苦悩と希望 『滑走路』鑑賞&読む

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厚生労働省で働く官僚の鷹野は、激務に追われる中、理想と現実の狭間で苦しんでいた。ある日、NPO団体が持ち込んだ“非正規雇用が原因で自死したとされる人々のリスト”の中から自分と同じ25歳で自死したひとりの青年に関心を抱き、死の真相を探り始める。30代後半に差し掛かり、将来的なキャリアと社会不安に悩まされていた切り絵作家の翠。子どもを欲する自身の想いを自覚しつつも、高校の美術教師である夫との関係性に違和感を感じていた。幼馴染の裕翔を助けたことをきっかけにいじめの標的になってしまった中学二年生の学級委員長。シングルマザーの母・陽子に心配をかけまいと、攻撃が苛烈さを増す中、一人で問題を抱え込んでいたが、ある一枚の絵をきっかけにクラスメートの天野とささやかな交流がはじまる。それぞれに“心の叫び”を抱えた三人の人生が交錯したとき、言葉の力は時を超え、曇り空の中にやがて一筋の希望の光が射しこむ-。

 『滑走路』を鑑賞。32歳で命を絶った歌人・萩原慎一郎さんの『歌集・滑走路』の一句一句から着想を得てのオリジナルストーリーとなります。萩原さんは1984年生まれで2017年6月に前述の歌集発刊前に亡くなっている。ちなみに弟の萩原健也さんがジャズギタリスト兼ギター講師として活躍。

 物語は、3本のストーリーが並走します。

  1.  寄川くん演じる中学生・学級委員長が遭う3人からの深刻なイジメ被害。
  2.  浅香くんによる25歳の若手官僚を襲う激務とストレスによる苦しみ、同時にNPO団体が持ち込んだ自死リストのひとりに興味を抱き、彼の死についての調査。
  3.  水川あさみさんと水橋研二さん演じる切絵作家&美術講師夫婦の子どもを授かる選択をめぐっての違和。

 辛い描写の連続でそれぞれが独立していた話、と観ている人は最初はほとんどそう思う。だが、中盤以降でこの3つが繋がっていく。ラストへ向かっての展開はすごく上手いなという印象は受けた。時代背景は違うけど、親に心配かけたくないとか、生き辛い世の中だとか、根本に大きな変化がないことも伺わせる。

 実際に萩原さんは1が大きく関係していて、その後遺症が自死の原因に繋がったと言われている。作品を通しても大きな軸になっているのは1で間違いなく、その苦しみは生きていく上でずっと付きまとい、トラウマとして刻まれる。

 今年に公開した中では『許された子どもたち』や『子どもたちによろしく』の2作品が、中学生のイジメを取り扱っている。両方ともに安易に救いを描くことなく、厳しさをつきつけていた(そこが2作品の良さではある)。『滑走路』はそれらよりも希望をみせる。辛く苦しい記憶がほとんどの中でも、ひとときの美しい思い出が生きていく上での光となる。本作でいうと中学生の淡い恋愛模様がなかなかに切ない。

 最後の最後で登場する一句「きみのため用意されたる滑走路 きみは翼を手にすればいい」は、物語を観終えたからこそ、より響くものがある。私は生きている、そう堂々と思える日々を送りたいもの。オリジナルストーリーとはいえ、萩原さんが感じていただろう苦悩と希望を描いた作品でとてもよかったです。


「きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい」「非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている」「われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を」―いじめ、非正規雇用、恋…。32歳という若さで命を絶ち、遺作となった唯一の歌集は、若い世代が抱える不安や葛藤、希望を求める姿を描き、多くの共感を集めた。異例のベストセラーとなった歌集、待望の文庫化!

 公開中の映画を鑑賞後、読まなきゃ!という気持ちに駆られて読みました。日々の憂いと苦しみ、それらを振り払うように短歌を綴る時に感じてただろう解放感。人々を優しく見つめながら、自分と多くの他者を、短歌を通して代弁する。もがいて抗って、人生は進む。誰にとっても寄り添ってくれる歌に心を動かされます。

一番最初の「看護師のあなたの腕はメモ帳なのだ」を始めとして、映画のシーンに使われたものは、映像が蘇ってきます。又吉先生の解説がまた良いですね。萩原さんの新しい作品は読むことができない。けれども、彼が残した歌集は人々の心に残り続ける。

生きているというより生き抜いている こころに雨の記憶を抱いて(p114)

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