春の麗かすぎる陽気にも関わらず、ここ恵比寿リキッドルームだけは別の天体にでも浮かんでいるかの如く、次元の違うところにあるみたいだった。普通の人からしたらすぐにでも逃げ出したくなるようなおぞましい世界であったのは間違いないだろうし、マニアにとっては夢のワンダーランドであったのもまた間違いない。そんな恵比寿重低音祭”leave them all behind”がついに開催された。
最初に発表になったメンツを見ただけでも体が震えた。ISIS(the Band)にSUNN O)))という強力な海外バンドに、Borisやenvyといった国内の強者。さらにGrowingという新興勢力。これら5バンドが一堂に会してライブをすると聞いただけで本当に興奮したのだ。
なんとも贅沢この上ない。会場に集まった人々もきっとそういう思いを抱いた方々ばかりだろう。チケットがまさかまさかのソールド・アウトとなったことからもこういった変態轟音祭がいかに待ち望まれていたかがわかる。改めて、凄いイベントだと実感。
開演時間のちょっと前に会場に入ってみると、ただならぬ重みが体に圧し掛かってくる。何だかそんな異様な空気が流れているかのようで少し寒気がした。自分もその空気に飲まれ、緊張感が体にじわじわと広がっていたのをよく覚えている。
GROWING
定刻より10分ほど過ぎたところで、最初に登場したのがブルックリンを拠点に活動する男女混成音響トリオのGrowing。エレクトロニカやテクノ、ノイズにアンビエント、それにクラウト・ロックなど様々なジャンルを横断するサウンドが高く評価されているバンドである。加えて、去年より女性メンバーが1名加わって新しく3人編成となったばかり。
新メンバーであるラスカを中心にして二人のギタリストがその両脇に陣取り、ライブがスタート。わたしは今日の出演バンドの中で唯一音源を聴いていない。印象で言えば、エレクトロな電子音とギターの歪んだノイズを軸に、そこに様々な音響処理が加えられていく感じ。両脇のギタリストはギターを弾きながら、足下のエフェクターやり目の前の鍵盤・機械を操るのに大忙し。真ん中の女性にしても鍵盤を操作しつつ、時折マイクを使って声を入れる(女性らしい可憐な声から、プリミティヴな咆哮まで様々)といったことを数曲で行っていた。
ミニマル的な展開もさることながら、テクノであったり、インダストリアルであったりという要素が頭の中には浮かんでは消えていく。そこからは意外にも、かなりフロア寄りの横ノリサウンドといった印象が強く残った。揺ら揺らと心地よい刺激を受けながら、ステージの3人の様子を伺うのも意外に悪くない。
トップバッターにも関わらず、45分間にも及ぶステージでしっかりと観客にアピール。このイベントの中ではかなり毛色が違うのは否めず、とんでもない轟音を期待している方々が大半の状況だけにポカーンとしてる人も多かった。だが、グロウイングがもたらした新鮮な息吹は印象に残ったことだろう。
envy
2番手に登場したのが、国内外問わず幅広い活動で人気を集めるポストハードコア・バンドのenvy。結論を先に述べると、叩き上げで磨き上げてきたライヴを披露してくれた。真正面からぶつかり合える自分達の音を会場に轟かせてくれたのだ。
この日はVo.深川のキーボードと語りによるイントロダクションから幕を開けて、そのまま1曲目の”歪んだ先に”へ突入。イントロの部分が某化粧品のCMにも使用された曲。軽く耳にした人もいると思うが、日の出の光景を思わせる始まりから、繊細でドラマティックな旋律を重ねていき、猛烈な轟音へと発展していく様はやはり圧巻。そこに乗る咆哮は眠っている感情を呼び起こし、尋常でない熱を生み出していく。
次の”覚醒する瞳”からはさらに深みと重みがもたらされ、世界観が一段と濃厚に。自分でもこの音塊をぶつけられると聴き入っているのか、はたまた大興奮に陥っているのかよくわからなくなる。全身を激しく揺さぶるラウドな”左手”にしても効力は抜群。この曲では前方でモッシュが起こるという一幕も見受けられた。ハードコアの矜持をこうやってしっかりと見せつけてくる辺りもさすがである。
また、”風景”においては所々で繰り出される轟音の裏で波打つリリシズムに思わず胸を抑えてしまうほどで、繊細で巧みな表現力もまた彼等の強み。最後に演奏された”暖かい部屋”に至っては、タイトル通りの労わるような温かみと心に突き刺さるような轟音・絶叫の交錯が、奇跡的なクライマックスを演出。溢れてくる感情を優しく包み込んでくる音の粒と光がなんとも象徴的だった。その時の美しい照明に照らされたステージ上の5人の猛者が今でも目から離れないでいる。
01. 歪んだ先に / Further Ahead Of Warp
02. 覚醒する瞳 / Awaken Eyes
03. 左手 / Left Hand
04. 風景 / Scene
05. 光源の孤立 / Isolation of a light source)
06. 美しき生誕と孤独 / Pure birth and loneliness)
07. 暖かい部屋 / A Warm Room)
Boris
続いても国内からで、Borisの登場。全世界で5万枚以上のセールスを記録している『PINK』を代表作に、ジャンルの垣根を越えた多様な音楽性を志向。オルタナティヴ、パンク、メタル、ノイズにヘヴィ~サイケ~ドローンに至るまで、ロックの様々なエッセンスを凝縮した音塊は聴き手の感覚を刺激する。
もはやバンド自体が一つのジャンルといえるかもしれない。そのことから、ロックの中心を突っ走る大文字の”BORIS”と旺盛な実験精神からマニアックな音を生み出していく小文字の”boris”と名義を変えて作品をリリースする試みも近年では目立つ。そこから派生して、本日共演するSUNN O)))や、日本ノイズ音楽の先駆者であるメルツバウなどとのコラボレーション作品も発表。ナイン・インチ・ネイルズの全米ツアーに同行したのも記憶に新しい。
この日はステージの中央にダブルネック(ギター、ベース)でヴォーカルも務めるTakeshi、下手には紅一点のギタリストのWata、そして後方にドラムのAtsuoという不動の3人に加え、上手に海外ツアーでもサポートとして活躍した栗原ミチオを迎えての4人体制でのライブ。登場したときから演出のために炊かれたスモークが不気味な空間を形成し、ただならぬ気を充満させていた。
最初にかました10分を越える曲を始めとして、サイケデリック・ドローンの色合いが強い曲で構成。まんま小文字borisがやる感じのライブであった。妖しげなムードは時間と共に助長されていき、それに導かれるように意識が知らぬ間に現実から遠のいていく結果に。所々ではTakeshiやWataの歌声が哀愁を感じさせ、Atsuoの多彩なドラミングが目を釘付けにし、栗原ミチオのギタープレイが渋い存在感を放つ。
終盤ではサウンドがさらに重厚かつサイケデリックになっていったのも半端ない衝撃で、ある種の神々しさすら纏った巨大な轟音の前に立ち尽くすほか無かった。あのスモークの前では前方をしっかりと確認するのはいささか困難ではあったし、途中からWataの機材にトラブルが発生した。それでもステージから放たれるいかんともしがたいオーラは観衆に伝わったことだろう。
01. Missing Pieces
02. 虹が始まるとき
03. “ ”
SUNN O)))
4番手に登場したのが暗黒ドローンバンド、SUNN O)))。今日のイベントは轟音フルコースだけれども、人によっては次のISISがデザートで、SUNN O)))がメインディッシュという方も多いことだろう。実際にスタジオ音源では計り知れない体験を、本日のライブにおいて体感することとなる。
Borisの時よりもまた一段と視界が悪くなった大量スモークの中に黒装束の2人組が降臨すると、前の3バンドにも増して大歓声があがる。やはり今日集まった人々は、この轟音を全身で受け止める覚悟のできた精鋭ばかりのようだ。むしろ、あの音を快楽と捉えている人達なのかもしれない。
言い知れぬ緊張感の中、彼等がギターを鳴らした瞬間、確かに世界が変わった。そびえ立つアンプの壁から発せられる音は想像以上に大きく、全くもって容赦が無い。リズムの無い中を超重低音がただ延々と繰り返されているだけ(そこには妙な規則性もあったが)。音による猛烈な振動が大地を揺らし、空間を歪ませている。とにかく異常なほど音がでかい、でかすぎる。人によっては快楽であるし、生き地獄。そんな極端な空間が生まれている。
『眼球まで揺れる』や『内臓が捩れる』など色々と彼等に関しての噂は目にしていたが、実際に体感すると聴覚を始めとして、人間の感覚を狂わせていくかのようだった。ライブの半分が過ぎた辺りからは、本日の目玉であるBorisのドラマー・Atsuoを加えたスペシャル編成へ模様替え。その儀式は不穏さを増すことに。加えて、3人が息ぴったりにギターとドラムで容赦の無い轟音を生成していく様も実に強烈だった。
ちなみにライブの翌々日からは東京・大阪で2日ずつ計4日間の単独公演が行われていたのだが、色々とネットで情報収集してみると、『単独公演では音量も時間も倍以上でとてつもなくヤバかった』という意見が多数見受けられた。
01. Mocking Solemnity
02. Hell-O)))-Ween
03. Jubilex
04. Etna
ISIS
SUNN O))) の凄まじい音圧による残響が耳をヒリヒリと刺激する中、この恵比寿超轟音祭の最後のたすきを受け取ったのはISIS。今日の一癖も二癖もある個性的な出演者からすると、ヘッドライナーとして収まるのはおそらくこのバンドを置いて他にいないだろう。その鉄壁のアンサンブルから成る孤高の世界は、まさしく今日のイベント名通り”全てを置き去りにする”。
今回のライブは最新作となる『Wavering Radiant』に伴ったワールド・ツアーの初日にあたるもの。全7曲中4曲とそこからの出典をメインに練り上げた見事な構成は、五感を揺るがすものであった。決してわかりやすいサウンドではないのだが、気付けばグイグイと彼等の創り出す世界の中に引き込まれている。その求心力といい、意識の裏側にも届くような深い陶酔感といい、やはりこの人達は別格。静と動の骨格はライブになるとより鮮明になり、なおかつその奥行きとダイナミクスは次元の違うものへ。
曲間には一言も挟むことなく、念入りにチューニングをしつつ、集中力を高めて次の曲へ。会場を包むシリアスな緊張感もそれに合わせるかのように膨張を続けていく。音だけにとどまらず、空間やそこに流れる気、会場に集まった人間の心までもを完全掌握しているかのようだ。バンドの結成から十年が過ぎたこともあるが、求道者としてのさらなる円熟がそこからは感じられた。また、叫びだけでなく、歌うアーロン・ターナーの存在感の大きさも前回見たとき以上に強く感じさせられたのも嬉しいところ。
『音の粒子までもが見える』という言い得て妙な形容が彼等のライブの語り草となっているが、ものの見事に表している「In Fiction」は変わらずに素晴らしかった。披露された新曲群にしてもまるで初日とは思えないぐらいに違和感なく溶け込んでいたのも印象的。
アンコールでは、1stアルバムから代表曲「Celestial」をプレイ。無慈悲なスラッジメタルの前半から、ヘヴィネスの奥深さを痛切に伝える後半へと流れ込むこの曲はバンドの懐の深さを思い知らせるのに十分。『凄い』、ただただ、その想いが体中に広がっていった。さらなる高みへと登り詰めていく孤高の存在・アイシス。威厳と貫禄に満ちた1時間強のステージは、今日集まった全ての人間に確かな痕跡を残すものであった。
01. Hall Of The Dead
02. Dulcinea
03. 20 Minutes/40 Years
04. Threshold Of Transformation
05. Ghost Key
06. In Fiction
07. Celestial
時計を見ると既に開始から6時間が経過。しかしながらその時間は非常に濃密であったといえるだろう。もちろん、耳へのダメージは半端ないが。決してこれから先もこの手のリスナーが飛躍的に増えるとは思わないが、ソールド・アウトで大成功だったイベントだっただけに、じっくりと温めながら、また第2回を開催していただけたらと思う。実際、今日集まった人々はきっとその想いを胸に抱いていることだろう。自分も夢を見ながらこの先の展開を待ちたい。