スパニッシュ・クラストの伝説的バンドであるIctus(イクタス)。彼等の完全ディスコグラフィー盤となる、『Complete Discography』が2014年4月28日に発売された。苛烈なクラストコアに、政治的なメッセージ性や陰鬱なメロディを詰め込んだ楽曲を生み出し、アンダーグラウンド・シーンを中心に確かな人気を誇った存在である。
およそ3年の活動期間に発表した2枚のアルバムとスプリット作品は、世界的にいずれもが入手困難となっており、再発の声が絶えることはなかった。昨年にはようやくアナログ限定で1stアルバム『Hambrientos De Un Sol Distinto』が再発されたが、こうして彼等の全楽曲を網羅した作品がリリースされた事は驚きである。
リリースしたのは、幣サイトのインタビューに応えていただいたLongLegsLongArms(通称:3LA)である。ディストロとして”ネオクラスト”というジャンルの普及に尽力し、昨年末からはレーベルとしても活動をし始めたのは、記憶に新しい。特に今回のICTUS再発へ向けては、並々ならぬ熱意のもとで活動。
今回は「ICTUS再発プロジェクト」の名のもとに、3LAの固定客を中心とした勇士達からクラウドファンディングのような形で資金を集め、リリースに至った。拙者も微力ながら協力させてもらったが、たくさんの人達の情熱の結晶によって、実際にこうしてパッケージとして完成し、流通までされると感慨深いものがある。
今回はそんなICTUS『Complete Discography』のリリースを記念して、いつもとは少し形式を変更してレビューをお届けしたい。ネオクラスト最高峰と呼ばれるのはなぜか? それは本作を聴けば十二分に理解できるはずだ。
アルバム紹介
Hambrientos De Un Sol Distinto(2005)
スパニッシュ・クラスト・バンドとして、世界で猛威を振るったスペインの至宝Ictusの1stアルバム(今回の『Complete Discography』ではDISC1の#3~#8までが該当)。
オープニングを飾る#3「Un Millon De Dedos Aprietan」からマグマのような熱気である。あまりにもエモーショナルな絶叫、殺傷力の高いリフ、地面をけり上げるD-Beatが一陣の風となって駆け抜けていく。止まない激音噴射。
クラストの代表格バンドであるTragedyっぽい感触は抜けない印象はあるのだが、一段も二段も高い攻撃性と猟奇性が光るのがIctusだろう。ヨーロッパの激情系ハードコア、そして ネオクラストにおいて最重要バンドのひとつであり続けた彼等の音楽は、非常に強力であり、多くのフォロワーを生んだのも納得だ。
本作は全6曲約31分の収録となっているが、2部構成のように感じられる作風で、前半の3曲は本能に任せたかのように、ひたすらけたたましいサウンドを轟かせて爆走。その破天荒とも表現できそうな勢いと獰猛さが一気に熱をあげていく。
しかしながら、表題曲#6「Hambrientos De Un Sol Distinto」で空気が一変。深く沈んでいくような静寂パートを取り入れ、大きな起伏を設けることで持ち味のアグレッションをさらに引き立たせている。
そして、10分近いラスト曲#8「Sueсo Sin Miedo」は、怒りの感情に満ち満ちた激しさからナイーヴな叙情性を絡めたドラマティックな1曲として君臨。
自らの手でハードコア~クラストを進化させようという姿勢を感じる1stアルバムであり、特に後半の楽曲を聴くと彼等の原点として重要であったことが伺える。
Discography(2006)
2006年にリリースしたOkban、This Thing Called Dying とのスプリット作品に収録されている#1「Los Restos De La Esfera」、#2「Sed De Venganza」は、そんな彼等をさらなる高みへと押し上げる重要な楽曲となっている(『Complete Discography』ではDISC1の#1~#2が該当)
いずれもが1stアルバム『Hambrientos De Un Sol Distinto』の後半の楽曲の流れを汲むものであり、共に10分を超える大曲。
その尺の長さから実験的とも取れるかもしれないが、1stアルバムで聴かせたネオクラスト・サウンドから美意識と構成が徹底的に練り上げられており、自身の才能を大きく開花させている。
厳粛な空気の中で、ツインギターが美しいフレーズを重ね、ヴォーカルの喉から血が出る様な絶叫を交えながら気持ちを高めていく。
2分50秒前後で一気に猛嵐の如きサウンドに雪崩込んでいく#1「Los Restos De La Esfera」を聴いて、興奮しない者はいないだろう。クラストの破壊力とスラッシュメタルの様式美が混成したかのような本曲は、大きな起伏を設けながら、12分間で圧倒的な昂揚感を生む。
そして、岩石をぶった切る重厚なリフを皮切りに、苛烈なサウンドを聴かせる#2「Sed De Venganza」へ。基本的にD-Beatを軸に壮絶なテンションで激走するクラストコアを中心に構成されているが、煉獄の淵に沈む様なミッドテンポのパートを用意し、ダークなリリシズムも交錯する。
約16分間に強烈な破壊衝動が注ぎ込まれており、刹那の隙すらない。この曲も#1と同様に、Ictusが完全に次のフェーズへと突入したことを雄弁に物語っている。
Imperivm(2007)
現時点での最終章となる2ndアルバム『Imperivm』は、現在のネオクラスト・シーンにおいて金字塔と評される事の多い最高傑作である(『Complete Discography』のDISC2に収録)。
前年に発表したスプリットの2曲で示した方向性を大幅にスケールアップさせた1曲約40分を収録。もはやネオクラスト云々というジャンルや概念を超えて、彼等の生み出す音楽がもたらす衝撃の凄まじさを実感する一枚となっている。
殺傷力抜群のギターリフ、陰鬱なメロディ、地響きを巻き起こすリズム、爆風の如き音圧、叩きつけられる激情と怒り、アメリカ政府を批判した歌詞などこれまで培った要素をさらに極限まで尖らせて集約。
疾風怒濤の激走パートを中心に、メロディが染み渡るような静パートを交えながら、目まぐるしく移り変わる展開の中で、いくつもの山場を設けて約40分という大作物語を見事に表現しきっている。
バンド自身で表現の限界に挑んだような壮絶な本作で、Ictusは脅威の到達点に辿りついてみせたといえるだろう。
彼等を突き動かしたエネルギーの源泉となっているのは、前述したように政府批判からくる怒りの感情ではあると思うが、破壊的で苛烈な音楽に哲学的な思想や表現も交えることで、これまでと別の重みと説得力を備えてきた。
全ての瞬間にバンドの魂が注ぎ込まれているが、特に力強くも滑らかに奏でられる美しいツイン・ギターによる締めくくりが、個人的には鳥肌ものであった。圧巻至極この上ない、極上の地獄を見せるネオクラストの決定盤である。
3LA・水谷氏は、自身で手掛けた本作のライナー・ノーツにこう記している。『今回リリースされるコンプリート・ディスコグラフィーは、歴史的資料として彼等の異業を再評価するものであると同時に、「ネオクラスト」とは何か?」という問いに対しての明確な回答である。』と。そして、最後に『本物の「ネオクラスト」を心ゆくまで楽しんで欲しい』と念を押す。
本作を聴けば、なぜここまでの熱意を持って水谷氏が再発に動いたのか、なぜここまで世界で渇望されているのか、その答えを叩きつけられることになるはずだ。そんな完全無欠のディスコグラフィー盤なのである。