Soft BlackとBeach Fossilsなどでサポート演奏していたザカリー・コール・スミスのソロ・プロジェクトとして2011年にDiveという名前で始動。その翌年に同名バンドがいたため”DIIV”名義に改め、バンドとして再始動したNYブルックリンの4人組。
Captured Tracksより2012年に発表したデビュー作『Oshin』がドリームポップやシューゲイザーを軸にしたサウンドで関心を集め、各メディアで話題となる。翌2013年にはフジロックで来日も果たしています。その後は2016年に2nd『Is the Is Are』、2019年に3rd『Deceiver』をリリース。
最新作は2024年5月発表の4thアルバム『Frog in Boiling Water』。本記事では同作を含む、これまでに発表されているフルアルバム全4作品について書いています。
アルバム紹介
Oshin(2012)
1stアルバム。全13曲約40分収録。インディーロックやドリームポップのリリースに定評あるCaptured Tracksから。”水”が本作のテーマにあり、タイトルはOceanをもじったものであるそう。
クリーントーンのギターとリバーブ処理された歌声が優雅に漂うのが特徴であり、動きのあるベースラインや直線的でシンプルなドラムが生み出す軽やかな疾走感を基にしたドリームポップ。蒼いメロディははっきりとした輪郭をもって迫ってくる一方で、声はぼやかされて楽器的な使い方をしています。
それでも全体的に風通しが良く、同年に発売されたLotus Plazaの新作に通ずるキャッチーとミステリアスの往復書簡がなんとも素敵。聴いているとドリーミーなサーフ・ロックと言えそうな湖を跳ねる軽快さがあり、ポカリスエットのCMかのような青春しちゃってる甘酸っぱい切なさも本作の秘薬です。
140秒間を軽妙に駆け抜ける#2「Past Lives」、ノスタルジックなフレーズと共に心を弾ませる#5「How Long Have You Known?」、キラキラ感と爆発力を備えた#12「Doused」辺りは特に惹かれる楽曲。
80~90年代に通ずる幻想と残響、その中で涼やかな聴き心地を実現している本作はPitchforkが2016年に発表した【The 30 Best Dream Pop Albums】にて26位にランクインしています。
Is The Is Are(2016)
2ndアルバム。全17曲約63分収録。引き続きCaptured Tracksからリリース。”アルバムの主なコンセプトは、とても透明で人間的なものを作ること。私の唯一の選択肢は、極めて正直で人間的なものを作ることだった”とDIY MAGAZINEのインタビューでザカリー・コール・スミスは回答しています。
自身の薬物依存、それによる逮捕、恋人であるSky Ferreiraとの関係(現在は破局し、別の女性と2020年に結婚)、デヴィン・ルーベン・ペレス(Ba)の4chanでの過激な差別的投稿。Oshinどころではないトラブルの海に巻き込まれた中での作品となりました。
300もの楽曲を制作した中から厳選した17曲を収録したという本作は『Oshin』からの自然発展的な作風です。シューゲイザー風のノイズギター、サイケデリックな浮遊感がやや強まった印象は受けますが、それは17曲と曲数分だけ多様性が生まれた産物かもしれません。
しかしながら、総じて涼やかなギターロック/ドリームポップという体裁は保っており、1曲1曲単体では低カロリーで消化がしやすい。#2「Under The Sun」や#4「Dopamine」は海辺の柔らかい風のようであり、Sky Ferreiraが朴訥としたヴォーカルを乗せる#5「Blue Boredom」は陰りを帯びたポストパンクっぽいノリ。
変わらずにぼやけたヴォーカルに美麗なメロディ、繊細な音響構築で軽やかに進行していくので聴きやすいです。その割に#3「Bent(Roi’s Song)」では”刻一刻と過ぎていく人生の恐怖を振り払うことはできない“と苦悩を吐露。
サウンドの軽やかさや幻想性とは裏腹に歌詞は冒頭で述べた事象を含め、浮き沈みの激しい内面が描かれています。
Deceiver(2019)
3rdアルバム。全10曲約44分収録。マイブラやナイン・インチ・ネイルズのエンジニアとして活躍するソニー・ディペリをプロデューサーに起用しています。ザカリー・コール・スミスの薬物依存による長期入院治療を経ての本作。Qeticのインタビューでは以下のように述べています。
”大きなテーマは「自己責任」だ。でも、基本的には回復だったり前に進むことだったり、ものすごく希望に溢れたアルバムだよ“とのこと。
しかしながら、前2作までの若人としての煌めきと疾走のドリームポップは鳴りを潜めます。一言で表すなら”まどろみ系”への転化。ギアを低速~中速に落とし、Nothingに迫るヘヴィなシューゲイズ・サウンドを獲得。冒頭の3曲を聴いただけでも何が起こった!?とその変容に驚きます。
圧と歪みが上振れしたギターの壁、官能的な色合いを増したヴォーカル、陰気なムード。”Deafheavenとツアーを回ったのはとても大きかったし、True Widowみたいな音の重いバンドからも大きな影響を受けているよ“とは前述のインタビューより。
#1「Horsehead」や#10「Acheron」は”メタリックなカタルシスの重圧の中で個人的な復活を遂げるためのサウンドトラック“と自身で表現した甘美と重厚のせめぎ合いが堪能できる。そんな中で日光浴のような温かさを持つ#7「The Spark」、これまでの勢いを取り戻そうとせん#9「Blakenship」がバランスを取っています。
”それでも神を憎む 私は信じない 天国は地獄の一部にすぎない(#10の歌詞より)”を始め、依存症や精神疾患、人間関係など個人的なことをこれまで以上につづった歌詞には沈んだ暗さがある。
音の重さ、言葉の重さ。その両輪が甘い夢は見させてくれそうにない。それが『Deceiver』です。
Frog in Boiling Water(2024)
4thアルバム。全10曲約43分収録。アルバムのタイトルとテーマは、ダニエル・クインの小説『The Story of B』に登場する”沸騰するカエル”に由来しています(意味は下記の引用参照)。
多くの資本は前作から譲り受けたものであり、ゆったりとしたテンポで深い陶酔へ誘うヘヴィシューゲイズ路線を継続。夢見心地を誘う旋律とJesuに迫る柔らかな轟音が鳴る#1「In Amber」、終盤にマイブラ「i only said」化していく#2「Brown Paper Bag」を始め、気だるげな陰鬱と甘美が渦巻いています。
しかし、前作ほど重苦しさを感じないのはアコースティックの感傷やシンセの淡いカーテンで所々をケアしながら、メランコリックなタッチが増えているためでしょうか。そして、これまで必ずあった疾走曲が本作には1曲もないため、全10曲が統一されたカラーリングで構成されている印象は強い。
そんな中で一番の変化と言えるのは歌詞が社会的/政治的な視点を帯びていること。資本主義の弊害、不安定な世界情勢、陰謀論、ポストトゥルースなど。そのヒントとしてアルバムに先立ってリリースしたwebページ【Soul-net.co】にはおふざけもありますが、彼等の思想が表れています。
作中では#1「In Amber」の”入れ替わり立ち替わる巨悪が苦しみから利益を得ている“という詞からは怒りが滲む。個の内面と向き合って反映させてきた3作を経ての本作は転機となり、それは”私たちは政治的なシューゲイザーのレコードをつくりたかったのだと思う(UPROXXインタビューより)”と発言からも伺える。
アルバム制作中に父となったザカリー・コール・スミスが人生を投影させたDIIVという潜水事業は、まどろみの音響の中で不安も希望も鳴らしている。自分のために。未来のために。
カエルを沸騰したお湯の中に放り込めば本能的に飛び出すだろう。しかし、ぬるま湯に入れて徐々に温度を上げていくと、カエルは心地よさに誘われて茹で死んでしまう。資本主義末期の社会がゆっくりと病的に、そして圧倒的に平凡に崩壊していく様子、私たちが当たり前のこととして受け入れている残酷な現実を表しているのだと私たちは理解しています。それが沸騰するお湯で、私たちはカエルです。このアルバムは多かれ少なかれ、私たちが置かれた現代の状況をさまざまな角度から捉えたスナップショットのコレクションです。
公式Bandcampより(訳はDeepLによる)