ニューヨーク州ブルックリン出身のHunter Ravenna Hunt-Hendrix(2020年にトランスジェンダーを公表し、改名)によるブラックメタル・バンド。
2005年から始動し、ソロプロジェクトからバンド編成へ移行。超越的ブラックメタル(Transcendental Black Metal)を掲げ、Ravenna自身の背景にあるブラックメタルや哲学を基に、新しい形を創造し続けている(彼女のブログに詳しい説明がある)。
これまでに6枚のフルアルバムを発表。音楽メディアのPitchforkやSPINを始めとして高い評価を受けています。
本記事では現在のところ、アルバム6作に加えて初期EPの計7作品について書いています。
アルバム紹介
Immortal Life(2008)
1st EP。全6曲約15分収録。当時はHunter Hunt-Hendrixの独りバンドとして活動していました。これがLiturgyの原点なのか?と思うぐらいに、荒涼としたブラックメタルを繰り広げています。
トレモロピッキングを中心としたノイジーな時間が大半を占める。その音圧にわざと埋もれさすような金切り声が響き、ドラムマシーンが強引にテンポを引き上げて加勢。
何より録音が劣悪であり、あえて高い品質を目指していないデモ音源のようなアウトプットに感じられます。
表題曲#2「Immortal Life」からやかまし狂騒曲を並べており、穏やかな時はほとんどないです。大半は緩急の”急”が続き、耳を傷めつけるようにHunter Hunt-Hendrixは献身する。
#5「No More Sorry」はMy Bloody Valentineのカバーですが、原曲当てクイズをしても絶対当たらないだろうブラックメタルへと変貌。
なお本作は入手困難品でサブスクでも配信されていませんが、2ndアルバム『Aesthethica』の国内盤ボーナスディスクに全曲が収録されています。
Renihilation(2009)
1stアルバム。全11曲約39分収録。メンバー3名を迎えて4人のバンド形態で制作。ドラムはGreg Foxが務めています。
タイトルは”否定の否定を意味し、肯定と肯定を生み出すというイデオロギーが音楽に反映されている“とBandcampにて説明されています。
作風としては初作『Immortal Life』を整えていますが、荒涼としたブラックメタルという体は崩していません。Kralliceを筆頭としたProfound Lore勢と共振するようなトレモロとブラストビートに、すさまじい絶叫が木霊。
”10代の頃にノルウェーのクラシックなブラックメタルに影響を受けた“ことを公言している通りに、ポストブラックというには刺々しく荒々しい限り。特に猛烈なスピード感と衝動性は初期だからこそ発揮できる魅力になっています。
作品にはエレクトロや荘厳なコーラスを交えた儀式的SEを4曲配置してはいるものの、アルバムの持つ暴力性を決してスポイルしているわけではありません。#2「Pagan Dawn」や#8「Beyond the Magic Forest」など強烈な楽曲に痛めつけられます。
”純粋で超越的なブラックメタル”を掲げていますが、 Hunt-Hendrixは以下の言葉を残している。
”ブラックメタルをニヒリズムの表現からニヒリズムの超越に変える必要がありました。それが個人的な理由ですが、文化全体、特にカウンターカルチャーへの問いにもなると思います“(SCRATCHtheSurfaceのインタビュー参照)
Aesthethica(2011)
2ndアルバム。全12曲約68分収録。リリースはThrill Jockey。KralliceのギタリストであるColin Marstonがプロデュースを務めます。
レーベル紹介では”多くの曲はブラックメタルのテクニックを映画音楽(ヴァンゲリス、バダラメンティ)やポスト・ロマン主義(スクリャービン、シベリウス)の精神と結びつけることで、希望や悲劇などの表現を活性化している“と説明。
その通りに”超越的なブラックメタル”に拍車がかかった作品です。ブラックメタルの伝統を重んじたうえでの破壊と創造。
疾風迅雷のサウンドを構成する中心的要素に変わりはない。#1「High Gold」からギャーギャーという叫びにトレモロ、ブラストビートが容赦なく襲い掛かります。
ですが複雑なリズムパターンを多用した焦らしや荘厳なコーラスワーク、#9「Veins of God」のスラッジメタル風インストを加えており、苛烈であっても前衛的な作風へ。
MVが公開されている#3「Returner」は、冒頭からマスロック風の複雑さとキメを有しながらもブラックメタルとして3分半を駆け抜けます。本作の変化を最も表している曲といっても過言ではありません。
儀式的なコーラスから始まる最終曲#12「Harmonia」にしてもテンポを変えながら精神を搔き乱す。それでも血が凍るではなく神聖な雰囲気に包まれるのがLiturgyの特色。
The Ark Work(2015)
3rdアルバム。全10曲約56分収録。ドイツのMETAL INSIDEのインタビューでHuntは本作についてこう答えています。
”ラップやクラシック音楽などを組み合わせた、明らかにポストインターネット的な性質が音楽にあることが重要。ありきたりなものを超えて、ユニークで特異なものを作りたかった”
その言葉を証明するように、リスナー置いてきぼり型の前衛芸術化。100m走ばりの全力疾走で1,000mを走り抜けるハイスピード&ハイカロリーなブラックメタル+マスロックのキメ/凝った展開を有した前作から大きく変貌しました。
トレモロやブラストビートは頻度と歪みをずいぶんと減らし、ヴォーカルは叫びをまるごと封印。天啓のように粛々と言葉を発し、時にラップめいたり、時にコーラスめいたりしながら伝達の使命を果たしています。
そのうえでストリングスや管楽器が華やぎをもたらし、バグパイプやシンセサイザーが支援に回る。ファンファーレのような祝祭感があるとはいえ、宗教チックな洗礼がひたすら続く。
ブラックメタルの強度を削ぐ。そしてSwansやKayo Dotのように形式から逸脱してアヴァンギャルド化。さらにはエレクトロニカやヒップホップとの関連付けに踏み込みんでいる曲もある。
#3「Kel Valhaal」のノイズエディットとオーケストラのような広がり。11分を超える#8「Reign Array」では創造主の狂気を発揮した祝祭と祈祷のカーニバルを繰り広げています。
超越的ブラックメタルという大義を果たすための進化が本作には示されている。
H.A.Q.Q.(2019)
4thアルバム。全9曲約45分収録。リズム隊2名が新メンバーに交代。本作についてBandcampでは”メンタルヘルス、セクシュアリティ、宗教にまつわる怒りや葛藤を表現している”と記載があります。
また、アートワークは”超越的カバラ (ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想) のシステムのベーシックな部分を、要約してダイアグラムにしたもの“(MMMのインタビューより)とHuntが答えています。
本作はブラックメタル要素を回帰させ、賛否を巻き起こした『The Ark Work』の前衛的なスタイルと統合。封印していた高音のスクリームが復活し、トレモロやブラストビートと共に激流と化します。
堅苦しい儀式のようだった前作には希薄だったスピードとフィジカルが復権し、狂騒と衝動を本作にもたらしている。引き続き管楽器やビブラフォン、ハープにクワイアがしなやかに融合しており、流れをぶつ切りするデジタルエディットは方向感覚を狂わせてきます。
間奏曲として三章もはさまれる「EXACO」は宗教的な雰囲気を助長。総じて”超越的”という姿勢は拡張を辿っています。
本作で特にその役割を担っているのが#1「HAJJ」。日本の雅楽で使われる篳篥(ひちりき)や竜笛(りゅうてき)がブラックメタルの狂暴性と相まって、アヴァンギャルドな暴風となって吹き荒れています。
様式に反抗を、哲学に新解釈を、芸術に混乱を。Liturgyは一貫して音楽を通した教義を続けていますが、本作はこれまでを踏まえたひとつの到達点といえる作品に仕上がっています。
Origin of the Alimonies(2020)
5thアルバム。全7曲約37分収録。本作の発表前である5月にHunt-Hendrixがトランスジェンダーであることを公表しています。
作品はBandcampのプレスリリースに”ブラック・メタル、ミニマリズム、実験的クラブ・ミュージック、そして19世紀のロマンティシズムの間の彼らの特徴的な統合を新たな極限にまで押し上げた“と記載。
最終形態はどこなのかが全くわからないのがLiturgyですが、1年という短いスパンでのリリースに関わらず再び変化。多種多様の楽器や電子音響を組み込んだ荘厳なブラックメタルは基本線に置きつつ、舞台演劇と儀式を兼ねたような振る舞い。
また全フルアルバムの中で最もコンパクトでほとんどの曲を3~4分台が占めますが、サプリメントの手軽さはありません。全体を通してヴォーカルの登場シーンは削り、即興やオペラっぽいパートを追加。
細かく場面変化しながら次曲へと引き渡し、ストーリーは厳しさと重みを増していく。そしてLiturgy史上最長曲となる14分に達した#6「Apparition of the Eternal Church」が最難関として立ちはだかり、バーストビート(彼女流のブラストビートを始めとしたリズムの呼称)とともに天変地異を巻き起こします。
緩急自在/複雑な構築による翻弄と巡礼。脳みそをフルにつかって聴く必要があり、音楽でありながら音”学”であるという姿勢を貫いています。
93696(2023)
6thアルバム。全15曲約82分収録。久しぶりにThrill Jockeyからのリリースとなり、初めてスティーヴ・アルビニとタッグを組んでいます。
プレスリリースを参照するとタイトルの『93696』はキリスト教とセレマ(参照:wiki)に由来する数字で、天国や文明の新しい時代を数秘術的に表現。
また巨編ダブルアルバムとされる本作は、彼女が独自に天国と解釈する”Haelegen”という考えが基にあり、全4章で構成します。順に主権(#1~#4)、階層(#5~#8)、解放(#9~#11)、個別化(#12~#15)。
『93696』はブラックメタルへの忠誠と謀反を繰り返しながら、音楽と哲学と芸術は三位一体であることを示してきたLiturgyの総決算といえる仕上がりです。
音楽的にはこれまでから大きく逸脱したものではありませんが、”バンドの一体感”を重視したという通りに、前作に欠けていた肉体的なグルーヴを感じさせます。
バーストビートと共にダイナミックに流動し、ストリングスやピアノにハープなど種々の楽器が躍動。オペラやクラシックといった様々なジャンルとの理不尽な調和も巧みで、宗教然とした聖性にまとわれている。
Liturgyの音楽との対峙はさながら肉体と頭脳の消耗戦であり、14分を超える#11「93696」や#14「Antigone Ⅱ」はもはや類を見ない極致。締めくくりの#15「Immortal LifeⅡ」は完走に付き合った聴き手を祝福するかのようです。
集大成の本作といい、哲学のテーマパークと化したRavennaのYouTubeチャンネルといい、Liturgyの天地創造スペクタクルはついにここまできたのかと驚嘆します。
どれを聴く?
Liturgyに興味を持ったけど、どれから聴けばよいの?
聴きやすいかは別ですが(苦笑)、実験的な作風とブラックメタルがしっかりと融合してインパクトのある2作品、『H.A.Q.Q.』と『93696』がオススメです。『93696』は全15曲約82分もあるフルボリュームで聴き応え十二分。