kranky、mille plateaux、alien8、staalplaatなど世界中のレーベルからリリースしているカナダ人音響系アーティスト。
Pitchforkをはじめとする様々なメディアで非常に高い評価を受け、ベスト・カナディアン・エレクトロニック・ミュージックアルバム受賞歴もある。現在までに10枚のフルアルバムをリリース。
本記事では5作品を紹介しています。
アルバム紹介
An Imaginary Country(2009)
前作に引き続いてkrankyよりリリースされた3年ぶりとなる5thアルバム。アルバムタイトルの「an imaginary country(空想の国)」はドビュッシーの言葉「空想の国は地図上では見つからない」からの引用。
煌びやかさと柔らかさが同居したノイズの奔流に意識が押し流されていく。グリッチやエレクトロニクスに加えてギター、シンセ、ピアノ等を有用して分厚いレイヤーを築き上げ、それが物悲しくエモーショナルな響きを湛えていて、さらに壮大なスケール感を打ち立てます。
例えるなら、大らかに拡がっていくノイズの大海。ミリ単位に及ぶ精密な音の制御はさすがに職人的です。また、生楽器の音をエディットしながらも丁寧に織り込んでいるのが、感情的な表現力に繋がっているように思います。
おぼろげなノイズの隙間から零れおちる美しいピアノの音色にうっとりする#5は本作でも圧倒的にメロウな1曲として素晴らしいし、地の果てのドゥーム色の強い立ち上がりからノイズが力強く空間を切り拓いていく#11もまた佳曲。
時にNadjaに迫るほど凶暴化することもあれど、神々しいサウンド・コラージュによって劇的な瞬間を何度も生み出しては、聴き手を深いまどろみの彼方へ連れていってくれます。
Ravedeath, 1972(2011)
2年ぶりの通算6枚目。2010年6月のある1日、アイスランドのレイキャビックにある教会で録音した作品となっていて、アイスランドの奇才Ben Frostがエンジニアとして加勢。
様々な音粒子をデリケートに重ね合わせたサウンドの美しき結晶が壮大な空間に静かに流れ出す。この極上のノイズ・ハーモニーはゆらめき、たゆたい、溶け込み、心と体を満たしていきます。
本作では、教会という神聖で静かな場所にあるグランドオルガンやピアノの反響を主体にし、揺らめくシンセにおぼろげなギターノイズ、グリッチ、さらにエレクトロニクスの力を絶妙に織り交ぜています。
ゆるやかに意識を押し流していくかのような様なこの幽玄たるサウンドスケープが絶品。驚くほどにメロウな表情をみせると共に厳粛な響きが浄化と解放の時間を紡いでます。
特に荘厳なピアノの旋律と緩く渦を巻くドローンの音色が美しく溶け合い、神秘を奏でる#6~#7「Harted of Music」、天上へと続く安息と祝祭のノイズ/ドローンによる締めくくり#10~#12「In The Air」が素晴らしい。
このサウンドからはFenneszを想起する人も多いと思いますが、こちらの方が音色の粒に感情が漏れてくるし、優しくメランコリックな感性としっとりとした叙情性が通底しているはず。
初期ではもっと荒々しくノイジーだったそうですが、本作を聴く限りでは洗練の妙が顕著。どこまでも続く陶酔感に包容力、そしてこの業深さは、教会の祈祷・慈愛・悲哀・祝祭といった力を汲みあげながら生成された事も関係しているでしょう。傑作。
Dropped Pianos(2011)
9曲入りEP。ジャケットからも想像できるように、『Ravedeath 1972』を制作する準備段階で作曲された下書きの楽曲が収録された作品です。
絵でいえば、ラフ・スケッチの段階のピアノ録音を作品化したものになと思いますが、この幽玄なリリシズムは大きな説得力を持っています。
全ての楽曲はピアノが軸となっており、アンビエント/ポストクラシカル風味。今回は全体を通して静謐な印象ですが、淡いドローンの上をミニマルなピアノが儚く泳ぎ、ストリングスも絡み合う。それが非常に深い余韻をもたらしていると感じます。
また、じっと耳を傾けていると「Ravedeath 1972」に収録されたフレーズも零れてきて、その作品のプロセスとなったことも大いに実感。
序盤から美しいピアノの旋律がもの悲しく響く#1、まどろむようなノイジーな音響の中で感性が揺らぐ#9など佳曲は揃っています。ポストクラシカル系のファンにも訴えかけるほどクオリティは確かな作品。
Virgins(2013)
2013年6月には待望の初来日を果たした、カナダの音響系アーティストの約2年半ぶりとなる通算7枚目のアルバム。
「時間、旋律、様相の概念から抜け出した音楽を制作すること」を目指したそうですが、前作『Ravedeath 1972』の流れを汲みつつ、自身の音楽を確かに前進させています。
やはり本作でも濃く深い霧を思わせるノイズ・ドローンが瞑想的なムードを引き立て、その中で零れてくる職人肌ゆえのメロウさが絶品。前作でも重要な役割を担ったピアノは優美かつ厳粛に響き、フルートの音色もまた燻し銀の味わいで音像の立体感を生んでいます。この熟成されたハーモニーは、やはりティム・ヘッカー先生の成せる業。
オーロラのような煌きを放つ#1「Prism」から、本作中で最も幅広く揺れ動くエクスペリメンタル風ノイズ音楽#12「Stab Variation」までは、確かに聴いていると時間軸も空間軸もどこか遠のいていくような感覚あり。
あらゆるものを浄化する聖性のノイズは、畏怖を覚える様な神秘的感覚とダークな質感を有しており、その幽玄なサウンド・デザインに息を呑みます。前作に引き続いての傑作である。
Love Streams(2016)
まさかの4AD からリリースとなった約2年半ぶりとなる8作目。4ADに合わせてというのをもしかしたら考えたのかも知れませんが、耽美性と温かみを感じる作品だと思います。
それこそタイトルの「愛の流れ」であり、ジャケットのようなイメージが浮かんだり。彼流の愛のキャンペーン~ノイズ編~というか(笑)。
前作までと同様にBen FrostやKara-Lis Coverdaleが参加し、レイキャヴィークのスタジオでの録音。そこにポストクラシカル系音楽の代表格であるJohann Johannsonが参加し、聖歌隊をフィーチャしています(当然、切り貼り形式ですが)。
近作のようにピアノやフルートの音色を生かしつつ、エレクトロニクスをを融和させての優しさと前衛性を持つサウンド・メイクを施し、以前より温かくメランコリックな響き。
これまでの浴びるというよりは押し流されるレベルの質量を持ったノイズは控えめに、丸みと柔らかさを重視したものへと変化している印象があります。#2「Music Of The Air」や#5~#6「Violet Monumental」等がそうでしょうか。
ただ、一番にハッとさせられたのが先行公開された#8「Castrati Stack」。氏の代名詞であるノイズの氾濫に反響する声が覚醒を促します。さらには#11「Black Phase」が『Monoliths & Dimensions』期のSUNN O)))にヒントを得たようなギターとコーラスの重ね方で驚きを与える。
作品を出すごとにリスナーへの歩み寄っている印象はありますが、今回ならば柔らかくした分を他の表現方法でしっかりと補強。この辺りの音楽家としての感性はさすが。音像の核にある優しさや愛とともに、深く向き合い、全身で感じたい作品に仕上がっていると思います。