【全アルバム紹介】Presence of Soul、氾濫する重音と至上の解放感

 主要メンバーであるYukiやyoshiを中心としたポストロック/ポストメタル系デュオ。2001年に東京を拠点に活動開始。20年にもわたってPresence of Soulは歩みを続けています。ソロ期間もあり、4~5人編成の時も長くありました。度重なるメンバーチェンジゆえの変化がありながらも、国内外を問わずに音楽を届けています。2008年にはAnekdotenの来日公演サポートを務めた経験もあり。ヨーロッパ、豪州へのツアーを幾度も敢行している。

 ポストロックやシューゲイザーといった要素を押し出しつつも、幻想的なサウンド・メイキングと切なく物憂げな空気感が漂う、揺らぎのある音楽世界。それがいつしか暗黒要素を強めた肉体的にも精神的にもヘヴィな音像へと変貌。形になって表れた2015年作『All Creation Mourns』は海外のオンライン音楽誌、Arctic Dronesにて「あなたが聴き逃したかもしれない2015年傑作アルバム 20」の一枚に選ばれました。デュオ編成となって制作された2019年作『Absence of Objective World』にてその重厚さは極まります。

 弊サイトではかつてにPresence of SoulのYUKIさんにインタビューを行っており、合わせて読んでいただければ幸いです。自身とバンドの歴史を振り返る10,000字を超えるものであり、バンドの入り口と深い理解の両方に貢献する内容になっています。

 本記事はそのインタビューを補完する役割もある、Presence of Soulの全フルアルバム4枚について書いたものです。2つの記事を通して、PoSの音楽をチェックしていただけたらと思います。

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アルバム紹介

cause and effect (2006)

 2006年リリースの1stフルアルバム。全8曲36分。本作はこちらによると4人編成での製作。わたしは3rd→2nd→4th→この1stという順でPoSの作品を聴いています。ざっくりな分け方をすると1stは白いPoS、2ndは灰色のPoS、3rdと4thは黒いPoSという印象がある

 音楽的には、ポストロックやシューゲイザーが介入した歌ものロック。Saxon Shoreのような陽だまりの温かさからGodspeed You! Black Emperorの終末まで含まれていますが、ギターロック然とした佇まいも本作には存在します。何よりも艶やかなポップさがある。そこには1stアルバムだからこそ示したい”希望”を含んでいると感じます。特に#4「光の向こう」における窓を開けて視界が外にパッと広がっていく様は、本作でしか体験できないもの。

 楽曲タイトルのほとんどが日本語。歌詞も日本語詞で”わたしとあなた”の最小単位の話が多いように感じます(データ購入なのでしっかり見れてないですが)。YUKIさんのヴォーカルは全作中で一番歌っている。次作以降は、楽器的な声という用い方に変化していきますが、本作においては”女性ヴォーカル・アルバム”という形式を重視している感じがします。彼女の伸びやかで力強い声が、メッセージ性を増幅させながら心の内を揺り動かす。

 しかしながら、PoS暗黒編の下準備は成されていて、#5「against the Emotion」は次作以降のPoSの音楽性に連なっていくもの。暗鬱とした空気と非情なる轟音の壁。PoSの真骨頂は、実はここだったと1stの時点で気づく人は誰もいなかったでしょうけど。#6「終わりの季節」ではオルタナティヴな歌ものかと思えば、途中でジャジーなアプローチがあり。実質的なラストトラックの#7「青の虚空」における歌ものシューゲイザーがもたらす恍惚感は、虚空の向こう側へと導くものです。

 さかのぼって作品を聴いているから、本作の音楽性にはわりと驚きがあります。しかしながら距離感がそんなにあるかといえば、そうでもなく。隣り合わせとまでは行かないものの近さがあるから、3rd以降の暗黒案内人としての音楽へと発展していったのかなと。バンドってのはやはり生き物なんだなというのは改めて感じることではありますね。

BLINDS (2008)

 約2年ぶりとなる2ndフルアルバム。全8曲約60分収録。エンジニアに今後もタッグを組んでいく中村宗一郎氏を迎えて制作されています。リリース前にあたる2008年1月に開催されたスウェーデンのプログレ・バンド、Anekdoten(アネクドテン)の来日公演でサポート・アクトを務めたことでも話題になりました。さらには、発売当初からヨーロッパを中心に世界12カ国で発売されている。

 1stアルバムで鮮やかに差し込んだ陽の光は雲間に隠れ、代わりに鬱蒼とした幻想的な世界へと本作は誘います。冒頭を飾る#1「Seven Motral Sins and Seven Doors 」は直訳すると”7つの大罪と7つの扉”。本作の入り口である重く暗鬱なインストとして機能し、以降の7曲へ橋渡しをしています。

 そして、10分の大曲#2「Sink Low」へとなだれ込む。儚さや神秘。そういった要素をポストロックのベクトルに繊細に乗せてはいますが、終盤のドラマティックな爆発からは奈落の底を見るような体験が待つ。それこそ、この曲を乗り越えた人にしか本作は聴き通せないと言わんばかりに。#3「Lost」ではメロディアスなギターの反復とオーケストラル風のドラムに引っ張られた後に、美しい声と轟音の中に意識が埋もれていく感覚があります。

 全体としてはポストロックやシューゲイザーといったタッチを前作よりも生かした音響構築。さらにはピアノやメロトロンといった楽器が儚い叙情性を加えていく。とはいえ陰りを帯びた幻想的なトーンが作品を包んでおり、暗く儚い瞬間から戦慄の時が訪れたり、非情なる音の集合体に圧倒されたり、柔らかなそよ風が吹いたりと多彩な表情を見せます。作品の深度や多面性といった点では前作の比ではありません。バンドの持つアーティスティックなこだわりがパッケージングされています。

 #4「Whitenoise Snowfall」や#8「Tightrope」といった暗よりも明を表現した曲が迫るのはSigur Rosのような恍惚感と天上。こういった曲がもたらす救いが、本作を形成する上では不可欠だったのでしょう。壮大な緊張感に包まれる中で感じる音の揺らぎ、感情の揺らぎ。静かな中にも天国と地獄があり、騒々しい中にも天国と地獄がある。それこそPoSが『BLINDS』にて追及したかったものなのかなと感じます。

All Creation Mourns (2015)

 約7年ぶりとなる3rdアルバム。フランスのLes Tenebres Recordsからのリリースとなり、アナログと配信での販売となっている。ミックス・エンジニアは前作に引き続いて、ゆらゆら帝国やBorisなどを手がける中村宗一郎氏が担当

 実際に彼等の作品は本作で初めて聴きます(試聴ぐらいはありましたが)。以前はここまでヘヴィではなかったそうですが、メンバー変更が転機になったのか、本作における重音製造兵器ぶりに参りました。ドゥーム/ポストメタル系統のえげつない重低音が轟き、持ち味のシューゲイザーの幻想性をプラス。

 音像はYear Of No Light辺りを髣髴とさせますが(#4「Genom」は特にそう感じる)、女性ヴォーカル・Yukiさんのささやくような声が加わる分、特有のサウンドとなっています。これぞ新PoSシステム的な。時にはポストメタル色の強いGY!BEっぽい印象を受けたりもする。

 終盤の破格の音圧に頭真っ白になる#2「The man who leads the mad horse」、姑の嫁いびりの如しドゥーミーなリフの反復で漆黒の彼方へ向かう#5「Teaching of necessary evil」と闇エネルギーを拡散。おそらく彼等の変化を物語るような楽曲だですが、この深い影を落としたヘヴィネスにのたうち回ることでしょう。圧殺という言葉を使いたくなったりしますしね。

 それでもダーク・ソング集で気持ちが沈み続けるわけではない。理由としては、#3「You’ll come to the apocalypse at last 」や#7「Beyond the forest of realization」~#8「Circulation」といった楽曲が、イケナイ引き金を引く前に救済を与えるから。退廃的で物憂げな雰囲気はありますが、Lauraのメンバーを含むゲスト陣によるストリングス隊が参加して描く、壮大な希望がキーとなる。

 特に#8の中盤からラストにかけての優美な音の渦、それに付帯するカタルシスは絶品だなと。Yukiさんのヴォーカルも女神のような慈愛に満ちた歌で音響に寄り添い、作品の明度を高めています。この世の果てへの使者から天使へのその豹変ぶりがまた情緒・深みへと繋がっている。

 元々のサウンドを重くタフにビルドアップしたことで、バンドとしてひとつの殻を破った作品になりました。脳味噌が塗りつぶされたり、至上の解放感を味わったりと様々な衝撃をもたらすだろう本作からは、7年かけて磨き直した個性が光っている。ちなみに本作はBandcampで購入したのですが、アナログ盤限定でインスト曲「Genom」にwombscapeのRyo氏(Vo)がゲスト参加した特別Verが聴けるそう。

Absence of Objective World (2019)

オリジナルメンバーが2人になったことで出来ることを形にすべく、 国内外のゲストミュージシャンとのコラボレーション含め、様々なアーティストの協力によって完成された ニューアルバム”Absence of Objective World (客観的世界の不在)”。

今作のテーマは、様々な人間の感情や価値観の中で、”環世界”の視点でこの世界が全ての人間の”主観的現実”の集合体であり、 その中で個々がどう世界を捉え、価値観と現実をどう作り出していくかが試されているのではないか、という問いかけをもとに制作、 より心の奥に焦点を当てた内容で音の重厚さと共に深みを増した作品に仕上げられている。

 5人だったメンバーの脱退が相次ぎ、2018年5月にはコアメンバーであるYUKI(Vo,Gt,Key)とYOSHI(Gt)の2人編成となったPresence of Soulが4年ぶりに放つ4thアルバム。そういった逆境の中で制作されたことをまるで感じさせない作品となっています。聴いたときにかなりの衝撃を受けた前作『All Creation Mourns』以上に増した重量感。そして、きめ細かくなった黒の密度。重さと暗黒は一層の迫力と磁場を持って聴き手を引き寄せます

 オリエンタルな鍵盤のリフレインと靄がかったギターの音色による#1「Boundary of Reality and Fiction」から、ドラマティックな悲壮感に彩られる。本作では全5曲中4曲にてデュオ編成の中でゲストを交えていますが、いい意味での相互作用・音楽性の拡張に繋がっており、旧来からのファンにとってもこれまでには無い新鮮な響きがあります。ピンチの時にこそチャンスがありとはよく言いますが、その体現があまりにも見事にはまっています。

 そこら辺のドゥームメタルが尻込みして逃げだすだろうインパクトを持つ#2「Antinomy」は本作を象徴するような1曲。PoSの全アルバムを通しても突出した重量感と迫力に圧される。中盤には安楽と慈愛の美麗パートを挟みますが、その両極端が一時的に並列したかと思うと、終盤は再び序盤のような終末の世界が訪れます。約12分にも及ぶ本曲は悪夢の中でもがき続けるかのよう。Funeral MothのヴォーカルであるAmamiyaさんによるデスヴォイスが、激薬のごとき効能をもたらしています。

 そして、白眉といえる11分超の#4「Probability of Destruction and Hope」。”希望と破壊の確率”と題されたこの曲では、RosettaのEric Jerniganが助力。序盤のヘヴィなサウンドを経ると、物悲しげに凪いだ海のようなギターの上をEricのクリーンヴォイスが救いの手を差し伸べるかのように響く。徐々に手数を増やしながら終盤では涅槃の淵へと向かうように重くドラマティックに展開し、大団円。今のPoSの旨味が凝縮されているなあと感じさせます。

 ボーナストラック扱いとなっている終曲#5「Calm Water」にしても、やたらと強調されたギターの裏で添えられるYUKIさんの消え入りそうな声が内省を促すかのよう。

 氾濫する重音がもたらす絶望と希望。その比重は聴き手によって変わります。ゲストを招きながら音楽的実験と未知を切り拓いたPoSは、決定的に希望が失われつつあるこの世に対して、一石を投じる。どんな状況に陥ろうと、真摯に表現と向き合いながら今後も邁進してくだろう、その存在が頼もしい。

お読みいただきありがとうございました!
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