【作品紹介】Pelican、轟音耽美四重奏のインスト・バンド

 2000年にシカゴで結成されたヘヴィ・インストゥルメンタル4人組、Pelican(ペリカン)。メンバーはトレヴァー・デ・ブロウ(Gt)、ローラン・シュローダー・ルベック(Gt)、ブライアン・ハーウェグ(Ba)、ラリー・ハーウェグ(Dr)。元々はグラインドコア・バンド、TUSKのサイドプロジェクトとして始まります。スラッジメタルとポストロックの要素をダイナミックに交差させるインストゥルメンタルを奏で、本隊を超える人気を獲得したのは周知の通り。

 2003年に1stアルバム『Australasia』でISISのアーロン・ターナーが運営するHydra Headよりデビューを飾ると、2005年には2ndアルバム『The Fire in Our Throats Will Beckon the Thaw』で高い評価を得ます。同時期に初の来日ツアーを日本のインスト・バンド、MONOの助力によって成し遂げます。その後もSouthern Lordへとレーベル移籍を経ながら、コンスタントにリリースを継続。

 不動のメンバーで10年以上の活動してきた中で、2012年にギタリストのローラン・シュローダー・ルベックが脱退。その後は新ギタリストのダラス・トーマスをメンバーに加えて活動。コロナ禍だった2022年初頭にはローレンが復帰し、オリジナル・ラインナップで復活を果たしました。バンドは結成25周年を超えた2025年現在までに、フルアルバム7作とEP6作品をリリース。

 ちなみにPelicanは日本へ通算4度の来日経験あり。2005年7月、2007年9月、2009年5月、そして直近が2019年12月となっていますが、近年は国内盤は欠かさずリリースされる中でコンスタントな来日には至っていません。彼等を知ってもらうことで未来の来日公演が実現することを願う人が増えれば幸いです。

 本記事ではフルアルバム7作とEP5作の計12作品について書いています。私自身、彼等の2ndアルバムでインスト作品を聴き始めた経緯があります。そのため、Pelicanには思い入れが強いことをあらかじめ言及しておきます。

タップできる目次

アルバム紹介

Untitled EP(2001)

 1st EP。全4曲約30分収録。アートワークはリリース元であるHydra Headを主催したアーロン・ターナー(ex-ISIS)によるものです。録音はこれ以降も何作かで携わるサンフォード・パーカー(Minsk)が担当。約300ドルの予算で作られた本作のデモテープがアーロンの手にわたり、その魅力と完成度から契約に至りました(国内盤ライナーノーツによる)。

 EarthやGodflesh、Goatsnakeといったバンドからの影響を受けた重量感たっぷりのリフ。そこにメロディックなセクションを設け、鈍い進行と共に鼓膜を圧し潰す感覚を与えてきます。はやくもヘヴィ・インストという特徴を示しており、03年に発表する1stアルバム『Australasia』の前段階としてのクオリティを示している。ちなみに当時はヴォーカルを入れる話もしていたそうですが、自然とインストに落ち着いたと答えている(2024年のRedditの本人たちが回答する質問コーナーより)。

 初期の最重要曲である#2「Mammoth」はドローンの始祖・Earthからの流れを汲んだ陰鬱なトーンが支配。今でもライヴの最後を飾ることの多い曲です。#3「Forecast for Today」は後の「Drought」に連なるスリリングさがある中で、メロディックなフレイバーを控えめに配合。

 そして最終曲となる#4「The Woods」は約13分に及ぶ大曲。黒々しいリフが寄せては返す中にリズム隊が徐々に力強さを増していき、10分30秒を過ぎたあたりでピークに達する。その音を前にして大地は揺れ、森の樹々が激しくたわむ姿が浮かんできます。なお同曲は2009年5月の来日公演時に披露しています(わたしは実際に現地で体験)。

メインアーティスト:Pelican
¥800 (2025/06/27 23:23時点 | Amazon調べ)

Australasia(2003)

   1stアルバム。全6曲約50分収録。引き続きHydra Headからのリリース、サンフォード・パーカーの録音、アーロン・ターナーによるアートワーク。ジャケットに使われている画像は、本作のレコーディング直前にブライアンがオーストラリア旅行した写真が元になっています(参照:引き続きRedditの質問コーナーより)。

 2024年に掲載されたBandcampの特集記事には”私たちがダイナミクスにますます力を入れ始めた時期でした。静けさと騒々しさもそうだが、感情のダイナミクスも重要だった“との発言が残る。バンドにはハードコアやスラッジメタルの素養が根底にありますが、この頃から静と動を行き交うポストロックへの落とし込みがみられます。

 幕開けを飾る11分超の#1「Nightendday」はその真価を発揮した楽曲。どす黒い積乱雲を思わせるヘヴィネスの空間支配。そこから一抹の光が差し込むかのようにメロディが鳴り響く。タメにタメての10分以降の展開は凄まじいまでのカタルシスを誘います。

 表題曲#6「Australasia」もこうした流れを持つ大曲。中盤ではボウイング奏法を用いながら幻想的なサウンドを奏で、クライマックスの美しさにつなげていく。大陸的な響きやアンビエンスな揺らぎまで登場し、初期の代表曲に仕上げています。

 それらとは逆のベクトルを進む#2「Drought」では、重厚なリフを主体にゴリ押しかつスリリングに畳みかける(同曲は映画『メッセンジャー』に使用)。また#4「GW」では約3分30秒の中にメロディアス&ヘヴィの両軸を同時に際立たせています。壮大なサウンドから感じるのは大器への序章。#1「Nightendday」や#6「Australasia」で聴かせた片鱗は、次作で大いに花開きます。

 なお本作はFACT Magazineが2015年に発表した『歴代ポストメタル・レコードTOP40』の第35位にランクインしています。

March Into The Sea(2005)

 2nd EP。全2曲約32分収録。日本では、Daymare Recordingsからリリースされた2ndアルバム『Fire In Our~』の国内盤に2枚組ボーナスディスクとして付属しています。

 表題曲#1「March Into The Sea」は、前述した2ndアルバムに収録される「March to the Sea」の9分長いLong Versionとなる20分越えの大曲です。分厚く重いスラッジ系リフと攻撃的なリズムが荒れ狂う大海を思わせる前半。それが12分辺りから牧歌的なアコースティックへと移行していきます。重心の低いサウンドで圧倒された矢先に乾いた哀愁をもたらし、新たに加わっていくフルートが感傷を誘う。珠玉というべき長編に仕上がっています。

 そして1stアルバム収録の「Angel Tears」をジャスティン・K・ブロードリック先生がリミックスした#2。原曲の轟音主体の展開を独自のエレクロトニカ・マジックで再構築。奥行きと美しさが鮮明に浮かび上がってくるようで天空を闊歩しているような気分になります。まさしく職人技の賜物。

メインアーティスト:Pelican
¥400 (2025/06/29 13:56時点 | Amazon調べ)

The Fire in Our Throats Will Beckon the Thaw(2005)

   2ndアルバム。全7曲約58分収録。制作当時にシカゴのアパートで一緒に住んでいたトレヴァーとローランの2人。彼らが毎晩弾いていたアコースティック・ギターからの着想、そして4人でのジャム・セッションを中心に曲が生み出されたとPOP Mattersのインタビューで回答。

 本作は厳しくも雄大で美しい自然というのを音楽で表現。全7曲で描かれるのは生まれ育ったシカゴの四季であり、移り変わる四季においての広大な風景。自然の容赦ない怒りとかけがえのない美しさ、それを轟音と叙情のダイナミックなシフトにより力強く描き出しているのです。

 10分前後の曲4つ、5分前後の曲3つという構成。音楽的には前作ほどの重厚さはなく、クリーントーンが占める割合が増えており、全体として洗練の後がみられます。Pelican史上最もドラマティックな楽曲といっても過言ではない#1「Last Day Of Winter」から始まる本作。最初から最後まで壮大です。

 穏やかな秋晴れの最中だったのが怒涛の喧騒に巻き込まれる#2「Autumn Into Summer」、荒れ狂う大海を思わせるリフが積み重なり襲い掛かる#3「March to the Sea」と前半3つの長尺曲に悶絶。ちなみに「March to the Sea」はオーストラリア大陸西海岸ツアーで演奏した新曲だから、そう名付けられたとのこと(前出:POP Mattersのインタビューより)

 無題のアコースティック#4を挟んでの後半の対象は空へ。#6「Aurora Borealis」と#7「Sirius」は純化した美しさを際立たせ、作品を締めくくっていきます。悠然とした大地も母なる海も大らかな空も、Pelicanの紡ぐ音の中で描かれているのです。虹色の自然叙情詩と表現できそうな圧倒的なスケールと描写。

 わたしが2007年頃にインストゥルメンタルを聴くようになったきっかけの作品。そんな思い入れの深い1枚だけに、聴くたびに特別な感傷に浸ってしまいます。

 なお、amassの記事によると、海外のギター系音楽サイト”Ultimate-Guitar.Com”にてWeb読者の投票による【史上最も素晴らしいインストゥルメンタル・アルバム TOP25】を募ったところ、本アルバムが16位にランクインしています。またTrebleが2024年4月に発表した【The 50 Best Post-Rock Albums】の第21位に選出されており、Pelicanの代表作といって差し支えありません。

City of Echoes(2007)

 3rdアルバム。全8曲約42分収録。前作における風景を音で描写したものとは違い、本作は人間の本質に迫った“都市に集まる人々の心”を描いた作品になるという(国内盤ライナーノーツによる)。

 その上で1stアルバムと2ndアルバム、その橋渡しをしている中間的作品というのが本作の第一印象。7分を超える曲が1曲だけで、曲の長さもコンパクトに保たれていて引き締まった内容です。力強さ、哀愁、構築美。四重奏が放つ重轟音と叙情によるダイナミックなサウンドは、より簡潔な表現に向かっています。

 特筆すべきはタイトルトラックの#2「City Of Echoes」であり、持ち味のヘヴィさとメロディを保ちながら、ライブ感溢れるものへと昇華しています。さらには、後に繋がっていくウォール・オヴ・スラッジメタルともいうべきライヴ定番曲#5「Dead Between The Walls」も収録。

 アグレッシヴさと開放感といった観点でも、前2作にはない色味を如感じるものです。こうした変幻自在さ、多彩さは初期から続くポストロックの様式にとどまらない意思表示と言えるかもしれません。

Ephemeral(2009)

 4th EP。全3曲約21分収録。Southern Lord Recordsと契約後の初音源。世界的リリースに先駆ける形で、MONO主催の”Raid World Festival VOL.2“で来日時に50枚限定CDとして発売されました(わたしは運よく買えて、所持しています)。なお、同ライヴで本作に収録された全3曲を披露。

 Southern Lordへの移籍が契機になったのか、本作は鉛のような重層を施した作品に仕上がります。前作『City of Echoes』に収録されている「Dead Between The Walls」のヘヴィ路線を追求していく感じでしょうか。その分、特有の詩的な叙情性は少し控えめです。

 ドゥーム/スラッジ方面に寄りつつ、少し速足な展開とメロディックな混合を経る#1「Embedding The Moss」、次のフルアルバムに収録された#2「Ephemeral」は共に新章を告げています。Pelican流に咀嚼されたヘヴィ・ドローンの始祖Earthのカヴァー曲#3「Geometry Of Murder」は、原曲よりもオリエンタルなメロディが瞬く。本家からディラン・カールソン御大もギターで加勢し、極みの重低音が地球に木霊しています。

What We All Come to Need(2009)

 4thアルバム。全8曲約51分収録。前述した3曲入りEP『Ephemeral』で聴かせた一段と音圧を増したヘヴィネスが、本作を紐解く上でのキーとなっています。

 レーベルはSUNN 0)))のグレッグ・アンダーソンによるSouthern Lordへと移籍。という事情が影響してか、全身を揺らめかせる重量感が顕著に表れています。現在でもライヴでは欠かせない曲のひとつである#2「The Creeper」は、本作を象徴するかのようにドゥームメタルのごとき重苦しさをもたらすもの。

 これまで以上にずっしりとした質量を肌に感じる内容ですが、#3「Ephemeral」を含め、序盤だけでも特化したヘヴィネスは十分に伝わるのです。しかしながら、潤いのような叙情性があり、Pelicanたらしめる要素が決して薄まったわけではありません。

 リード・トラックとなる#5「Strung Up From The Sky」はメロウなドラマを聴かせ、ラストトラックでは初となる歌ものをThe Life And Timesのアレン・エプリーをゲストに迎えることで実現しています。

 朱に染まった雲海から流れ出す、烈しい轟音と麗しき旋律。Pelicanは本作を持って新境地へ力強く歩みを進めていきました。そしてヘヴィロックとポストロックを掛け渡す”ヘヴィ・インスト”という地位は不動。

Ataraxia/Taraxis(2012)

 5th EP。全4曲約18分収録。制作にはアーロン・ハリス(ex-ISIS)やサンフォード・パーカー(Minsk)が助力しています。ちなみに本作の曲はオリジナルアルバムに収録されていません。

 秋風が柔らかく吹くようなアコギの旋律に麗しいキーボードが添えられる#1「Ataraxia」でスタート。どこか奥ゆかしさを湛えた静謐な時間が流れ、これまでと違った形で期待感を煽る。続けての#2「Lathe Biosas」は、ヘヴィ・リフの応酬に小気味良い展開が引っ張るリード曲。

 さらに重心を落とした#3「Parasite Colony」では、地も空も圧するような重みを聴き手に体感させ、その上で彼等らしいオリエンタルな詩情を感じさせる楽曲です。

 そして、アコギのしっとりとした旋律から重いの総本山であるSouthern Lord所属の矜持を見せつけるラスト#4「Taraxis」。『Australasia』収録の「GW」の発展系とも捉えられそうなその轟音/叙情のダイナミクスは、締めくくりにふさわしい。

 本作は、全4曲が3~5分とこれまでよりコンパクトな尺で収められているのが特徴で、タイトに引きしめた中でフックを巧みに効かせ、冒頭にも述べたアコースティックなサウンドをこれまで以上に効果的に用いています。

 一歩引いた余裕すら感じさせるのが頼もしさの中で、人を引きつけるメロディと轟音を熟知して使い分ける。ヘヴィにリリカルに表現力を鍛え続けるPelicanの矜持。

Forever Becoming(2013)

 5thアルバム。全8曲約50分収録。ツアーには不参加でしたが、制作には参加していた創設メンバーであるギタリストのローレンがついに脱退。代わりにThe Swan KingのDallas Thomasを迎えてこの荒波を乗り越えました。

 新生Pelicanの船出は、プロデュースが前作に引き続いて元These Arms Are SnakesのChris Common。リリースも同様にSouthern Lordという心強いバックアップのもとで制作されました。内容は前作からの延長上ですが、スラッジメタル要素が押し出された重厚で骨太な音を根幹に、持ち味の叙情性が作品を彩っています。

 豪胆なリズムによる牽引とリフの重音爆撃の連続である#2「Deny The Absolute」のようにひたすら攻めに打って出る曲から、地殻変動を呼び起こすヘヴィネス#3「The Tundra」といったお得意の曲、ノスタルジックなメロディの向こう側に壮大なクライマックスが待つ#8「Perpetual Dawn」のようなドラマ性を持った曲に至るまで用意。

 新メンバーを加えたものの、10年以上の結束のある3人を核にした、インストゥルメンタル・メタルは強力そのものです。ソリッドな音作りと無機質な印象を残す中で、多彩なリフとメロディの組み合わせは大きな武器。

 前述の#2、#8に加え、轟音ヘヴィネスの中で温かな情緒や幻想性が織り込まれた#4「Immutable Dusk」が本作では傑出。円熟の域に達しながらも精悍なインストは、Pelican重音四重奏の矜持というべきでしょう。

The Cliff(2015)

 6th EP。全4曲約25分収録。PelicanのEPは3rd EP(Pink Mammoth)を除くとフルアルバムのプレ版という形が主でしたが、本作は再構築編。5thアルバム『Forever Becoming』収録の「The Cliff」を3通りに改編しています。

 #1「The Cliff」は久々のヴォーカル・トラックとしての再録。6年ぶり2度目となる試みは、前回同様にアレン・エプリー (Shiner、The Life and Times)に託されました。前曲はアトモスフェリックな曲調で揺らぐような声を溶け込ませる形でしたが、今回の曲では原曲のヘヴィさに重ねるような渋い歌を添えています。

 #2と#3は「The Cliff」のリミックス。お馴染みのジャスティン・K・ブロードリック先生が#2、元ISIS(the Band)の2名が#3を担当。#2は原曲を2倍の時間に引き延ばし、GodfleshとJesuが入り混じった解釈でリミックス。幻想的な雰囲気はありますが、工業地帯の打音が響き渡ってもいる。#3はリズムを強化しつつ声も取り入れて変化をもたらしていますが、最後は全てがブラックホールに回収されていくかのよう。

 そんな再構築編を経て、最も輝きを放っているのが夕日のようにゆっくりと燃え上がる#4「The Wait」。しんみりとした曲調から、タイトル通りに待ったかいがある轟音とメロディの狭間を揺れ動く。ファンならついていきたくなる楽曲です。

Nighttime Stories(2019)

 6thアルバム。全8曲約44分収録。Pelicanというバンド自体、元々はグラインドコア・バンドのTuskのサイドプロジェクトとして産声をあげています。そのTuskでヴォーカルを務めるJody Minnoch氏の死が2014年にあり、悲しみと喪失を乗り越えるためのストーリーとして本作は書かれました。

 ”LIFE METAL教”の総本山・Southern Lordへの移籍以降、インストゥルメンタル・メタルとしての風格が際立つ彼等。本作において顕著なのは、短い時間軸における細かく動きのある展開です。

 前作でも「Deny The Absolute」にその兆候はありましたが、大きくて長い時間軸の上で楽曲の雄大なストーリーを描く初期の頃(1st、2ndアルバム)とはモードが違います。

 削岩機のごときスラッジメタルでゴリ押し制圧する#6「Nighttime Stories」を完備する中で、刻むリフや時にブラストビートまでを扱う瞬発性でもって聴き手をリードする場面が増えています。#2「Midnight and Mescaline」、#3「Abyssal Plain」辺りは、重量感を出し抜く緩急の急による効能を実感するはず。

 それでもなお、メタル的な刻みを取り入れる中で、#4「Cold Hope」や#8「Full Moon, Black Water」はPelicanならではのオリエンタルな叙情性を湛えており、”泣き”といえるようなギターフレーズが目立ちます。

 #7「Arteries of Blacktop」の軽快な立ち上がりから勇壮なツインギターによるメロディを経て、スラッジメタル粉砕事業が勃興するその様に衝撃が走る。モードが違いますが、1st収録の「Drought」はPelicanの礎だと改めて感じたり。

 そんな喪失を抜け出すための長い夜の物語は、重さとスリリングさが見事な共存の上で成り立っています。本作リリース後の2019年12月には約10年ぶりの来日ツアーが実現しました。

Flickering Resonance(2025)

 7thアルバム。全8曲約51分収録。レーベルをRun For Coverへ移籍。旧知のサンフォード・パーカーをレコーディングに起用。2024年に発表したEP『Adrift / Tending the Embers』に続き、Christian Degnが担当したアートワークは”炎の瞑想”をコンセプトに、小さな炎がしばしば大きな変化をもたらすことがあるという考えを反映しています。

 本作における一番のトピックは、22年初頭のローラン・シュローダー・ルベックの復帰。これによって12年のEP『Ataraxia/Taraxis』以来、オリジナル・メンバー4人編成での音源となりました。そんな本作についてトレヴァー・デ・ブラウはSUN-13のインタビューで”『Flickering Resonance』は4人の友情についてのアルバムです。パートナーシップの喜び、これまで経験してきたこと、ここまで頑張ってこられたという事実を再発見するものです“と答えている。

 結論を先に伝えますと、本作はバンド史上で最も取っつきやすい入門盤として薦めたい作品です。凱旋を高らかに祝うかのようなギターが鳴り響く#1「Gulch」で幕を開けますが、全体を通してかつてない快活さと開放感がある。トレードマークの重厚さを堅持しながらも歯切れのよい推進力で支えられています。

 スラッジメタル由来の豪腕なリフで持ち味を発揮しつつ、色とりどりのメロディが舞う#2「Evergreen」や#4「Specific Resonance」を筆頭に7~8分台の曲が大半なのは変わらず。しかしながら、その足取りはかつてなく軽やかで、過剰な盛り上がりではなくナチュラルな揺れ動きで聴かせています。ローランがいた頃のPelican(1st~4thアルバム)が蘇っているのは、昔からのファンにはより強く感じられるものでしょう。

 懐かしい手つき。と同時に前進を示す新しい煌めきと瑞々しさが宿っています。ヒントとなりそうなのが、Brooklyn Veganのポッドキャストにて語っている本作に影響を与えた10枚(実際には11枚)。Sunny Day Real Estate、Mineral、Texas Is The Reason、Quicksandといった90年代のエモ~オルタナ・バンドをあげているのですが、Tシャツにもプリントした謎のパワーワード”Post-Emo Stoner Deathgaze“は、こうした影響をおそらく表している。

 アルバムは後半に進むほど叙情性が強まっていくのですが、なかでも#6「Pining For Ever」と#7「Flickering Stillness」は初期ファンを特に魅了する楽曲。1sr~2ndを思い出させる静と動のダイナミクスを披露しつつも滑らかな駆動で進み、昂揚感に溢れるラストが待ち構えます。

 30年近くに及ぶ4人の友情と共鳴を原動力に、最も親しみやすい作品を生み出したPelican。再集結で得た喜びと希望に満ちた音は、これまでになく心と体になじむ。そして創造の炎は優雅に揺れ続けている。

追記:Daymare Recordingsから発売された本作の国内盤ライナーノーツを担当しています。内容は本記事と違うものとなっていますので、あわせてお読みいただければうれしいです(でも多少は使っています。許して)。

ライヴ映像

Pelican live | Freak Valley Festival 2022 | Rockpalast
Post. Festival Presents | Pelican – “Drought”

プレイリスト

タップできる目次