1994年に結成されたカナダ・モントリオールの音楽集団。特徴的なバンド名は柳町光男氏の同名映画に由来。プログレ、クラシック、ポストロック、ドローンを司りながら極めて前衛的な音響、ならびに政治的なメッセージを掲げる。
独自の世界観を持つ存在であり、NME誌においては「今世紀最後のグレイト・バンド」と評されました。2002年に3rdアルバム『Yanqui U.X.O.』を発表して以降は一時活動休止。
2010年から復活を遂げ、2012年に10年ぶりの復活作4th『Allelujah Don’t Bend Ascend』を発表。以降は各個人の活動と並行してGY!BEを継続。最新作は2024年10月にリリースされた8th『NO TITLE AS OF 13 FEBRUARY 2024 28,340 DEAD』となっています。
本記事では全フルアルバム8作とEP1作の計8作品について書いています。
アルバム紹介
F#A#∞ (1997)
1stアルバム。全3曲約63分収録。ギター3人、ベース2人、ドラム、パーカッション、バイオリン、チェロ、ホルンという大所帯の編成が暗く壮大なサウンドを繰り広げます。
軋むストリングスがもたらす不穏、暗いトーンのギターが運んでくる物悲しさ、ここぞで一気にギアをあげるリズム隊の勇壮さ。それにフィールド録音やサンプリングが組み込まれ、最短で16分27秒、最長で29分という曲尺で”聴く”と”観る”を同時に行わせる。
アングラな室内音楽を思わせる厳粛な響きは、やがて猛然とした轟音の嵐へ。聴いていて暗闇と同化していく感覚はあるにせよ、微かな月明かりが暗闇を照らそうと試み、小さな希望に縋ろうというメッセージをどこか感じさせます。
これほどまでに虚無や孤独を感じさせるアルバムは人生でそう出会うものではありません。本作発売後の1999年にNME誌で”今世紀最後の偉大なバンド”と評されました。
Slow Riot for New Zero Kanada(1999)
1st EP。全2曲約29分収録。アートワークに描かれているのはヘブライ語。約11分と約18分の2曲となっていますが、全体として30分弱なのでGY!BE入門に向く作品です。
コンパクトなのに濃密。それでいてあらゆる暗闇と隣接していた1st『F#A#∞』と比べると、世界は決して終わらないという決意に満ちた希望を鳴らしています。また静から動へのクレッシェンド構造が明確化。その中で表現されていく絶望と歓喜はGY!BEの代名詞となる。
メンバーのマイク・モヤにちなんで名づけられた#1「Moya」はヘンリク・グレツキの交響曲第3番を基にしているという(wikipedia参照)。
気品と悲壮感の板挟みにあるストリングスが序盤を引っ張り、中盤での静かなギターストロークとグロッケンの侵入を合図に他楽器も集結していき、7分40秒過ぎから美しさとエネルギーがバグを起こしたかのような爆発が起こり続ける。
シームレスに雪崩れ込む#2「BBF3」はさらなる長編。米国政府に批判的な声をあげる男性のインタビューを組み込み、荘厳なサウンドは怒りと険しさを増していく。12分を超えてからの音の究極集合体にはひれ伏すほかなし。その後はヴァイオリンが静かな雄叫びをあげて締めくくられます。
美しいものは恐ろしい。逆もまた然り。おおげさではなく音楽は無力ではない。それをGY!BEは証明し続けることになります。
Lift Your Skinny Fists Like Antennas to Heaven (2000)
2ndアルバム。アートワークはウィリアム・シャフが担当。全4曲約87分収録で今回も約22分30秒が2曲あり、他も23分、19分と変わらずに長尺です。メンバーは減りましたが、それでも9人編成。
前作と比較するならば華やいだパートが増え、絶望だけが友達さの雰囲気は薄れています。#1「Storm」の序盤は驚きを覚えるほどの陽気さがありますし、そのまま歓喜の重奏が轟く様は圧巻。しかし、サンプリングされた台詞には風刺・政治的なメッセージが込められます。
悲壮感で締め付ける静寂にせよ、訪れる大音量ムーヴにせよ、力業ではないコントロールされた秩序と混沌がある。断片のコラージュが連続しているようであり、1本の長編映画をずっと描いているようでもあり、その不思議な感覚はあるけれども映像がずっと頭の中に流れ込んできます。
#2「Static」や#3「Sleep」の圧倒的なうねりに巻き込まれ、#4「Antennas To Heaven」が別空間へと誘う。想像力と忍耐を要する音楽は確かですが、この超然としたスケールがGY!BEの凄さを物語ります。
Yanqui U.X.O. (2002)
3rdアルバム。スティーブ・アルビニによるプロデュース。全5曲約74分収録ですが、#1と#2、#4と#5組曲形式なので実質は3曲。前年の9.11が影響し、政治的なメッセージが最も強い作品です。
爆弾を投下する爆撃機をジャケット写真に起用。また裏ジャケットでは軍事産業と間接的に癒着したエンターテイメント産業を告発。#1~#2「09-15-00」のタイトルはパレスチナの第2次抵抗運動からとられている(ただし、この日付は正確ではない)。
渦巻いているのは”怒り”。取り入れられていたフィールド録音やサンプリングはほぼ無くなり、充実したバンド・アンサンブルに全てをゆだねています。それでも、アンビエント~ミニマルからオーケストラのごとき巨大な音塊へと昇華とする流れは変わらない。
長い時間をかけて大きな起伏を設けながら進んでいきますが、前2作よりも息が詰まる緊張感と切迫感に駆られます。通すと30分を超える#4~#5「motherfucker=redeemer」の最高潮に達した時ですら快楽や希望よりも、諦念や絶望感が強く伝わってくる。
Allelujah Don’t Bend Ascend (2012)
10年ぶりの復活作となる4thアルバム。全4曲約53分収録。#1と#3が20分にも及ぶ大曲で発売前からライヴでも披露されていました。#2と#4が6分30秒のドローン曲であり、構成がはっきりとしています。
冒頭を飾る#1「Mladic」から”帰還”という言葉を当てはめたくなるもので、中東風のフレーズや宗教観を醸しながらもひたすらに荒れ狂う暗黒宴が続く。フォロワーが誰も到達できないほどに暗く前衛的であり、雄叫びをあげる轟音は健在どころか、さらに研ぎ澄まされたと感じるほど。
復活以前よりロック的なダイナミズムは顕著であり、#3「We Drift Like Worried Fire」は悲哀と狂気を束ねて世界の終わりを見つめ、ゆっくりと上昇を続ける。
ドローン2曲も聴いていると絶望に心が沈んでいってしまう。神格化されていた集団がその所以を示した作品であり、Pitchforkでは9.3という高得点を獲得しました。
Asunder, Sweet and Other Distress (2015)
5thアルバム。全4曲約40分収録。2012年頃からライヴで披露されていた40分超の「Behemoth」という曲をベースに4分割してタイトルを改めた作品。全体を通して荘厳なサウンドスケープでゴッスピしておりますが、暗黒とエキゾチックさは強まっています。
またアンビエント~ドローンのセクションは長めで、前作に続いて明確な役割分担を各曲に課している。
近年のEarthっぽい雰囲気を持つ勇壮な#1「Peasantry or ‘Light! Inside of Light!’」で小さな爆発を起こしますが、#2「Lambs’ Breath」~#3「Asunder, Sweet」とドローン暗黒迷宮を徘徊。
SUNN O)))を彷彿とさせるような不気味さとおぞましい圧力に屈しているうちに、ラスト#4「Piss Crowns Are Trebled」へと身柄は引き渡される。フィナーレでようやく訪れる大音量の氾濫には、長年にわたって破壊と再生を繰り広げてきたがゆえの威厳がある。
凡庸なバンドのお手本にはならないサウンド/構成、掴みどころの無さ。収録時間は短くなろうが、GY!BEの儀式はますます効力を高めています。
Luciferian Towers(2017)
6thアルバム。3部構成の2曲を含む全4曲約44分収録。復活以降は作品を出すごとにアルバム構成は聴き手に優しくなっており、前作の暗黒感は薄れています。
作風でいうと意外にも2nd「Lifts Your Skinny Fist~」が近く、ギターやストリングス、ホーンの響きからは久しぶりに大らかで柔らかな雰囲気が漂う。
神秘的なドローンからノイズの魔境、民族音楽的躍動を含む中、モノクロだけでない色味を感じることも本作の特徴と言えます。
しかし、音像とは裏腹に政治的なメッセージははっきりと打ち出しています。”外国侵略の禁止”、”国境の廃止”、”医療、住居、食料、水の確保を人権として認めること”、”刑務所産業複合体の完全な解体”、”世界を破壊した専門家たちの沈黙”をプレスリリースで宣言。
瞬間の爆発力に頼らずとも、畏怖を覚える多重奏は二律背反の光と闇を同時進行で叩きつけてくる。
音楽は兵器になりえませんが、組曲の最終曲#4や#8で聴けるように、GY!BEの音楽は政治や争いの中で鳴らさなければならない希望を含んでいます。
G_d’s Pee AT STATE’S END! (2021)
7thアルバム。全8曲約52分収録ですが、#1~#4と#6~#7が組曲形式で約20分に及ぶ。前作同様に”要求”が掲げられており「刑務所の廃止」「警察から権力はく奪」「帝国主義の廃止」「貧しくなるまで富裕層に課税」の4項目。
そして、ここ数作で控えめだったフィールド録音やサンプリングが明確な主張を果たしています。#1と#6では短波ラジオ、#4にて銃声と鳥のさえずり。
音像は前作の延長にあり、茫洋と広がるノイズの上に輪郭をもたらすようにギターとストリングスが走る。けたたましいほどの音量に発展はしますが、怒りを撒き散らすよりも光が差しこむようなムードが高まっていくのが意外に思えました。#6~#7の昂揚感も近年になかったものです。
しかしアルバムを通すと、世界の不条理と混沌を直視させるようなシリアスさが強い。
言葉を持たずとも譲れない主張がGY!BEにはあり、彼等は聖域というより邪域に鎮座する中で、崩壊していく世界に向けて警鐘を鳴らし続けている。
NO TITLE AS OF 13 FEBRUARY 2024 28,340 DEAD(2024)
8thアルバム。全6曲約54分収録。Efrim Manuel Menuckの新たな別動隊であるWAWBARCのデビュー作が先月出ましたが、本隊も動きます。
タイトルはイスラエルによるガザ紛争で保健省が報告したパレスチナ人の死者数を指す。28,340人は2024年2月13日時点のもの。10月現在は約42,000人。戦禍は未だ終わりが見えていない。思い返せば3rdアルバム『Yanqui U.X.O』の「09-15-00」においてイスラエル・パレスチナ問題について取り上げていました。
歴史は残念ながら繰り返されていますが、本作の訴えはより切実です。だからといってGY!BEの音楽が大きく変わらず。これまで通り。もちろんシリアスな描写を含んでいるとはいえ、タイトルに沿うような悲壮感や残酷さを過度に押し出していません。むしろ”Hope=希望”の側面が近作では一番表れている作品のように感じます。
#1「SUN IS A HOLE SUN IS VAPORS」では遠巻きに響くパーカッションの上を穏やかなギターが漂い続けますが、その様は何人にも日の出は訪れるといわんばかり。
活動休止期間があるとはいえ30年の歴史からなる音の層は#2「BABYS IN A THUNDERCLOUD」から本格化し、オーケストラルな集合体としての凄みは2ndアルバム『Lift~』にも通ずる#3「RAINDROPS CAST IN LEAD」でピークに達します。
なだらかな進行の中とともに紡がれる荘重な音色。希望への前進を願うようにその音は鳴っています。先行曲#6「GREY RUBBLE」は絶望と希望がない交ぜになった前半を過ぎると、虚空にギターとストリングスが寂し気に揺れる。ささやかな抵抗としての音楽。言葉を持たない音楽が込める祈り。