US・サンディエゴ出身のマルチ・インストゥルメンタリスト、ジミー・ラヴェルによるプロジェクト。初期は在籍していたポストロック・バンドのTristezaと並行して活動し、2003年に脱退後はメインとして専念。
2ndアルバム『One Day I’ll Be on Time』のリリース後にシガー・ロスのツアーに抜擢され、その後に彼等と共に制作した2004年発表の3rdアルバム『In a Safe Place』が世界的にヒット。
25年の活動を数える中で、これまでに7枚のフルアルバムと数枚のサントラをリリースしています。
ここ日本でも人気は高く、ソロとバンドセットを含めて定期的に来日公演を敢行。わたしは2010年の単独とメタモルフォーゼ、2011年の単独公演と3度拝見しています。
本記事はこれまでに発表されたフルアルバム全7作品について書いています。
アルバム紹介
An Orchestrated Rise to Fall(1999)
1stアルバム。全10曲約46分収録。ジミー・ラヴェルが曲作り・演奏含めてほぼ独力で完結させた作品です。
アコースティック・ギターの音色を中心にピアノや電子音がしっとりとした装飾を施し、ノスタルジックな雰囲気を生み出しています。しかし、以降の作品に比べるとエレクトロニカ職や人懐っこいメロディは控えめ。
サンプリングは入れど、歌入り曲はなし。フィールド・レコーディングが使われ、ノンビートでつむがれるなど実験的な要素が強め。スタイリッシュにまとめるというよりは、素材をそのまま活かして構成された手探り感があります。
作風はポストロックよりも電子音をまぶしたスロウコア寄りといえそう。ジャケットにような物悲しい雰囲気と奥地でひっそり楽しむような印象は強い。
#4「September Song」~#5「We Once Were」は素朴ですが胸を打つメロディに溢れ、#7「Airplane」にはストリングスを加味。そして14分を超える#8「A Short Story」がめくるめく森の深奥に導きます。
One Day I’ll Be on Time(2001)
2ndアルバム。全12曲約60分収録。前作に続いて完全インスト作品です。端的に言えば”アルバム・リーフの作風が確立されたアルバム”。リリース情報によるとクリエイティブの90%をラヴェルが占めています。
ローズピアノ、アコギ、電子音を軸とした柔和なエレクトロニカ~ポストロック。前作にはなかったドラム入り曲も数曲あり(リズムマシン含む)。
角張った部分はなくて丸みを帯びた音色だけでつくられている印象で、ミニマルな構築にゆったりとした展開が中心です。
軽やかな躍動感の中をエレガントに織り上げていく#2「THE MP」、澄んだギター・インストの上を電子音が優雅に踊る#7「In Between Lines」、超人気曲#11「Vermillion」と夢見心地を味わえる暖色アルバムという佇まいを形成。
北欧系ポストロック勢と親和しつつもノスタルジックで温かみのあることが強みとなっています。『ポストロック・ディスク・ガイド』の”ポストロックとエレクトロニカの狭間”という評がしっくりくる。
なお本作は2021年に発売20周年を記念して再構築された『One Day XX』がリリースされています。
In a Safe Place(2004)
3rdアルバム。全10曲約51分収録。本作からSUB POPへ移籍。親交のあるシガー・ロスが演奏とプロデュースでバックアップしており、総勢10名近いメンバーが参加。また彼等が所有するアイスランドのスタジオで制作。
出世作にして代表作であり、ヴォーカル入りの曲が聴けるようになったのは本作から(10曲中2曲)。従来のサウンドに加えてグロッケンやストリングスの加勢により、豊かで華やかなハーモニーを実現しています。
一方で、穏やかな歌もの#3「On Your Way」がもたらすポップさが聴き手との距離をグッと縮めてくる。
儚く美しいスタートを切る#1「Window」~#2「Thule」、MUMを思わせる冷涼なエレクトロニカ#4「Twentytwofourteen」、枯れた歌声とストリングスがやたらとドラマティックな#9「Afterglow」と佳曲が揃います。
非の打ち所がないメランコリックな作品であり、前作と本作は”心のマッサージ”をされているような作り手の切実な優しさがつまっている。
Into the Blue Again(2006)
4thアルバム。全10曲約52分収録。オーケストラ的だった前作とは違い、ラヴェル自身がほとんどの演奏を担当する作品に回帰。しかしながら、職人による手の込んだガラス細工に似た美しさを誇ります。
本作ではヴォーカル・トラックの強みを発揮。10曲中3曲ながらアクセント以上の存在感を放ちます。
心地よいリズムに乗せてポップの魔法をかける#2「Always For You」、揺らぐストリングスの中で儚いヴォーカルが重なる#4「Writing on the Wall」、そして光とノスタルジーを帯びていく#8「Wherever I Go」。
その代わりに電子音が控えめ。ヴァイオリンの使用頻度は高まっていますが、ローズ・ピアノやアコギ等の生音を中心軸に、温かさと冷涼感のバランスの取れたサウンド・デザインになっています。
#1「Light」や#3「Shine」のように陽光が差す曲から悲しげに地平線をみつめる#5「Red-Eye」までアルバム・リーフの美学は揺らいでいない。
A Chorus of Storytellers(2010)
5thアルバム。全11曲約49分収録。ライヴ編成と同じフル・バンドでの録音を試みた初めての作品となります。
#6「Standing Still」や#9「We Are」のように厚みあるアンサンブルも聴けますが、エレクトロニカとポストロックを拠り所にした最適解探求の旅は続く。持ち味である柔和で郷愁を誘うサウンドスケープは、”安心安定”のタグが付けれるレベルです。
しかしながらヴォーカル曲が半数近くになり、リズムの強度を上げる活性化事業を施していますが、仕上がりは堅実。むしろ歌ものは前作の曲の方が良く感じます。
煮沸消毒による無菌状態を保つ清潔さであったり、きめ細やかな音配置のこだわりは感じますが、近作の流れをふまえるとマンネリ感はどうしても残ります。
ただ#7「Summer Fog」~#8「Until The Last」の流れは兄貴分のシガーロスに通ずるドラマ性が光る。活動から10年を超えてもアルバム・リーフの音楽は、穏やかに世界を包み込んでくれます。
Between Waves(2016)
6thアルバム。全8曲約41分収録。2012年にEP『Forward/Return』、2015年にMark Kozelekとのコラボ作を発表してますが、フルアルバムは6年ぶり。しかもRelapse Recordsからという驚きのリリース。
ただ、いかついパワープレイに走るといったことはなく、ヘルシーな味なのでご安心を。引き続きバンド編成による録音で、インスト5曲とヴォーカル入り3曲の構成。
特徴的なのはエレクトロニックなアプローチが強まっていることで、シンセサイザーの比重が高まっています。そこにホーンの装飾も入ってきますし、チルいムードからR&B~ソウルな性質を取り入れるといった変化もあり。
#3「New Soul」ではヒップホップ的なグルーヴに繊細な歌声が乗る新機軸を披露。ジャケットのようなダークさはありますが、引き続きバンドとしての躍動感が発揮されており、新たな変化がみられる作品です。
New Noiseのインタビューでは「午後8時から午前4時まで働いていたのが、子どもが生まれて午前9時から午後5時になり、勤務時間と集中力が変わった」と話しており、6年という歳月がもたらす大きさを実感します。
Future Falling(2023)
7thアルバム。全10曲約51分収録。ここ数年は何作かのサントラ制作に精を出していましたが、フルアルバムは7年ぶり。そして活動は25年目へ突入。
でも集大成的な音楽に全然なっていません。むしろ実験的です。公式Bandcampにて”ダークでシンセサイザーを前面に押し出したもので、瞑想的なエレクトロ音楽”という記述通りの印象は受けます。
ゲストを含めて総勢8名が参加していますが、バンド感よりもラヴェルのソロという趣が強い。Tim Heckerを思わせる音響にホーンが温かな雰囲気を与えています。
光彩を運ぶエレクトロ、軽やかなビートもあります。しかし、心地よいリスニング体験に終始せず。聴き手に考えるという体験を作品全体で促しているようです。
そしてラヴェルの歌は聴くことができない代わりに#3「Afterglow」ではKimbra、#9「Near」ではBat for Lashesと女性ヴォーカル2名が慎重に声を添えています。
安らかさよりもダークなトーンを貫き、#8「Stride」のような玄人好みの厳かなハーモニーがじんわりと胸に響く。年月を重ねてもアルバム・リーフはさらに前進し続けています。
ちなみに本作の始まりと終わりをワントラックとしたMV「Prologue & Epilogue」が公開されていますが、これを手掛けているのがラヴェルの妻。家族や友情といった人のつながりをテーマにしています。
どれを聴く?
アルバム・リーフに興味がわいたけど、どれから聴けばよいの?
2ndアルバム『One Day I’ll Be on Time』と3rdアルバム『In a Safe Place』からいきましょう。人気が高く、アルバム・リーフと言えば!という代表作です。