【作品紹介】The Evpatoria Report、宇宙の投影を試みるインスト

 2002年にスイスで結成されたインストゥルメンタル5人組。主に2002年から2008年まで活動(2025年現在は活動再開しています)。バンド名は、ウクライナのクリミアにある都市・エフパトリアに由来する。この場所にはEvpatoria Messageといわれる宇宙人とのメッセージをやり取りするアンテナがあるそう(参照:The Silent BalletEklektikの両インタビュー記事)

 ストリングスを含んだ轟音系ポストロックを中心に、前述した宇宙をテーマに据えた物語を紡いた。活動期間中の2005年に1stアルバム『Golevka』、2008年に2ndアルバム『Maar』を発表。08年以降、長らく活動停止していたが、2025年に中国で開催されるCan Festival 2025 Pt2にて約18年ぶりの公演が決まっている。

 本記事はフルアルバム2作品について書いています。

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作品紹介

Golevka(2005)

 1stアルバム。全6曲約69分収録。タイトルはアポロ群の小惑星、ゴレブカに由来します(参照:wikipedia)。#1「Prognoz」や#3「Cosmic Call」を含め、こうした宇宙に関連したタイトルをつけていますが、その理由はThe Silent Balletのインタビューにおいて”宇宙は私たちにとって大きな情熱ではありませんが、音楽を投影するのにいいイメージかもしれない“と語っている。

 音楽的には00年代に隆盛を誇った轟音系ポストロックに位置するもの。静と動のクレッシェンド構造を軸に組み立てるもので、そこに専任メンバーを擁するストリングス、曲によってはスピーチや映画から拝借したと思われるサンプリングが絡みます。そして全6曲約69分と前述したように1曲平均で10分を超えるのが特徴です(本作で一番短い曲が#4「CCS Logbook」の8分30秒)。

 オープナー#1「Prognoz」からしてThe Evpatoria Reportの音楽を説明。アンビエントによる穏やか海域を3分にわたって泳いでいたかと思えば、力強いドラミングがその静けさを切り裂く。その喧騒が止むとギターやストリングスを中心に落ち着きを取り戻し、宇宙を漂っているような疑似体験へ。10分を過ぎると再びの爆発が起こり、世界が一変する。

 バンドはMogwai、EITS、GY!BEに影響を受けていると話します(前出:The Silent Balletのインタビュー)。高音域のトレモロの多用、映画のサントラを思わせる音像は確かにその影響を感じられる部分。ただし、一音一音の揺らぎ、繊細なハーモニーを重視しており、宇宙空間を漂うのと同時に自身の内面を旅しているような感覚もあります。

 また#2「Taijin Kyofusho」は、ローマ字通りに日本の対人恐怖症をタイトルに冠します(しかし、なぜこの曲名になったかを説明したソースはなし)。スピーチ・サンプルを有効利用しながらも、物悲しい響きのクリーントーン、憂いを表現したかのようなストリングスが覆い、やがて轟音を引きつれて心と対峙する。同曲は彼らが活動休止前のラストライヴでも最後を飾る曲でした。

 そして最後を飾る#6「Dipole Experiment」では地元の管弦楽団や合唱団を招き、お約束的な壮大さを伴うエンディングを演出。きめ細やかに構築された音像と共に宇宙と通信・・・できるかはわかりませんが、The Evpatoria Reportの美学は本作に詰まっている。

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Maar(2008)

 2ndアルバム。全4曲約62分収録。本作はさらに曲が長くなっており、1曲目から順に17分、14分、11分、19分30秒と10分以下の曲はありません。しかしながら作風は大きく変化したわけではなく、デリケートなタッチによるゆっくりとした音の移ろい、ハーモニーをさらに重視した内容に感じます。場面によってはストリングスを取り入れたRed Sparowes的な趣もあり(一応、ライヴで共演しています)。

 冒頭を飾る#1「Eighteen Robins Road」からヴァイオリン4名、チェロ、ヴィオラ、コントラバスの弦楽隊8人がゲスト参加。ただし、前作のラストトラックのような壮大さへ向かうというよりは、前半では反復による昂揚感の獲得、後半は繊細さと力強さを見事なアンサンブルで表現しています。その上でキーボードやスピーチサンプルが緊張感のある雰囲気作りを手伝っている。

 本作随一の#2「Dar Now」では、2分過ぎからのグロッケンシュピールとトレモロギターの絶妙な高め合いを始めとして、ドラマティックな盛り上がりが随所に顔を出しています。代わる代わる訪れる静と動。それをなめらかに感じさせるのも職人技。物語の輪郭を徐々に浮かび上がらせ、核心へと迫っていきます。

 本作に関してのリリース情報やインタビューは探しましたが、web上で観測できる範囲ではなし。そのため憶測にはなりますが、アルバムタイトルや曲名の訳から察すると、これまでのように宇宙関連のテーマではないことはわかります(タイトルのMaarは火山地形を指すようですが、この意味で使用しているかはわからない)。

 解毒剤を意味するタイトルがつけられた#3「Mithridate」。その語源は古代のポントスの王ミトリダテス6世のようですが、同曲の5分辺りから組み込まれているスピーチ・サンプルは1964年にイギリスのLSD実験のドキュメンタリー(参照となる記事)を使用している。ラストを飾る#4「Acheron」にしても古代ギリシャ神話に登場する川で、三途の川という意に近い。19分を超える中で浮き沈みを何度も繰り返しながら、物悲しく、それでもささやかな希望をもって物語を締めくくります。

 本作を持って残念ながらバンドは活動休止。わたし自身も当時は名前だけ知ってましたが聴かずじまい。復活の報からちゃんと聴き始めました(2025年8月)。残した2作品はいずれも時間をかけてじっくりと味わうものであり、静けさと大胆さを有しながら人間や宇宙の深淵へと迫ろうとします。その丁寧な表現は時代を超える。今も世界に響く。

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LIVE VIDEO


The Evpatoria Report – The Last Report(The last performance at Ebullition on April 28th, 2007)
お読みいただきありがとうございました!
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