2021年の上半期がもう少しで終わりを告げます。自分は6月26日時点で93冊読んでいますが、自己啓発・ビジネス書・新書系8割、小説・エッセイ2割と極端な変化の年になっています。これまでは小説9割で他のジャンルが1割ぐらいでした。そんな中で本著『大阪』は自身の上半期1位に挙げたい一冊です。
社会学者としても小説家としても実力を発揮する岸政彦さん。芥川賞作家である柴崎友香さん。わたしは岸さんの著書は未読。柴崎さんは『春の庭』や『寝ても覚めても』を始め、5冊ぐらい読んでいると思います。ROVOが好きだったり、本著内でも洋楽に親しんでいる様子、あとがきにおいて2020年2月に大阪でナンバーガールを観たというように音楽好きとしても知られる。映画のことも本著で書かれています。
名古屋から大阪にやってきた人が岸さん。1987年に大学進学時にやってきて、30年以上住み続けている。対しての柴崎さんは大阪を出た人。30歳を過ぎた2005年に東京へと移住する(本人は長期出張と言っているそうだ)。そんな二人が描く大阪。7つのエッセイが交互に配置されています。
ごく狭い大阪の街を描いてもいるし、広域の大阪のイメージを描いたものでもある。思い出語り・エピソードトークのようでもあり、私小説のようでもあり。失われてしまった良さも変わっていく良さも語られます。人、街、風景を中心に語り、両者とも”あの頃”感は強い。その中で子供のころから大人になって以降も含めて生まれ育ったという側面の強い柴崎さん、成人近い年齢から移住して自身の経験談や社会派と思わせる印象を残す岸さん。その棲み分けはあるにせよ、大阪への愛、ここがわたしのいる・いた街という想いが伝わってきます。本著からにじみ出る感傷を伴う懐かしさは、著者と同年代の方がより感じられるでしょうか。
道頓堀、通天閣、アメリカ村、淀川・・・etc。大阪の人であれば馴染みの場所・風景。それ以外の人からすると象徴する場所。それ以外もたくさんの場所が出てくるし、起こった出来事も書かれている。タイトルがもろってのはありますが、大阪人は特に読んでいただきたい一冊ですね。その場所がイメージできる人間の方がより響くと思いますので。
わたし自身は、30歳半ばですが、ずっと愛知県民でいます。独り暮らししている先も実家に近い場所だから、本当に狭い地域でしか生きてない人間です。新型コロナの感染拡大以前は、関東・関西へライヴを観に行くこともしばしばありましたが、生活圏を通して見つめる風景はずっとずっと大きく変わっていません。これで良かったのか、良くなかったのか。人生100年時代と言われる中で、この先に遠くへ移住するという選択肢もありうる。ひとつ変わらないとすれば、35年間ずっとこの街にいることだと思います。
それでも、実家近くの30年以上君臨していたスーパーは、店舗そのままで名前が変わる。これまた近くの神社は、2年ほど前に倒れて被害が起きないようにと大木が何本か切り落とされた。ずっと変わらなかった。でも30年も経てばやっぱり変わってしまうことだってある。不変なものなど存在しません。でも確かにそこにあり続けます。風景として、歴史として。場所も物体も違えど、本著を読むと自分に置き換えながらそういった感傷が引き起こされる。
「土地や風景は、人々の暮らしの堆積である」とお二方とも書かれている。そこにいる人や街は時間と共に変わっていく。流れていく。そこに眼差しを向ける自分もまた変わっていく。そして、日々は続くこれからも。大阪に縁がある人もそうでない人も、本著を通して自分が見てきた風景や街を想い、自分を思い返すことができる。そんな一冊です。