シューゲイザーの第一世代として90年代前半から中盤にかけて初期ムーヴメントを支えた、slowdive。1989年にイングランドのレディングにて、ニール・ハルステッドとレイチェル・ゴスウェルにより結成された5人組です。
オリジナル・シューゲイザーとして、シューゲイザー・ムーヴメントを支えました。My Bloody Valentineと同じクリエイションに所属。
1991年の1st『Just For A Day』を儚く耽美なシューゲイザーを志向し、1993年の2nd『Souvlaki』ではポップとのバランスが取れた作品と高い評価を獲得。
その後は、ミニマル寄りな作風や打ち込みを多用したりと路線を変え、1995年に3rdアルバム『Pygmalion』を残してバンドは消滅の道を辿りました。解散後は、Mojave 3やMonster Movie、各自ソロ名義で活躍。
2014年に再結成を果たし、2017年には22年ぶりの復活作『slowdive』を発表しています。23年には5thアルバム『Everything Is Alive』をリリース。本記事はそれらオリジナルアルバム5作品について書いています。
わたし自身、2017年のフジロックにてslowdiveを初めて見ました。確かに陶酔の境地というか、耽美かつ陶酔を促すシューゲイザーで心地よいライブに浸れたという記憶があります。
アルバム紹介
Just For A Day(1989)
デビュー作にして、シューゲイザー界の重要作に認定されている1stアルバム。陰を帯びた耽美なサウンドを追求し、マイブラやライドとは別のシューゲイザー桃源郷を目指しているのが伺えます。
深いリバーヴとエコーのかかったサウンドの上を男女ヴォーカルがしなやかに泳ぐ。ゆるやかなリズムに乗せ、夢と幻想の世界を築き上げていく。
揺らめく甘いメロディ、幽玄なサウンドスケープ。よく例えられますが、バンド名通りにゆっくりと沈んでいくイメージ。繊細に折り重なる音の粒子が優しく包みこむようで、心地よい浮遊感を生んでいます。
slowdiveの場合は轟音といっても、ノイジーな感じではなく、浸る/溺れるような感じであるのも特徴的。そして、寂寥感や憂いを帯びていて、儚さがあります。
どこまでも鳴り響く残響音には現実と幻の狭間で鬩ぎ合うドラマも垣間見える。後に発売されるBest Albumのタイトルにもなった#3「Catch The Bleeze」を始めとして名曲を多数収録。
耽美系シューゲイザーによる至福の洗礼で恍惚と白昼夢に誘われた人々はあまりにも多い。
Souvlaki(1993)
2ndアルバム。シューゲイザー界隈では1stの評価が絶対的なものですが、本作を最高傑作と評価する声も多いです。
深いリバーヴのかかったギターにゆったりと刻まれるリズム、あまりにも儚すぎる情感に満ちた男女ヴォーカルとサウンドを形成する核はそのままですが、楽曲の持つ鮮やかさが増しています。
柔らかなギター・ノイズの奔流、美しい揺らぎ、天上に繋がる浮遊感。耽美なシューゲイザ-ですが、ポップと絶妙に折り合いをつけることで、作品が温かな色味を帯びています。
おぼろげなノイズの揺らぎの中で、ヴォーカルにしてもメロディにしても輪郭を丁寧に描き、聴きやすくなっています。永遠の名曲#1「Alison」の素晴らしさは言うまでもありません。必聴です。
#2「Machine Gun」で聴ける穏やかで甘美な曲調にもうっとり。そういったメロウな楽曲が輝きを放つ中で、冷たさと透明感と轟音の波がハーモニーを奏でる#6も強烈な存在感を放っています。かのブライアン・イーノ氏が2曲でゲスト参加というトピックもあり。
アンビエント感覚も有しており、シューゲイザーから領域拡張を狙ったことは伺えます。見事に織りなす幻想空間は、淡く切なく儚く、そして神秘的。Slowdiveの世界への入り口には本作が適していると思います。
Pygmalion(1995)
3rdアルバムにして、復活前のラスト・アルバム。本作は前作の中に数曲あったアンビエント志向をさらに推し進め、幻想的かつ神秘的な世界をアブストラクトな手法で奏でています。
10分にも及ぶオープニング・トラック#1「Rutti」からこれまでと違った静けさと真っ白の空間に連れられる。
これまでを踏まえ、完全に新路線へ舵切り。渦巻くような轟音は控えめで、シューゲイザーの手触りとは少し違う丁寧な音の反復/構築が目立つ楽曲の数々。聴いていても教会で鳴る様な神聖な響きを湛えているのが特徴でしょうか。
深いリヴァーヴや冷たいレイチェルのヴォーカル、緊張感あるリズムがこれまでにない味わい。冷たく切ないメロディが鳴り響き、真っ白い音のヴェールに包まれていく。
凍てつくような大地に取り残される#3「Miranda」では恐ろしさすら感じます。ミニマル/アブストラクト/アンビエントな作風がそのまま儚くも脆い精巧な芸術品として、本作を成立。
ここでバンドが一旦、休止したのもある程度、納得がいきます。当時はまるで見向きもされなかったようですが、現在は前衛的な音響作品としてエレクトロニカ方面から高い評価を獲得しています。
slowdive(2017)
4thアルバム。全8曲約46分収録。約22年ぶりの再結成アルバムは、これぞslowdiveというイメージにそった魅力が詰め込まれました。
夢見心地のテクスチャーと美意識は90年代から変わらず、『Souvlaki』と『Pygmalion』の狭間で揺れ動きます。トレードマークといえる幻想性と耽美、そしてポップネスの発揮。
冒頭を飾る#1「Slomo」の幻想的な音の層に惑わされ、#4「Sugar for the Pill」では甘い歌声が淡い安らぎをもたらしていく。
もともとシューゲイザーの暴力性で恍惚とさせるよりも、ミステリアスな音像に聴き手を陶酔させていくタイプ。20年以上の歳月を重ねても効力は絶大です。
#2「Star Roving」には2nd期を思わせる温かいキャッチーさで魅了し、#7「Go Get It」で聴けるニールの渋い歌声は20年の歳月を重ねたからこその味があります。
どことなく憂いを帯びていても、救済と聖性が作品にもたらされるのはレイチェルの声による特権。さらに静謐なピアノを軸としたミニマルな曲調の#8「Falling Ashes」からは3rdの延長上にも感じられます。
slowdiveは1st~3rdまで作風を変えてきましたが、90年代のそれらのノスタルジーに浸れる集大成といえる作品です。そして幻想性の中に親しみやすい距離感が取られているのは見事。
Everything Is Alive(2023)
5thアルバム。全8曲約42分収録。結成してまもなく35年。シューゲイザー御三家の中で最も不確かでミステリアスな存在感を放つのは相変わらず。
本作は2020年に亡くなったレイチェルの母親とサイモンの父親に捧げられた作品です。元々はニール・ハルステッドがソロ・レコードのためにモジュラー・シンセを使用して書いた素材が起点(公式Bandcampより)。
タイトル = すべては生きている。電子音を主体とした本作はおっとりとした穏やかさをまといます。その上でニール・ハルステッドのヴォーカルやアコギは牧歌的な叙情性をアシストするものの、レイチェルのささやくような声は現実をおぼろげに遠ざける。
刹那に切り替わる大音量のカタルシスを追い求めず。柔らかなリバーヴやシンセサイザーを用いた重層の海で持続する心地よさを選んでいます。
冷から温。悲観から楽観。抑制から解放。#1「shanty」から#8「the slab」にいたる道のりは、それらを辿るかのようです。
リバーブを活かして拡がりをみせる#2「prayer remembered」、本作随一のロマンティックな歌ものと#5「kisses」、ダンサブルな躍動感を持つエレポップ#8「the slab」と悲しみから愛情まで豊かな感情を拾い上げる。
ミステリアスな神々しさとキャッチーな親密さがブレンドされた熟練の妙味。本作はシューゲイザーというブランドに依存せず、また過去の自分たちに固執することなく新たな魅力を加えています。白昼夢の遊泳は未だ底知れず。
どれから聴く?
初めて聴いてみたい方には『Souvlaki』をオススメします。
1stアルバムを踏まえてポップに向かった作品で、バランスが取れています。ブライアン・イーノが2曲に参加したことも話題。
オススメ曲
2ndアルバム『Souvlaki』に収録された名曲。温かいハーモニーに魅了されます。