旧知の仲であるギタリストのマイク・サリヴァンとドラマーのデイヴ・ターンクランツを中心に結成されたアメリカ・シカゴ出身のヘヴィインスト・バンド3人組。
1stアルバム『Enter』を発表後にベーシストが抜け、そこに解散したBotchやThese Arms Are Snakes、後にSUMACとしても活動するベーシストのブライアン・クックが加わり、以降はこの不動のラインナップで活動します。
バンド名は、1980年のロシアのナショナル・ホッケーチームによって導入された練習ドリルに由来(Scen Point Blackのインタビューでマイク・サリヴァンが回答)
ポストメタル系インストとして知られる彼等は、初期はマスロックやポストロックといったテイストを押し出すものの、作品を出すごとに独自のスタイルを開眼。重厚なリフの反復で音の壁を打ち立て、ストイックに強度を突き詰めていく様は他バンドとは一線を画す。
TOOLのツアーサポートに抜擢されたこともある実力派であり、ヘヴィかつスリリングなサウンドを生み出す鉄壁のアンサンブルはライヴでも定評あり(わたし自身も2014年と2020年に体感済み)。
本記事は、彼等のオリジナルアルバム作品8作について紹介していきます。
アルバム紹介
Enter(2006)
1stアルバム。全6曲約44分収録。エンジニアにGreg Normanを起用しています。Don CaballeroやPeleなどに影響を受けたマスロック系インスト、Dakota/Dakotaが母体(マイク・サリヴァンと前任ベーシストが在籍)。
ただ、その時と比べて随分とヘヴィな装い。リスタート、その心意気を感じます。本作はポストロック寄りの音楽性ですが、マスロックの精微・堅牢な構成が成されています。
スリーピースながらも想像以上に音がタフでヘヴィ。その上で同郷のPelicanと同じくシカゴの自然の厳しさを想起させるような音の濁流、美しい景色を描写する流麗さが3人のアンサンブルによって生み出されます。
ダイナミックな揺さぶり、スリリングな展開、メタル的なエッジ。初期からそれらが備わっており、パズルのように的確に組み合わせている。暴れ狂う轟音スペクタクル#3「Death Rides a Horse」は初期の名曲として君臨。
ギターのタッピングから始まってソフトからラウドまで細やかに変遷する#1「Carpe」、ゆったりとした展開から一気に燃え広がり爆発する#4「Enter」、自然の厳しさと美しさをドラマティックに表現する#5「You Already Did」などバンドの持ち味を示しています。
落ち着きと爆発。スムーズにその過程を繋ぐ中で激しいリフと美しいメロディが聴き手の感情を解き放ち、言葉はなくとも音だけで解決する。デビュー作にして強烈な一撃。
Station(2008)
2ndアルバム。全6曲約43分収録。ex-Minus The Bearのマット・ベイルズによるプロデュース。本作からベーシストのブライアン・クックが正式に参加。
本作もポストメタルというよりはポストロック方面へやや傾いていて、メロディを磨き上げて前作よりも構成を練り上げて壮大なドラマを描いています。
ギタリストひとりで奏でる多彩な音とレイヤー構築、低域を安定的に支えるベースライン、強靭さと安定感を高いレベルで備えたドラム。よく言われる”3人とは思えない”という表現は、誰しもが本作を聴けば納得できるはずです。
不穏なイントロから幕開ける#2「Harper Lewis」では途中で爆撃のごときリフが吹き荒れ、タッピングフレーズと組み合わせながら大きな起伏をつくりあげていく。変拍子を用いた表題曲#3「Station」にしてもリフを塗り重ねながら発展を遂げいきます。
その上で繊細なロマンチシズムも生きている。#4「Verses」や#6「Xavii」といった天から降り注ぐ叙事詩のようで、美しいインスト曲として作品を彩ります。Rosetta辺りと同様にアート性を加味し、メタルとマスロックの猛攻を共有して単純にポストロックの傘下に置かせない意志を貫いている。
また、Toolのツアー・サポートにも抜擢されるクオリティというのも十二分に発揮。インストゥルメンタルを独自の美意識で昇華させた#5「Youngblood」は、ポストメタル系インスト最重要曲のひとつです。
Geneva(2009)
3rdアルバム。全7曲約46分収録。プロデューサーはBrandon Curtisが担当。前作から1年半という間隔でリリース。基本的にはこれまで通りに、ヘヴィかつメタリックな轟音と流麗なメロディという鉄壁の組み合わせで構成。
重心の低いバキバキのベースライン(特に中盤のベースソロが凄い)を下地に烈風が吹き荒れる#2「Geneva」、陽性のメロディが彩る序盤から暴発するように火柱が上がる#5「Malko」と破壊力は変わらず。
静寂の愛おしさや揺らぎを強調した作品だといえます。その効果をもたらしているのが繊細な音色を響かせるストリングス、温かみのあるホーンといった楽器の導入。
それらがこれまでのトリオの演奏に豊かな表情を加えたことで、繊細なリリシズムはさらに効果を増しています。
これまで通りに随所に耳を引く劇的な掴みがあり、引き込まれる感覚は今までの中で一番かも。しかし、ヘヴィネスや畳みかけるようなスリリングさは減退。ポストロック的なダイナミクスに焦点はあたっている。
仄かな切なさを纏うメロディを軸に管弦楽器が奥行きを持たせて音が徐々に膨れ上がっていく#3「Melee」、クールネスを増したEITSといえそうな展開美をみせる#6「When The Mountain~」といった曲ではそれが顕著。
ゆっくりと軌跡を描きながら映し出される優美な音風景は切なく胸を満たしてくれます。
Empros(2011)
4thアルバム。全6曲約45分収録。前作はストリングスやホーンを導入していましたが、ライヴだと再現できなくてエネルギーに欠けていたとのこと。よって本作は3人だけで演奏が完結する形に回帰しています。
#1「309」から最重量級の鉄槌を撃ち落とすかのようなリフが炸裂。ここまで恐ろしいヘヴィネスを聴かせてくれる序曲に続き、本作のハイライトである#2「Mladek」へ。この曲はRussian Circlesの持つ資質を全て投下した素晴らしい楽曲に仕上がっており、透き通るように美しいギターのループから豪腕で屈強な爆音が襲います。
前作のアブストラクトな揺らぎのある空間よりも、本作は1stや2ndにおけるダイナミックな構成力や煽情性が収斂。音そのものの重みと破壊力が存分に引き出されています。
マスロックめいたフックの組み込み方も流石。うねるヘヴィネスで翻弄し、美麗なパートで酔わせつつ、体も心もクラクラとするような爆音の乱舞で一気にスパートをかける。
サプライズも用意しており、締めくくりの#6「Praise Be Man」が初の歌ものトラックとして登場。ブライアン・クック主導で作られたという本曲は、彼のたそがれた唄と寂寥感のあるアコースティック・ギター、ヘヴィ・ドローンが聴こえてくる。
同郷で親交の深いPelicanが同じ4作目で初のヴォーカル・ナンバーを収録したこと事を思い出さずにはいられませんでした。
緻密さとダイナミズムを突き詰め、力強さも美しさも集約したインストゥルメンタルは、その手のファンを確実にうならせる作品。職人の域にまで達するその鉄壁のアンサンブルで彼等は前進を続けるのみ。
Memorial(2013)
5thアルバム。全8曲約38分収録。3作連続でBrandon Curtisがプロデュース。本作品についてのインタビューでブライアン・クックは、”ピンク・フロイドの「アニマルズ」にインスパイアされた部分があること、前作よりもヘビーな部分とソフトな部分の「二極化」が進んだこと”と語っています。
確かにたくましい重低音と優美な叙情が相当なまでの説得力を持ちます。特徴的なのは、それぞれが独立した曲ながらもコンセプトアルバムのようなムードがあること。重厚かつ繊細なドラマを全8曲約38分間で実現しています。
波のように寄せては返す切ないギターの音色が印象的な小インスト#1「Memoriam」の安らぎの始まりもつかの間。
#2「Deficit」の冒頭から襲いかかる重音は、前作の1曲目である「309」にも迫るものがあり、問答無用で鼓膜を征服。そして、堅牢なまでに貫かれたプログレッシヴな構成、鉄壁のアンサンブルが昂揚感を煽ります。
また、憂いと湿り気を帯びたダークさがあることも挙げられます。ポストロック風の静から動へと引き上げていくアプローチはあまりなく、リフの波状攻撃を中心に忙しない変化を伴っているために、”光”をもたらすような感触はあまりない。
それでも#6「Ethel」にて多彩な音色を煌かせながら、初期にも近いサウンドを聴かせてくれているのが嬉しい。
締めくくりの#8「Memorial」には新世代ゴシック・クイーン、Chelsea Wolfeをゲスト・ヴォーカルに招いてます。彼女の霧がかった儚い歌声と優美なギターの音色が揺らぎのあるミステリアスな空間を創り上げている。
前述したようなコンセプトアルバムのようなムードと共に、彼等のカタログで最もバリエーションが多彩な作品と言えそうです。
Guidance(2016)
6thアルバム。全7曲約41分収録。プロデュースにKurt Ballou(Converge)を迎えています。アートワークはブライアン・クックのパートナーが所持していた写真を使用。20世紀初頭における中国の戦時中のものだそうですが、写真の詳細は定かではない(lorezineのインタビューより)。
作品毎に着実なる前進を本作でも実感すると同時に、7曲全てにインストを揃えて本来の姿に立ち返っています。
スリリングな展開と重厚なサウンドを実現する鉄壁のアンサンブル。無駄な贅肉を削ぎ落とし、バンドの芯の部分をSASUKEオールスターズ並にストイックかつタフに鍛え上げてます。まさしく本格派と技巧派を兼ねる音。
聴いていて積み上げられたと一番に感じるのはヘヴィネスの部分。エフェクトを多用しての歪みと厚みの倍々ゲームは、無差別重量曲#6「Calla」における轟きが物語ります。
卓越した演奏力とアイデアの多彩さから成る3人とは思えないグルーヴは、作品を重ねるごとに強靭に。それでいて明暗硬軟遅速を展開に合わせて隅々までコントロールし、柔らかなリリシズムとともに曲の背景を膨らませています。
ダイナミズム溢れる#2「Vorel」や#3「Mota」辺りは、聴いただけでRussian Circlesとわかるぐらいに彼等の専売特許。そして、ラストの#7「Lisboa」ではシカゴの冬を思わせる寂寥感募る静寂からダウナーな轟音が吹き荒れる。
大きな方針転換はなくとも、自身の音楽を分析して突き詰め、研磨を続ければマンネリなんて言葉はねじ伏せることができる。それを証明する1枚かと思います。まだまだRussian Circlesの手によって、インスト界隈は更新されていきそうです。
Blood Year(2019)
7thアルバム。全7曲約40分収録。前作に引き続いてKurt Ballou(Converge)がプロデュース。強靭・重厚・精微・鉄壁・反復・知的。本作を漢字2文字で表せる言葉がいろいろとあります。
ポストメタルといっても異質であり、そもそもバンド自身はポストロックやポストメタルというジャンル分けやタグ付けに嫌悪感を示すほどですが、それゆえに独自の方向を突き詰めている。もはやストイック or Dieです。
本作は前作の方向性を継続しつつ、ライヴの激しさを反映した作品を目指したと言います。リフで押して圧しての精微重厚インストに変わりなく、よりストレートな形になっています。職人のように地道に品質改善を重ねながら、己のスタイルを昇華。
仙人化していくマイク・サリヴァンのギターと階級を上げ続けるブライアン・クックによるベース、その両リフを基盤にして反復とレイヤーによる分厚い音壁構築。それが前作以上に肉弾戦上等といった感じで攻めています。
決して型通りではなく、ポストロック/ポストメタルの黄金法則には則りません。新選組ばりに己の特化した技を極めまくる姿勢を貫く。#2「Afluck」や#7「Quatered」が象徴するようにリフ主導で攻める、攻める。
トレモロやタッピングなど多彩な味付けもしてはいますが、音に音を重ねて鼓膜を蹂躙することに変わりなし。ドラムもずっしりと重いですが、曲のスリリングさとスピード感は確実に維持しつつ、ブラストビートを取り入れたりしています。
叙情的な側面も所々で聴かせますが(インタールード的な#1「Hunter Moon」#5「Ghost on High」の役割がそう)、あくまで彼らなりのバランスのもとで整理されています。
#6「Sinaia」は久しぶりに轟音系と呼べそうな方法論で作られていますが、やたらと生々しくて重たい響きを堅持している辺りはこのバンドらしい。
前作以上に生々しいライヴ感。あとはジャケットのようなダークな側面が押し出されています。音から感情的なものは失われている印象を受けますが、アンサンブルの強度が増して、リフの嵐がひたすら耳の説得を試みる。そんなアルバムです。
Gnosis(2022)
8thアルバム。全7曲約40分収録。3作連続でカート・バルーによるプロデュース。黄金コンビが確立しつつあります。コロナ禍によって日本公演以降の2020年ツアー中止。2021年秋にはツアー中に所有するほとんどの機材が盗難被害に遭う。
バンドの生存権すら奪われかねない事案が続いた中でも、彼らは帰ってきました。
このご時世を反映して作曲方法が変化。基本的にはマイク・サリヴァンが録音してきた断片的なリフを3人で膨らませていくのがこれまでの形。それを今回は各々が単独で曲を書き、他のメンバーが補修する形にシフトしています。
それでも前作『Blood Year』からの連続性を意識しながら、それ以上に冷酷で重厚で激しい。不条理に対する苛立ちと怒りが封じ込まれ、直接的で肉体的な作品に仕上がっています。
#1「Tupilak」のぶっといベースラインからスタートし、そびえたつ音の壁。続く#2「Conduit」が本作の容赦の無さを確信させ、リフ主導のナビゲーションがヘヴィ苦悶式となる4分半を提供しています。本作もわりとストレートな構造に感じますが、ヘヴィネスはさらに荒く支配的。
反復と小刻みな変化を続ける中で巨大な質量のサウンドを強力なトライアングルが生み出している。さらなる猛攻撃の立役者となる#4「Vlastimil」や#6「Betrayal」は、解体作業するブルドーザーのような粉砕型事業で過酷な瞬間が次々と訪れる仕様です。
しかし、本作は過去の断片が垣間見えることがあります。表題曲#3「Gnosis」は序盤から中盤にかけてのギターのリフレインは1st~2nd辺りを彷彿とさせますが、それでも本作にふさわしいダーティな色合いと重轟音に最後は染まる。
特に印象的なのはラストを飾る#7「Bloom」です。ポストロック調のメランコリックなギターが、作品中ずっと覆っていた分厚く険しい雲をぶち破る光の筋のように感じられます。この美しいクライマックスに感動を覚える人も多いはず。
『Gnosis』は過去からの連続性と新しい出発点の両方を担い、人生における厳しさ、怒り、儚さ、美しさが込められているはず。何を語らずとも彼等の紡ぐ音は多くを語りかける。
”3人で表現し続ける”という信念と哲学を根幹に、音楽性の拡張は今なお続いていることを本作は示しています。
どれを聴く?
Russian Circlesに興味を持ったけど、何から聴けばいいの!?
という方に向けて今回は2作品を挙げてみました。
2作品のうち先に挙げたアルバムの方がオススメですが、後述する最新型のRussian Circlesの攻撃性も相当なもの
是非チェックしてみてください。