ノルウェー・オスロ出身のマルチ・インストゥルメンタリスト、Kathrine Shepardnによるプロジェクト。名前は”森の”を意味するsylvanとフランスの詩人ポール・ヴェルレーヌの2単語を組み合わせたことによる。
歌・楽器のほとんどのパートを演奏し、Alcestやslowdiveに影響を受けた幻想的なシューゲイザー/ポストブラックを奏でる。特にAlcestのNeigeとの親交は深く、互いのアルバムに参加しあっている仲です。
これまでにフルアルバム4作品を発表。2018年にリリースした3rdアルバム『Atoms Aligned, Coming Undone』はノルウェーのグラミー賞に相当するスペルマン賞の最優秀メタル・アルバム賞にノミネートされており、Sylvaineは同部門でノミネートされた初の女性ミュージシャンです。
本記事はフルアルバム全4作品、2024年3月末リリースのEP『Eg Er Framand』の計5作品について書いています。
アルバム紹介
Silent Chamber, Noisy Heart(2014)
1stアルバム。全10曲約52分収録。”とても純粋なアルバムで、心の中にあるすべての感情をあえて人に見せ、それに言葉とメロディーを付けようとした初めての作品です“とポストブラックメタル・ガイドブックでSylvaineは語ります。
本作は彼女自身が独力ですべての歌・演奏をこなしており、ミックスとマスタリングをのぞいてセルフプロデュース。#2「It Rains In My Heart」の金切りスクリームも彼女によるものです(動画参照)。
音楽的にはAlcestに通ずるフェアリーランド属性が高く、気品と郷愁のあるサウンドスケープが特徴。ポストブラックに接続されるのは前述の#2のみ。
ブラストビート等は出てこず、アップテンポの曲は2曲ぐらいでほとんどがミドルテンポ。トレモロギターは柔らかさの方が目立ちます。
全体の割合としてはポストロックやシューゲイザー要素が95%ぐらい占める。その上にフォーキーな詩情やポップスの軽やかさが心地よく聴けるアクセントとなっています。前述したAlcestよりかは、Les Discrets寄りの冷涼感に透明感が加わった印象ですね。
湖面に広がるノスタルジックな波紋。凛とした歌声でアコースティックな音色が清らかに引っ張る#3「Silent Chamber, Noisy Heart」は本作で白眉といえる名曲です。
Wistful(2016)
2ndアルバム。全7曲約53分収録。本作よりSeasons of Mistと契約してリリース。ドラマーとしてAlcestのNeigeが参加しています(歌では参加していない)。
本作については”2014年から2015年にかけて私が経験した個人的な問題による内なる混乱と強い疎外感の結果であったため、音楽は以前の音楽よりも暗く、より攻撃的な方法で作られました“とLOUDWIREで回答。
確かにスクリームする曲が2曲に増えており、特にインパクトの強い#2「Earthbound」はあえてその世界観を汚すようにアタックの強いドラムや刺さるトレモロが襲う。
しかしポストブラックへの接近は試みているものの、前作に続いてNeigeチルドレンぶりを本人と共に発揮している印象が強い。フレンチ・ポストブラック勢が持つ哀感と郷愁を詰め込んだ#6「Like A Moth To A Flame」は、精神安定剤のように心の内を浄化します。
そんな中で真骨頂を発揮しているのは#1「Delusions」や#7「Wistful」。前者ではギターの美しい調べからシューゲイザーの重層へと移行し、彼女の甘い歌声とコーラスが残酷な現実を希望へと導き直そうとする物語が10分40秒にわたって続く。
アルバムの締めくくりとなる後者は、敬愛するslowdiveの幻想世界をストリングスを加えた奥行きのある音像で表現しており、その美しさに息をのむ。
Atoms Aligned, Coming Undone(2018)
3rdアルバム。全6曲約42分収録。Neigeがドラムに加えてベースで引き続き参加(全曲ではない)。またドラムにはSylvaineの父であるStephen Shepardも加わっています。マスタリングにJack Shirleyを起用。
“『Wistful』よりも多様性に富んでいますが、以前の2枚のアルバムよりも焦点が絞られています。光と闇の間のバランスをさらに推し進め、対立する力に満ちたアルバムにしたかったのです“と本作についてDECIBEL MAGAZINEで答えています。
作品を重ねるごとに攻撃性が引き出されており、本作で登場回数が増えているブラストビートやSylvaineのスクリームは邪なテクスチャーをもたらそうと躍動。ブラックメタル由来の肉体性をさらに表出することで、美醜のコントラストにメリハリをつけた格好となっています。
叙情的なムードと吹雪のような猛烈なセクションが入れ替わる#2「Mørklagt」を聴いているとDeafheavenに接近したとも感じます。ですが、全体を通すと彼女特有の幻想と戯れるフェアリーランド属性は揺らいでいない。
特に#4「Worlds Collide」はメランコリックな側面をさらに輝かせています。そして#6「L’Appel Du Vide」ではエコーのかかったバスドラムの反復と聖母のようなコーラスからMONOを想起させるような轟音海峡へ。
“クリスタルの美しさと鋭さ、そしてどこか「危険な」イメージ(引用:ポストブラックメタル・ガイドブック)”と彼女は述べていますが、それだけではありません。この内省と浄化のストーリーには繊細で温かなトーンが確かに息づいています。
Nova(2022)
4thアルバム。全6曲約44分収録。Neigeニキの参加はなく、代わりにライブメンバーであるドラマーのDorian Mansiauxが参加。
本作について彼女はNew Noiseのインタビューで”アルバム全体は、すべてに終わりが来なければならないという考えを中心に展開しています。基本的に私の個人的な喪失と、2020年に私たち全員が直面した集団的な喪失を扱った記録であり、基本的には喪失がテーマ”だと回答。
作風がAlcestよりAmesoeursの方がだんだんと近くなってきていますが、ドラマティックな展開と陰りを帯びた美しさは本作でさらに極まっています。
その筆頭が日本語タイトルを冠した#2「MONO NO AWARE」。これまでで最もヘヴィなポストブラックとして機能しながらも清らかなハーモニーが、憂いと狂気を浄化するように交差。フラックメタルの惨劇の風景ではなく、温かな光の共有がSylvaineの音楽には核として存在することを示しています。
そんな本作で目立つのは讃美歌のごときコーラスワーク。全編にわたって幅を利かせて聖性としたムードを保つ要因となっています。
冒頭を飾るエンヤ的な境地の#1「Nova」が全体を表しているかのようであり、ラストを飾る#6「Everything Must Come To An End」ではドラムが登場せずにシンセサイザーとストリングスと声で人々の苦痛を和らげていく。
喪失の先に。Sylvaine自身が抱えた心の闇から派生した物語とはいえ、痛みをぬぐいさる優しさとノスタルジーが身に沁みる。
Eg Er Framand(2024)
1st EP。全6曲約28分収録。Cult of LunaのMagnus Lindbergによるマスタリング。リリースはSeasons of Mistから。
本作はEPということもあり実験的なものでノルウェーの伝統的なフォーク・ミュージック3曲(#1、#3、#6)、そして彼女のオリジナル3曲が収録された計6曲。ノルウェー伝統曲3曲に対しても彼女が歌詞を書き換え、アレンジの変更を行っていたりする模様。
制作のインスピレーションになったのは#6「Eg Er Framand」を数年前にテレビで見た事であり、この曲を永遠に残すことがひとつの敬意であることがANTICHRIST Magazineのインタビューで語られています。
特徴的なのはメタル要素がほぼないこと。彼女自身によるヴォーカル、教会オルガン、ギター、シンセサイザー、パーカッションで構成。静的でおしとやかなムードを基調としています。アンビエント寄りの淡いレイヤーに彼女のしっとりとしたハミングや歌声を重ねていく。
その上で神聖さと奥行きのある音像になっているのは、ノルウェー・オスロにあるカンペン教会で録音されたことも大きい。これについては”このEPは、まるで誰かが私と一緒に教会に座って、私がこれらの曲を歌ったり演奏したりするのを聞いているかのように、生々しく直接的で、親密なものにしたかった“とも前述インタビューで話している。
必然的に浄化作用を帯びてくるのは本作の醍醐味でありますが、ポストブラックの劇薬を投与せずとも心を落ち着かせることで骨抜きにしてしまうのはSylvaineの味。
#6「Eg Er Framand」にいたってはアカペラのみで聴き手を魅了しており、ろうそくの火のゆらめきを思わせる儚さと鎮魂が本作に確かに存在している。