単純に線引きできない中で。『空白』鑑賞

「ヒメアノ~ル」の吉田恵輔監督によるオリジナル脚本作品で、古田新太主演、松坂桃李共演で描くヒューマンサスペンス。女子中学生の添田花音(伊藤蒼)はスーパーで万引しようとしたところを店長の青柳直人( 松坂桃李 )に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれて死んでしまう。娘に無関心だった花音の父・添田充(古田新太)は、せめて彼女の無実を証明しようと、事故に関わった人々を厳しく追及するうちに恐ろしいモンスターと化し、事態は思わぬ方向へと展開していく。

 2018年からは新作が発表されれば必ず観に行ってる吉田恵輔監督の最新作。映画館の予告以外は情報を入れずに観たのですが、鑑賞中に愛知県蒲郡市が舞台であることを知りました。わたしは愛知県民ですが、ここで開催されている音楽フェス「森、道、市場」以外は特にお世話になってはいないけど、最近は映画のロケ地にも多く登場している気がします。「ゾッキ」とかそうですね。

 『空白』。ホンの少しの赦しと救いがありますけど、かなり凄惨な内容です。被害者が加害者になり、その逆も然り。部外者が勝手な正義感を振りかざす私刑があり、視聴率稼ぎのために事実を編集するマスコミがいて、ことなかれ主義者にお節介正義おばさんも登場。まるで現代の縮図のようです。野次馬やマスコミははっきりと悪として描かれる一方で、ちゃんとした登場人物はそれぞれに良い面と悪い面が描かれる。多角的な捉え方をあえてしている。

 本作は肝心な部分が空白です。事故死する花音が実際にスーパーで万引きしたかどうかはわからず。店長・青柳が彼女の手を掴んでバックヤードに連れていく描写はあるけれどブラックアウトし、すぐにスーパーの出口から走って逃げていくシーンになる。ここには真実を入れることで観る者をどちらかに肩入れさせない、という意図があったと思います。

 逆に事故死する描写は異様なぐらいに徹底的に鮮明。車に連続して跳ねられるのは眼をそむけたくなるほどでしたし、フィクションとはいえ若く尊い命がああも無残に亡くなるシーンを見るのは、かなりキツイものがありました。

 娘を亡くし、無念を晴らそうと真実を追求する添田。でも娘のことにはまるで無関心。それが事故死の原因のひとつかも、とは絶対に認めたくないし、自分に非があるとは一切思っていない。だから余計に事実はこうであったに違いないを自分の中で作り出して、周りに認めさせようとモンスター化していく。その古田さんの演技は恐ろしいまでの強烈さ。マスコミの格好の餌食となり、ネットのコラ画像として消費される。

 一方でスーパーの店長・青柳。万引きを捕まえるという被害者側としての正しい行為が、結果として間接的な加害者となる。謝罪の意を込めてマスコミの取材に応えるも、悪意のある切り取り方をされてニュースで報道。その後は店にクレームの嵐と添田同様にネットで弄ばれる。青柳は添田とは違い、優柔不断で内気。彼もまた後に大切なもの(ここは疑問符がつくかもしれない)を失います。

 誰もが当事者になりうるというのは、例えば誰でもSNSでこの事件を取り上げることでそうなり得る。その中で意図的ではない悪意のない加害はどうしても起こる。自分自身もこの場で書いているわけですけど、少なからずそういう側面があるというのは分かったうえで書いているつもりです。

 2人の主役の他で一番印象的だった人物は、事故とはいえ花音を車で轢いてしまった娘の母親を演じた片岡礼子さん。最初は誰もが怒りを添田にぶつけるかと思ったはずですが、そうではなく最後まで母親として背負った責任を添田に説く。モンスター父が考えるきっかけを得る転機となるシーン。とはいえ、被害者遺族の暴走が新たな加害となって、被害者を生んでしまったことを考えるとやるせない部分がある。

 作中でインパクトのあるシーンは多々あります。その中で自分が凄く印象にあるのは、食べ物を落としてしまって片付けているシーン。終盤における青柳の弁当と草加部のカレーです。せっかくの食べ物を落とす、それをキレイにする時に人間って無力さと惨めさを感じるものなのかとハッとしました。

 最後には、「空白」ってダブルミーニングなのかとも感じさせた「空と白」が泣かせにきます。モンスター父だけではなく、我々観客も。そして、答えは提示されない。「空白」の通りに観客それぞれの視点に委ねられている。というか結論は簡単に出せるものではない、人間も物事も複雑なままであることを本作は教えてくれます。正しいの基準なんてどこにもないのだから。

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