2014年に東京で結成されたポストブラックメタル・バンド4人組。2016年に1st EP『過誤の鳥』をリリースし、国産ポストブラックメタル系バンドとして認知されていきます。
2018年に1stアルバム『わたしと私だったもの』を発表し、本作はPest productionsやDog Knights Productionsといった海外レーベルからのリリースも実現。
2020年末に2nd EP『すべてか弱い願い』、2022年7月末(フィジカルは8月)には2ndフルアルバム『アイランド』を発表。
特に『アイランド』はRate Your Musicの新譜5804作中”30位”にランクインし、Bandcampにて夏季ベストを飾りました。
本記事ではフルアルバム2作品『わたしと私だったもの』『アイランド』、EP2作品『過誤の鳥』『すべてか弱い願い』とこれまでに発表された全作品について書いています。明日の叙景を知る手引きとなれば幸いです。
アルバム紹介
過誤の鳥(2016)
1st EP。全5曲約23分収録。サウンド・プロデュースやアートワークは全てメンバーが担当。
急襲するトレモロリフと高速ビートに強烈なラッシュを顔面&みぞおちに決められた気分になる。冒頭を飾る#1「石榴」からこの音楽でやっていくという迫力と意志が強く感じられます。
Deafheavenやheaven in her arms、Oathbreakerといったバンドを彷彿とさせるポストブラックメタル~ポストハードコア的アプローチ。そこに連帯していくシューゲイザーやヴィジュアル系の遺伝子。
何よりヴォーカル・布氏が多様なスタイルを聴かせてくれます。悲痛な絶叫とエグいグロウルにポエトリーリーディングを場面ごとに使いこなす。おぞましい狂気を発揮する中でエモ度を同時に引き上げる彼の貢献度は高いです。
特に#3「自己に対する無関心が生んだ他人への共感」では次作につながる和ホラー的な禍々しさと怪奇性が発揮され、鬱々とした精神面へ聴き手を追い込んでいく布氏の表現が見事。
もちろんそれに付随してトレモロやアルペジオを中心としたギターは、絶望的なトーンに行き過ぎることなく、黒一辺倒にしない白と儚さを混ぜ合わせる。また押し引きを丁寧にコントロールし、ドラマティックな展開を生み出しています。
#2「名付く暗涙」はポストブラックと激情系ポストハードコアの螺旋上から最後には奈落へと突き落とし、本作では最も激情性を備える#4「幸福な旅の人へ」の後半にはenvyを思わせる壮大さを打ち出していく。
1st EPながらも影響元をブレンドする巧妙な匙加減、それによるオリジナリティが確立されています。
わたしと私だったもの / Awakening (2018)
1stフルアルバム。全7曲約48分収録。アートワークは日本画家の丁子紅子さんが担当。日本人が演るポストブラックメタルとは何なのか。ひとつの回答に『Awakening』がおそらくあります。
#1「たえて桜のなかりせば」のサウンド・デザインはそのスタイルを踏襲して残忍な振る舞いをしてますが、静寂のなかに小さな煌めきや温かさをもたらすメロディが効果的に入ってくる。
ポストブラックメタル meets envy的な感触は少なからずあります。そこにOathbreakerのブラッケンド・ハードコアの要素やネオクラストの苛烈さ、#2「火車」ではConverge辺りの変則性がひねりを加え、#5「月の恥じらい」の中間部で日本のホラーというか怪談めいた雰囲気が取り込まれています。
激しく攻め立てる部分は要として機能し、ダークで繊細な意匠には日本人ならではの感性が染みわたっている。アートワークに日本画を使用しているのも妙に納得。
Vo.布氏の表現に磨きがかかり、ヒステリックとも言えそうな甲高い絶叫をメインに、妙な引っ掛かりを与えています。
一番の変化球となっている#6「醜女化粧」はTOPPA!のインタビューによるとDIR EN GREYのシングル曲「embryo」の呟くような歌いまわしに影響を受けたという。
Vの者的エッセンス(Not Vtuber)は作品から感じ取れますが、痛みの中にある歪な輝きみたいなものが表現されていると感じます。
#7「薄氷」は冒頭だけだったらMONOの荘厳さを想起させますが、1分後にはギアを入れてスピードを上げ続ける。そしてポストブラックからポストメタルへとアプローチを変え、壮大な轟音によって回収し、アコースティックで静かに終わっていく。
”〇〇っぽい”という部分がいくつも散耳されても、極東の島国にいるから起こせる変質怪奇な混合物となる。ミックスの音楽であるのは間違いないですが、不思議と“日本産のポストブラック”に集約されていく。
それこそが明日の叙景の矜持であり、強み。メンバー各個人の影響元と参照、それらをまとめあげるソングライティング力をみせつけた作品です。
本作は2023年6月にLewis Johns氏によるリマスタリング盤がリリースされています。
すべてか弱い願い / Wishes (2020)
2nd EP。全5曲約27分収録。アートワークは佐藤Tさんが担当。ストーリーテリングに重点を置いて制作されたと言います(こちらのインタビュー参照しています)。
1stアルバムが異質だったのかと思えるぐらい、ストレートな印象を抱く作品です。
具体的に言えば前作の日本古来の情緒や和ホラーめいた異質な雰囲気は、襖の向こうに置いておく。よって憑き物が取れたかのように光が差し込むようになりました。
楽曲のフォルムとしてハードコアやヴィジュアル系の要素が馴染みながら、ポストブラック然としたものが多くなった印象。
忌々しい部分はシェイプアップされ、シューゲイザーの果実も実る。転調は繰り返されるにせよメロディは光沢を放ち、波打ち際のような涼やかさが苛烈な衝動の合間に挟まってきます。
冒頭を飾る#1「修羅」はその変化を物語り、ドラマティックな激走を基調としつつもこの新興ジャンルらしい“オシャレ感”をまとっている。
かと思えば#2「わたしは祈らない」は王道ポストブラックを貫き、トレモロと高速ビートがバチバチとやりあいながら煽情的にリードしていく。
#3「影法師の夢」や#4「青い果実」はいずれもバンドのメランコリックな面を強調するものですが、前者はバンドのこれまでをより開けた形で提示し、後者は速度規制をかけながら高まったシューゲイザー要素と共に蒼きノスタルジーをもたらしています。
ヴォーカルは前作ほどに奇天烈な表現はしていないにせよ、本作におけるスタイルの方がバンドに合っている感じはあります。
詞については女子高生がデモへ行くことを想定したり(#1)、古い村の因習によって仲を裂かれてしまった男女の話だったり(#2)と多様性を意識しているのかと思います。
#5「生まれたことで」は壮大な曲調の中で生まれたことへの不条理みたいな言葉が並ぶ。
暴力性と叙情性が中和しつつ、本EPにおいてバンドの音楽性における最適解を手繰り寄せたように思います。共に諦めを分かち合うような激しい悲嘆も含み。
それでも2020年というガラッと転換した世界において、こじ開けようとする”力”をも感じさせるEPです。
アイランド / Island (2022)
2ndアルバム。全11曲約52分収録。アートワークは陽子さん、タイポグラフィにはもなみんさんを起用。Deafheavenが1st『Roads to Judah』から2nd『Sunbather』で一気に突き抜けた/ぶち抜いた感覚がここにあります。
テーマに掲げられるのが【夏】ですが、1stアルバムと比べても明らかな光量を獲得。
Astronoidが持つようなメランコリックな色彩と夢見心地、またenvy『The Fallen Crimson』の魅惑的な光と多幸感が音像に組み込まれている印象です。heaven in her arms『白暈』のポップ方面というイメージも湧く。
ポストブラックらしいブラストビートとトレモロ、喉を潰すような唸る叫び。その集合体による瞬発力/突進力は健在です。急に差し込まれるポエトリー・リーディングはフックとなり、本作の持つ言葉の重要性を示す。また、人によっては”クサい”と言われそうなギターソロも昂揚感を煽ります。
しかし、ブラックメタルの鋭い刃先を振り回すでもなく、陽だまりのようなフィーリングがあり、耳にはワンクッション挟んで届いている感覚があります。
全部乗せぐらいカロリー高いことしてるのに、体にはなんでこんな優しく馴染むんだと不思議に思えるぐらい。前フルアルバムの怪奇的な闇を背負うことは少なくなりました。
またストレートな舵取りをしたEP『すべてか弱い願い』よりも確実にポップになっています。
単にセルアウトと言えないバランス感を持っているのは、COALTAR OF THE DEEPERSやLUNA SEA等の因子を持つからか。本作はシューゲイザーの洗礼がより大きく、アニソンの文脈は組み込まれ、ヴィジュアル系の錬金もある。
それらは等しい分量で配合されているわけではないですが、“ジャパニーズ・ポストブラック”というスタイルをさらに強固にしています。
楽曲としては、四つ打ちをベースにクリーントーンのセクションが導く#2「キメラ」と#5「歌姫とそこにあれ」が強力です。前者は、上述したギターソロを含めて激情系ハードコアと優美なメロディが涼熱空間を生む。
後者ではアニメ&セカイ系を基としたようなパワーワードが盛り込まれた詞が並び(”全てを覆すほどの雫のタクト”、”100万人のための彼女がフロアに微笑めば”など)、爽快な夏を演出しながらエモ倍々ゲームの胸熱をもたらします。
パリピのアンセム・・・にはならずとも、ヲタクのファンファーレにもメタラーの凱歌にもVの契りにも本作はなりえます。#11「遠雷と君」においてはAstronoidばりのトロピカル+激走をし、夏とキミの思い出はセンチメンタルに消えていく。
TUBEに夏の仕事をさせない新しい夏の季語として、またポピュラリティを獲得した国産ポストブラックとして『アイランド』は、太陽の光のすべてを受け止める海のように聴き手を情熱的に受け入れるのです。
Live Album: Island in Full(2024)
2022年アルバム『アイランド』で全世界の音楽リスナーに大きな衝撃を与えたポストブラックメタルバンド明日の叙景 の初となるライブアルバムが完成。2023年夏に開催され、ソールドアウトとなった『アイランド』全曲演奏のワンマンライブ「Island in Full」東京編を完全収録。
オススメ曲
軽快な四つ打ちをベースにメロディアスなギターが耳をサラッと撫でる。反対にヴォーカルは強烈なシャウトを多用。時折の詩読が物語への没入感を誘う。バンド初となるギターソロ導入も、過剰にエモーショナルな展開を支えます。
MVはリリック・ビデオ。車窓から流れる風景と歌詞を眺めながら聴いているとより一層、バンドが発するエモーションが心身に溶け込んできます。
まず聴くならこのアルバム
非メタル圏のリスナーをもぶち抜くほどに話題となった傑作。夏の季語としてのアイランド、J-POP名盤としてのアイランド、日本のポストブラックメタルとしてのアイランド。
その立ち位置を明確に変えれる親しみやすさと強度を誇る名盤。
明日の叙景を知るための1冊
『ヘドバン VOL.39』に満を持して初登場。「新しい日本のメタルの扉が開く」と題して、清家氏をライターに迎えてかなり濃厚な特集が組まれています。明日の叙景入門にもってこいの内容です。
・Gtの等力氏を語り手にバンドのこれまでの歩みから『アイランド』を紐解く10000字インタビュー
・明日の叙景を形成する20枚のアルバム(メンバー全員が選出&執筆)
・新旧4作品のレビュー