1999年に結成されたアメリカのエクスペリメンタル系インスト・バンド、Grails。オレゴン州ポートランドを拠点に活動しています。
OMにも在籍するドラマーのEmil Amos、ギタリストのAlex Hallを中心に据え、20年以上に及ぶキャリアのなかで7枚のフルアルバムを現在までに発表。初期はNeurot Recordings、中期からはTemporary Residence Limitedと契約して作品をリリースしています。
ジャズやプログレッシヴロック、ポストロックの要素を含みながらも、サイケデリックかつ実験的な音楽の趣が強い。彼等が奏でるインストは異境を旅しているような感覚をもたらし、深い陶酔感をもたらすものです。
Godspeed You! Black Emperorをさらに渋く妖しくしたかのような印象を受けますが、Grailsの音楽は本当に独特。重たく暗いフィーリングと侘び寂びが効いている。
本記事は彼等のオリジナルアルバム8作+@について書いています。
アルバム紹介
The Burden of Hope(2003)
03年にNeurot Recordingsからリリースされた1stアルバム。彼等の作品は新しい方から遡って聴いてますが、初期から一貫したフィーリングを持っており、風景を丹念に奏でていた事がわかる内容です。
常に闇と隣り合わせのダウナーな雰囲気を醸し出しており、ポストロックというよりも現代音楽的な要素が強い。創初期の目玉であったヴァイオリンの暗い旋律、そして暗欝たるギターの音色が光を遮り、荒廃した景色へと導きます。
Emil Amosの力強く荒々しいドラミングもそれに加勢し、世界の最果てにでも取り残された様な雰囲気を助長。それでいて、耽美な色彩や温かいメロディが零れおちてくることもあり、そのアンサンブルの妙は特異な空気感を紡いでいる。
クラシック調の荘厳なるヴァイオリンの調べを導入部にして、ポストロック的なディストーション・ギターの暴発へと繋がっていく#3、物悲しくも麗しいピアノの旋律をバックに有機的な物語が開けていく#4、救いようのない悲しみの海から美しいクライマックスへと突入する#9などで闇と美が奇妙に重なり合う瞬間を造形。
聴き手の掌握と覚醒、それを見事に成し遂げてしまう本作は、他のバンドとは一線を画すような特異性を持つことを証明しています。
Redlight(2004)
引き続きNeurot Recordingsからリリースされた2ndアルバム。前衛的なインスト・ミュージックという大枠は変わっていません。ですが、フレーズひとつひとつの柔らかさだったり、楽曲の構成だったりは聴き手への歩み寄りが感じられます。
ツインギター、オルガン、ヴァイオリン、ベース、ドラムという楽器を軸とした中で聴かせるのは実験的なインスト。異境を歩いて旅しているような感覚をもたらし、サイケデリックの深奥を見るものでもあります。
スロウコアやポストロックの要素を含みつつも、サイケデリックやドローンといった趣も濃く、フリージャズやプログレも重なる。最も単純化した言葉で表せば、渋く妖しいなのですが、それだけにとどまらない魅力を持っています。
白眉となるのが中盤に鎮座する表題曲#6「Redlight」。凪いだギターとヴァイオリンの旋律がどこか侘しく響いていたかと思うと、終盤に音圧を増して即興でもって圧倒していく。後半に置かれた楽曲ほどその傾向は強い。#9「Fevers」然り、#11「Word Made Flesh」然り。
静と動のコントラストというよりかは、展開の妙でもって聴き手の深層意識に忍び込むような感覚です。実験的でありながらも完成された風格があるし、まだまだ得体の知れなさも漂わせています。
Burning Off Impurities(2007)
約3年ぶりとなる3作目。全8曲約50分収録。本作はMONOのHuman Highway Recordsから直輸入盤という形で国内流通していました。
暗闇の底部を漂うドローン、時に戦慄さえ覚える幻惑的なサイケ、中近東風の異国情緒が薫る不穏なインストゥルメンタル、という仕様を変わらずにそのまま突き詰めているというのが第一印象。その上でポストロック的な明解なカタルシスを本作では抽出していて、未知なる昂揚感に突き動かされます。
猛々しいドラミングに妖しく美しいメロディを乗せ、アコギやバンジョーといった楽器をも使用しながらの複雑なアンサンブルが荒廃した景色を描き出す。この陰にこもりがちな空間造形の巧さが脅威的です。
各楽器のハーモニーは豊潤ではありますが、重たく暗いフィーリングを備えていて、独特の耽美性も楽曲の隙間から洩れてきます。
アブストラクトな雰囲気やドローンの彫刻の絶妙さ、不思議なオリエンタリズム等は彼等でしか成しえない技。多彩な趣向を盛り込みながら、異質な空間へと引きずり込む引力の凄さが彼等の強み。
中近東風の雰囲気を晒す序盤から重厚なギターとリズムが景色を一変させる#1に始まり、複雑なアンサンブルでもってして民族色の強いオリエンタル・サイケを体現する#8までじっくりと彼等の音世界を堪能できます。
特に、妖しくエキゾチックな風情とポストロックの上昇アプローチが見事に噛み合った#3「Silk Rd」はお見事。
Take Refuge in Clean Living(2008)
5曲入り約32分収録の4thアルバム。ミニアルバムだとずっと思ってましたが、wikipediaを見るとフルアルバム扱いなので、それに合わせます
OMに新たに加わったドラマー・Emil Amosが在籍ということで興味を持ち、本作がGrailsで初めて聴いた作品となります。これがまた漆黒の中を這いずる独特の深み、いかんともしがたいぐらいの妖しくも美しい世界観を存分に堪能できるものとなっています。
サイケデリックな波の上をオルガンや様々な弦楽器などを駆使し、オリエンタルな旋律が深遠なる魅力を放ちます。艶かしく情景が移り変わっていく様を体験できる約32分は、短いながらも濃密な時の経過を悠然と物語ります。
迫力の重低音の上を優雅な民族音楽が絡むことで鮮やかな躍動感を生む#1は、森の奥底で行われる妖精たちの宴を想起させる。
翳りや憂いを帯びながらも妖しく悠然と音が流れていく#4は本作の白眉。サイケ/ドローンの闇を滲ませたサウンドが軸だと感じますが、その懐の深さには驚かされ、他のバンドにはない個性に魅了されました。ゆえに他作品を漁っていくことになります。
Doomsdayer’s Holiday(2008)
Earth, SUNN O)))のプロデューサーのRandall Dunnが手がけた5thアルバム。荒廃した闇の深度を掘り下げていくかのような作品で、一度足を踏み入られれば最後。かくも怪しく美しい世界に身も心も堕ちていきます。
独特の暗さと重さを内包した怪奇質のインストは、ポストロックからフリージャズ、プログレ、サイケ/ドローンまでの力を内包し、暗闇と幻想の中で神秘的に鳴り響く異形の産物。
アコギや民族楽器やサンプリング等の多楽器が生み出す昂揚感と陶酔感はさることながら、ここぞで完璧な冴えをみせるアンサンブルもインパクトが大きい。非日常的な世界へと確実に誘うインストゥルメンタルの儀式という印象です。
不気味な空気が充満する中で、ひどく重たく妖しい気配を伴ったゆったりと推進する#1に始まり、民族楽器の高らかな旋律に牽引されてヘヴィなサウンドが寄せては返す#2、もはや独特としかえない黒に近い灰色の煙が立ち込めるかのようなアンサンブルで神秘と暗黒の狭間を駆け巡る#5。どの曲もずるずると彼等が生み出す異界に引き込みます。
整理されている用でどこか混沌としていて、さらにはジメっとしたダウナー感も本作では強い。また、#4ではフリージャズのようなアプローチが垣間見える。そして、最後に鈍い光に包まれていくかのような柔和なアプローチとウェットな質感が素晴らしい#7で解放へ。
全7曲それぞれが違う景色を描き出してますが、そのように錯覚させる黒魔術たる手腕に脱帽します。『Take Refuge』からさらに深まった音楽性を示した全7曲38分、陶酔感が満載。
Deep Politics(2011)
約2年半ぶりとなる6thフルアルバム。リリースは前作同様にTemporary Residenceから。新たにストリングスの作曲家を迎え入れて制作。丹念に奏でられる音色ひとつひとつが深く、曲の持つ映像性や物語性の高さがさらに引き出された内容です。
濃い霧の中から差しこんでくる古びたギターの音に始まって、ストリングスとアコギが奇妙な輝きをもたらしながらリズム隊が柔らかくも強固に世界観を浮かび上がらせていく#1「Future Primitive」から本作の凄さを実感します。
妖しくダークな感性とオリエンタルな艶めきを有しながら、音の選び方や意匠に工夫を凝らす事で作品の奥行きや刹那の緊張感をもたらしている。
これまでもオルタナティヴやポストロックといった表現以上の拡がりと深さを内包してましたが、70年代のプログレやクラシック、ジャズに現代音楽、サウンドトラックまで数多くの要素が理想的な形で楽曲に寄与されています。
特に#4ではポストクラシカル風のピアノとストリングスが悲壮な旋律を奏でながら、徐々に力強さを増していくアンサンブルに全身が熱せられていく。#5にしてもピアノとストリングスの静謐な調べが特徴的であり、作曲家を起用しての本気度が伺えます。
また詩情たっぷりの楽器陣のハーモニーが闇の宴を開催する#7、アコギの音色を松明代わりにして希望へと導く#8も味わい深い。
通しで聴いていると太古の景色から中世の廃墟のような建造物、現代の都会の夜まで本当に様々な場所に手招きされ連れて行かれる感じ。重厚でありつつ柔らかいフィーリングを常に持ち、ここぞのダイナミズムも発揮。ひとつとして同じ曲はないと思いこませるほどの楽曲の多彩さも驚くほどで、深い陶酔感があるのと同時に浄化作用まで働かせるこの感覚も凄い。
かくも残酷でありながらも幻想的な美しさを見事に醸し出せるのは、彼等の成せる魔術という他ない。再始動した近年のEarthのその先の音色・風景を奏でているような気さえします。
幻夢の中で揺れる音の交わりによる詩情たっぷりの物語。Grailsの音楽は異界への扉となるものであり、間違いなく今年の重要盤であり、The Silent Balletの年間ベストアルバム第1位に輝いている。本作が最もオススメしたい作品です。
Lilacs & Champagne(2012)
こちらはGrailsのメンバーであるEmil AmosとAlex John Hallによる新ユニットの作品。サイドプロジェクトですが、関連作ということでGrailsの項に入れています。リリースはオシャレなリリースが続くMexican Summerより。
この二人はどこまで辺境の扉を開けていくつもりだろうかとまずは感心。自らのサイケデリック要素を研ぎ澄まし、薄靄のかかった世界を陰鬱であるが豊かな曲調と共に案内していく。物憂げなギターの旋律を基軸にして、古めかしき映画から拝借したと思われるサンプリングやセリフなどが挟まれ、ダブの様に視界が霞む演出も見事に組み込む。
それでいてメロディはどこか色鮮やかで艶やかでさえあり、キーボードやメロトロンの音色がダークでシネマティックな世界に彩りを添える。エレクトロやアメリカーナといった要素も引き継ぎ、Grailsと共振しつつも違った色を出す事に成功。さらに本隊を聴いてる時に感じられる”深み”も健在。
#3や#5辺りで顕著となるMadlib風のビートが冴えわたる点もポイントといえ、さらに#9では中華風のテイストが飛び出してきたりと、こちらでも異国情緒が滲み出る仕上がり。その点も踏まえて芸域の広さに舌を巻く。
空気があまり重く暗くならないようなサンプリング・ヴォイスの使い方といい、ユニークな調味料のまぶし方といい、統一された世界観に落とし込みながらも空気と表情をコロコロと変化させる演出力の巧さといい、このバンドの凄さを実感する事ばかり。
ゆるやかなビートとホラー映画的な演出と彼等の持つサイケデリックさが完璧に結合するラストトラックの#11も見事です。 インスピレーションを刺激し、ゆるやかにその世界に心身を取り込んでいくような感覚を持つ本作は極めて独創的。Grailsのメンバーによるサイド・プロジェクトという評では終わらせない渋さと深さが存在している。
Black Tar Prophecies Vols. 4, 5, & 6(2013)
定期的にリリースを続けるBlack Tar Propheciesシリーズの4と5に、新たに6を加えた編集盤(7年前に、1と2と3をカップリングした編集盤が発売されている)。
彼等の特色である魔境を覗くような暗黒サイケデリア、ミステリアスな風情、摩訶不思議な異国情緒を感じさせる深遠なる音響は健在です。その上でこのシリーズは、よりディープで古めかしく渋い印象はあれど、全編に渡って深い哀愁を帯びている。
濃厚ともいえるサイケデリックな装いに、アコギやピアノ、メロトロンなどが緊張感を持って鳴り響き、シンセやサンプラー等による幻惑術も加勢。ひどく重たく妖しく、それでいて透明感のある美しさも兼ね備えており、前作『Deep Politics』から引き継がれている古色然としたモノクロ映画を見ている様な感覚もあり。
重たい闇に取り込まれていく#2「Self-Hypnosis」、エレガントなピアノを中心に上品な叙情性に彩られた#5「Up All Night」、時空が歪む重厚なサウンドを基盤にしてオリエンタルなフレーズが浮かび上がる#10「Corridors Of Power III」等を中心とした全12曲。
Grailsは、現代のインスト・バンドとして特異な存在として歩みを続けています。
Chalice hymnal(2017)
7thアルバム。前作との6年の合間にはLilacs & Champagneという課外活動を行っていたりしましたが(Omの活動もあると思いますが)、Grailsの特異性はそのままです。
Maseratiを思わせるビートとミニマリズムを追求した#2「Pelham」みたいな変化球の踊れる曲を含んではいますが、深遠という言葉を用いたくなるほどに濃霧と幻想にまみれた音世界が広がっています。
本作では20世紀の映画音楽やサイケミュージック、クラウトロックの影響を公言していますが、表題曲#1「Chalice hymnal」のように淡々としつつも厳かな音の連なりが意識を深く取り込みます。
アコギやストリングスで表現する風景の満ち欠け、電子音が添える明暗、アンサンブルの円熟によって隅々まで行き渡るサイケデリックな質感。まさしくGrailsです。
地の底の蠢きのごとくヘヴィな揺さぶりがある#4「New Prague」、静かな儀式音楽#6「Tough Guy」が不穏さを煽りますが、らしさがにじみ出た#5「Deeper Politics」や#8「Deep Snow Ⅱ」と作品を美しく神秘的に彩ります。
その中でも、10分をかけてChalice Hymnalという物語を締めくくる#11「After The Funeral」は印象的。アガサ・クリスティの同名小説に由来していると思いますが、ストリングスを案内役にスローモーションで流れる世界の最果てを写し出しているかのようです。
サウンド・トラックのように添い遂げるタイプの作風であっても、他にはない渋さと深みで聴き手の心の奥まで入ってこれる凄み。
絶対的な軸がバンドとしてあり、時の流れに左右されない。むしろ5年、10年と経過時間ごとに味が変わるワインのように、彼等の作品は変化が楽しめるはずです。
Anches En Maat(2023)
8thアルバム。全7曲約41分収録。活動が20年を超えたインスト・バンドの6年ぶりの作品は、いつも通りにTemporary Residenceからリリース。
Bandcampによると”15年ぶりにメンバー全員がスタジオに揃ってレコーディングされたアルバム” “80年代にインスパイアされ、映画音楽、西部劇、昼のメロ・ドラマ、エレクトロニック・パルスが溶け合った”といった言葉を残しています。
変わらずに言えることは[巡る音楽]であること。80年代の雰囲気を持ち込んでくるギターと洗練されたストリングスが象徴的な#1「Sad & Illegal」から、この世ならざるところを徘徊する奇妙な空気感に支配されます。
小説家で例えるならば恒川光太郎氏に近い世界観。ホラーではないけれど幻想譚としての妖しさと美しさが同居している感じでしょうか。それでいて映画音楽のような上質さが担保されている。
#2「Viktor’s Night Map」や#5「Evening Song」で開かれた美しさを示す一方で、#3「Pool of Gems」や「Black Rain」でうかつに踏み込めない樹海のような薄気味悪さはつきまとう。
ホーンやメロトロン、ピアノがもたらす豊かさ、エレクトロニクスの滑らかな融合、柔らかなメロディ。そのスタイリッシュな構築性を実現してもなお、真実をくらます妙味があります。12分30秒を数える表題曲#7「Anches En Maat」の茫洋とした終わりの先に待つ幻にあなたも取り込まれる。