの店長、自動車教習所の教官など。多少の色眼鏡はあるだろうけど、どういう過去があれ、三上をひとりの人間としてちゃんと接してそれぞれの仕事をしている。特に役所のケースワーカーを演じてた北村有起哉さんは、『ヤクザと家族』で演じた役割とギャップがでかすぎて驚く。だって、こちらだとめちゃくちゃ良いひとですし(笑)。

 三上は、塀の中という断絶された世界から現代日本へと舞い降り、少しずつの適応をみせる。それでも義理人情の男だから、時には彼が思う正義ではないところで怒りが爆発してしまうのだが。そんな彼を観ていて一番印象に残っているのは、たまごかけご飯を食べるシーン。かき混ぜ方から食べ方まで、小気味よい音とテンポ、匂いと食感が届く感じまであんなに美味そうに召し上がるのは名演としか言いようがないです。起伏に富み、メッセージ性にも富む本作だが、意外にも一番のシーンがそこなんです。

 仲野太賀が演じる元TV関係者兼小説家志望の青年、津乃田がおそらく佐木隆三さん的役割であり、一般社会的な視点を持ったという役どころ。途中から彼を通して三上という人物を見つめる形が増えていく。と同時に取材対象から人間としての付き合いに変わっていくのも興味深いものがあった。

 ラスト付近にある介護施設で起こる、他人を救っている仕事であっても他人へのああいう嫌がらせ。世の中はそんな矛盾に満ちているが、それを見過ごすことを適合と呼んでいいのかはわからない。ただ、生きていく上で必要な我慢というのが本音でしょう。すばらしき世界、そんなものはあるのか。長澤まさみさん演じるプロデューサーが焼肉屋で言ったことが、結局のところじゃないのか。

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