UKマンチェスターを拠点に2016年から活動するポストメタル系バンド。Bandcampでは”カタルシス溢れるヘヴィなポストロック”と自らを紹介しています。バンド名はオランダ語で”痛み”を意味する(英語だとPainと同義語)。
2017年にEP『Floodlit』をリリースし、翌年に1stアルバム『Loss』を発表。2019年には祖国を共にするConjurerとの共作EP『Curse These Metal Hands』をリリースしています。またPijnは2019年にRoadburn Festival、2022年にArcTanGent Festival に出演。
本記事はこれまでにリリースされたフルアルバム2作品、Conjurerとの共作EP『Curse These Metal Hands』の3作品について書いています。
アルバム紹介
Loss(2018)
1stアルバム。全8曲約66分収録。マスタリングをMagnus Lindberg(Cult of Luna)が担当。タイトルにある”喪失”についての段階を追ったコンセプチュアルな作品です。楽曲タイトルが拒絶、怒り、交渉、憂鬱、受容と順々に呼応し、悲しみを重くつづっていきます。
音楽的にはポストロック~ポストメタル間を揺れ動くような作風であり、大半をインストゥルメンタルが占める(全体の5%だけヴォーカル入り)。#1「Denial」からバンドの特性を発揮しており、ストリングスの軋む音色とギター&ベースのぶっといリフが荒れた風景を表出していきます。
組曲チックに続く#2「Detach」では哀しみに浸るピアノやチェロ、渋い歌声を添えることで葬送歌のような機能性を寄与。ここまでは序章といったところで、以降はポストメタル的な強度と圧を増して全体を覆っていきます。
さながらCult of LunaとGY!BEを代わる代わる召喚しているような印象があり、曲によっては同郷のBosskに迫るエレガントさを注入。また米国SSWの2人、シスター・ロゼッタ・サープとセイモア・ワシントンのサンプリングを#4「Blanch」、#8「Squalor」に使用していることもポイントに挙げられるでしょう。
なかでもダークでメランコリックな雰囲気で進み、そのスロウテンポから一気に爆発する#5「Blush」は特筆すべき一曲。各々が体験することになるだろう”喪失”にどう折り合いをつけていくのか。自己対話を重ねる中でこの『Loss』は痛みや悲しみと向き合わせてくれる作品に仕上がっています。
私たちは個人的なレベルで人々の心に届き、レコード制作が私たちに与えてくれたカタルシスを共有してもらいたかった
『Loss』リリースinformationより(訳はDeepLによる)
Curse These Metal Hands(2019)
祖国を共にするUKのスラッジメタル・バンド、Conjurerとのコラボ作品。全4曲約30分収録。もともとはArcTanGent Festival 2018での1回限りのパフォーマンスでしたが、翌2019年に音源リリースにいたります。コラボとは書きましたが、基本的には両バンドから集められた精鋭5名によるもの。
おおざっぱですが的外れでもない表現をすると”ポストメタル ミーツ Baroness”ですかね。オープナー#1「High Spirits」の序盤を飾るトリプルギターのハーモニー、歌いだしのジョン・ベイズリー(Baroness)にクリソツ声を聴いて、それを感じない人はいないかと思います。
その上で場面ごとにスラッジメタルの重圧、ブラックメタルのトレモロとブラストビートの暗躍、フォークやポストロックの静的な美を巧みに配置。Conjurerがもたらした肉体性と野性味、Pijnのシネマティックな美麗さが引き立てあっています。
EP自体は10分近い/超える3つの大曲、2分台と小ぶりな#3「Endeavour」で構成。大曲はいずれもメランコリックなムードと巨大なグルーヴが訪れますが、頭でっかちな哲学性や陰気さを吹き飛ばす陽性と活気があります。
#2「The Pall」や#4「Sunday」にしてもハーモニーの宝石箱やー♪っていうぐらいの三ツ星体験。これほどまでの勇壮と漢泣きの大河浪漫ポストメタルを前にして、歓喜を覚えざる他ありません。
これを30分という尺で適切かつ最高な表現をしている事実。まちがいなくPijnとConjurerのファンのみならず発掘されるべきEPです、本当に。
From Low Beams Of Hope(2024)
2ndアルバム。全4曲約45分収録。フルアルバムとしては実に6年ぶり。自身が立ち上げたレーベルFloodlit Recordingsからのリリース。引き続きマスタリングをMagnus Lindberg(Cult of Luna)が担当しています。
“悲しみに焦点を当てたこれまでの作品と比べ、『FLBOH』は人生の経過を見通そうとする試みから生まれたもの。テーマ的にもサウンド的にも自分たちの経験を取り入れ、傷つきやすさと内省的なものを同時に感じられるものを作ろうとした”とギタリストのJoe Claytonは話します。
色濃く表現されていた喪失や悲しみを越えた先へ。内省と葛藤を課しながら希望へと向かう本作は1曲平均11分を数える4つの長編曲で構成。多楽器による重奏はこれまで以上に躍動感と歓喜を運んできます。
ヘヴィなポストロック/ポストメタルを下地にオーケストレーション要素を強化。ストリングスやホーン、ピアノが美しく調和することで、感情の浮き沈みや人生の起伏を長尺の中で雄弁に表現しています。だからか以前よりもThee Silver Mt. ZionやDo Make Say Thinkっぽいと感じる場面が増えました。
逆に前作でわずかながらあったヴォーカルは排除。詩のサンプリングと聖歌のようなコーラスが彩ります。#1「Our Endless Hours」から生命に満ちた音の洪水が押し寄せ、リード曲である#3「On The Far Side Of Morning」は”本作で達成したかったことを凝縮した“と話すようにドラマティックな展開とオーケストラルな質感を見事に表現しています。
全体から受ける印象を言えば、タイトルの少ない希望の光とは相反するポジティブさ。#4「A Thousand Tired Lives」のように重圧的なサウンドが人生の険しさを見せる場面もある。それでも本作は喜怒哀楽ある中で人々を鼓舞する生命力を持っています。