過酷な現実が圧し掛かる 『家族を想うとき』鑑賞

¥4,032 (2021/07/04 07:42時点 | Amazon調べ)

イギリス、ニューカッスル。ターナー家の父リッキーはマイホーム購入の夢をかなえるため、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立を決意。母のアビーはパートタイムの介護福祉士として、時間外まで1日中働いている。16歳の息子セブと12歳の娘のライザ・ジェーンとのコミュニケーションも、留守番電話のメッセージで一方的に語りかけるばかり。家族を幸せにするはずの仕事が家族との時間を奪っていき、子供たちは寂しい想いを募らせてゆく。そんな中、リッキーがある事件に巻き込まれてしまう──。名匠ケン・ローチ監督が引退撤回してまで創り上げた3年ぶりの一作。

 週6日・14時間勤務を続ける宅配ドライバーの父、夫のために車を失っても長時間拘束の訪問介護の仕事を続ける母、本作中で問題を起こしまくる兄、成績優秀で家族の関係を特に気にしている妹。それぞれが家族を良くしたいと思って行動をするも、反比例するように関係にヒビが入り、歪みはだんだん大きくなる。幸せに暮らしたいと願い、働く。他者も時間も犠牲にして働き続ける。全部、家族のため。家族を守るためだったはずが、家族という形態を逆に壊していく。労働やシステムが搾取するもの。

 反抗期の息子が事あるごとに問題を起こすのでおいおいとなるけれど、とにかく印象的だったのはラストシーン。ある事件で満身創痍の状態となった父。それでも俺は家族のためにやらなければいけないという決意の行動を取る。家族3人が止める中、行かざるを得ない金銭状況。希望も救いもない。でも、それがリアルだと特に最後は思わされたし、感じた。

 ただただ現実をぶつけ、懸命に生きる市民を描くも、幸せというゴールは一向に見えない。そもそも幸せなんてものが存在するのか。ただの幻想なのだろうか。抜け出せない負の連鎖は誰にでも起こりうる。劣悪な環境だろうと、どうしたって働かないと道はない。ひたすら過酷な現実だけが圧し掛かります。今年観た作品の中では『存在のない子供たち』と並んで特に印象的な映画でした。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

目次
閉じる