2019年に結成されたスペインのドゥーム/ポストメタル系バンド5人組。ベーシスト兼作詞を担当するMaria V. Riañoのコンセプトを苦痛を伴うヘヴィネスと共に体現する。
バンドは、宇宙の中で取るに足らない存在であることを自覚した理性的な種としての自由と責任について定義した”宇宙的実存主義”を掲げて活動。
破壊された人間の人生における3つの段階(痛み、怒り、再生)を描く3部作をデビュー作から発表しており、現在までに2枚のアルバムをリリース。
本記事では1stアルバム『Cuerpos en Sombra』、2ndアルバム『Arde』について書いています。
アルバム紹介
Cuerpos en Sombra(2021)
1stアルバム。全10曲約44分収録。破壊された人間の人生における3つの段階(痛み、怒り、再生)を描く3部作の第1章で、本作は”痛み”がテーマ。スペイン・レバンテ地方の砂漠と海の風景をインスピレーション源に制作されている。
音楽的にはAmenraと初期Anathemaの美学を行き交うドゥーム~ポストメタル。野獣系グロウルによる威圧が苦しみを強制共有させ、反復する重音リフが目を潰すような闇を生み出していく。それでもメランコリックな落としどころをつけ、時にはゲストを招いたチェロやヴァイオリンの旋律がたゆたいます。
IKARIEの音楽はAmenraに近しい。そう感じるのは、儀式・信仰といった言葉が浮かぶトライバル~密教的要素、さらには深い精神性からです。
冒頭を飾る#1「Barro」や#6「En Tu Cabeza」辺りでその影響が垣間見え、どす黒い音の波と共に非情なる痛みが押し寄せる。Amenraとの違いは闇から光への”救い”に昇華していかない点でしょう。
また、IKARIEは歌詞とコンセプトに特徴がある。ベーシストで作詞を担当するMaria V. Riañoによる詞は、精神疾患、トラウマ、フェミニズムに加え、スペインの詩人にインスパイアされたものもある。
”私は歌詞で、性的虐待、私たちの機関におけるジェンダー視点の欠如、フェミニズムに基づく教育など、さまざまな問題を可視化しようとしています(参照:Metal To Boneのインタビュー)”という言葉を残していることからも、強いメッセージ性でもって作品を牽引しています。
漂白しようとしてもできない痛みや苦しみ。それでも、この漆黒の重音には自らの浄化と聴き手への切迫した訴えが同時進行している。
Arde(2023)
2ndアルバム。全10曲約45分収録。前作から続く3部作の第2章。本作で表現されているのは”怒り”。1stアルバムの洗練と深いテーマで綴られる。
相変わらずクリーンボイス拒否のグロウル一辺倒、どんよりと重いサウンドが鼓膜を圧してくるものの、シンセサイザーの導入や繊細なタッチが増したことで星粒の煌めきをもたらしています。
表題曲となる小曲#8「Arde」にはクラウトロックの影響も感じさせる。それでも、ハッピーという言葉を無効化する漆黒の濁流が押し寄せ、悲哀と虚無感に心の中が支配される。
本作にあるテーマは怒りですが、歴史の中で数人の女性を巻き込んだ悲劇的な出来事や物語を伝えることで、前作以上に痛みを伴って胸の内に響いてきます。
先行シングル#2「Santa Sangre」は同名のメキシコ映画にインスパイアされ、社会統制の手段としてのラテンアメリカの女性・嬰児殺害について抗議。
日本からも#4「40dias」では女子高生コンクリート詰め殺人事件の被害者である古田順子さん、#6「Kanno Sugako」では大逆罪で死刑を執行された管野須賀子さんの2人が登場しています。
全体を通してはユダヤ人哲学者であるハンナ・アーレントの”悪の凡庸さ(意味についてはこちら参照)”が貫かれる。また『ブルーマインド』や『チタン TITANE』といった映画が参照元として挙げられています。
ドラマティックな演出やメランコリックな旋律が増えてもDream Unendingのような色味は無く、悲しみの暗い河を泳ぎ続けるような感覚が続く。IKARIEは音楽を通して痛みや怒りを共有する。本作はそれがより強まっている。