ポストメタル = Post-Metal
2007年初頭、この音楽にいざなわれた私は2024年になっても未だに聴き続けています。現在では日本どころか世界でも下火になっているポストメタル。そのジャンルを当ブログは00年代後半から数多く取り上げてきました。なぜか。
ISIS the Band のライヴを体感してしまったこと
全ての始まりはそこに尽きます。ライヴの予習のために音源を聴いた時、正直なところ「んっ!?」という感じでした。ですが、”音の粒子までもが見える”というキャッチコピーにつられて見に行った2007年1月30日。自分にとってまさかターニングポイントの体験になるとは。特にアンコールで演奏された「In Fiction」で味わった何とも形容しがたい感覚。それを求めて、今でも音楽を聴いたり、ライヴを見に行ったりしているところがあります。
音楽で人生が変わるは大げさかもしれませんが、少なくとも私の聴く音楽や当ブログの方向性が大きく変わったことは確かなことです。
そして、この度は2013年に公開した【個人的ポストメタル探求】を再構築。2024年に改訂したもの(タイトル改題)として記します。2022年正月にポストメタル・ディスクガイドなる記事を制作した後、記事の意義みたいなのが少なからず失われてしまったため、どうにかしたいなと思っていたのをようやく手直しすることができました。
しかしながらこれは単なるポストメタル愛好家が書いたものであり、知る/聴く人を増やすひとつの壮大な試みであることはお伝えしておきます。
※1 なお本記事はAlcestやDeafheavenに代表されるポストブラックメタル勢に関しては、別ものなので言及しておりません。『ポストブラックメタル・ガイドブック』という素晴らしい書籍が発売されているのでこちらをご参照下さい。
※2 ISISは現在の表記である”ISIS the Band”に統一しています。
ポストメタルとは?
成り立ち
ポストメタルはヘヴィメタルに根ざした音楽ジャンルであるが、ポストロックと関連し、類似しながらもメタルの慣習を超えたアプローチを探求している。1990年代にNeurosisやGodfleshといったバンドが登場し、実験的な構成によってメタルの質感を変容させた。
Post-metal – Wikipedia ※日本語訳はDeepLによるもの
1980年代から1990年代初頭にかけてドローン・メタルの始祖であるEarth、ヘヴィロックのゴッドファーザー的な存在であるMelvinsがポストメタルの前段階的な部分を築いたとされています。遅くて重いを主体としたサウンドに独創的なアイデアを投入する。Earthの代表作となる『Earth 2』の全3曲約72分はドローンの礎を築き、Melvinsは『Bullhead』でユニークなヘヴィサウンドを掻き鳴らし、後進に大きな影響を与えています。
またポストメタル前夜となる時代にはGodflesh、Swans、TOOLらの影響も欠かせない。ISIS the Bandの中心核であるアーロン・ターナーは彼等がバンドの礎となる部分をつくったと述べています。もちろんすべての教典となっているのはBlack Sabatthであることに間違いないところ。
そして登場するNeurosisとISIS the Band。これら重要バンドについては次項にて述べていきます。
ちなみにヘヴィメタルに根差していることは確かですが、ポストメタルの源流はハードコアやスラッジメタルです。それがポストロックと結びついて、その強度や攻撃性からポスト”メタル”になっている。
90年代初頭、音楽ジャーナリストのサイモン・レイノルズによって、非ロック的な目的のためにロック的な楽器を使用するアーティストを表す “ポストロック “という言葉が作られた。まもなく『ポストメタル』は、よりヘヴィな分野で同様の革新を行っているアーティストを表す便利なラベルとして登場した。
Bandcamp Daily – A Beginner’s Guide to Contemporary Post-Metal in the U.K.(著: JR Moores)
NeurosisとISIS(the Band)
平均的なアンダーグラウンドなメタルヘッズに尋ねれば、ポストメタルとはNeurosisやISIS the Bandのようなサウンドのことだと答えるだろう。
Fact Magazine『ポスト・メタル・レコードTOP40 』元記事より ※日本語訳はDeepLによる
上記の引用もそうですし、Post-Metal(wikipedia)を見てもこの2バンドは重要な存在として位置づけられます。
Neurosis
Neurosisはアメリカ・カリフォルニア州にて1985年に結成されたバンド。当初はAmebixの影響下にあるハードコアを志向するものの、1992年発表の3rdアルバム『Souls at Zero』を転機に独自のヘヴィ・ミュージックに開眼。その変化については「Souls at Zeroは音楽が別のものになった時だった」とメンバーのスティーヴ・ヴォン・ティルは語ります。
そして1996年に5thアルバム『Through Silver in Blood』を生み出します。同作はTerrorizer Magazineのジム・マーティン氏によって”ポストメタルの起源”とされ、Fact Magazineが2015年に発表した「ポスト・メタル・レコードTOP40」においても歴代1位の座に輝く名盤。今なお凄まじい影響力を誇る作品です。99年に発表した6thアルバム『Times of Grace』もバンドの双璧を成す名作として崇められている。
ISIS the Band
ISIS the Bandは1997年から2010年まで活動したボストン出身の5人組。ハードコアやスラッジメタルを出自に、ポストロックやミニマルミュージックといった要素を取り入れ、NeurosisやGodfleshが切り拓いたとポストメタルを進化・定着させた存在です。
2002年リリースの2ndアルバム『Oceanic』、2004年リリースの3rdアルバム『Panopticon』は彼等を語る上で欠かせない作品であり、ポストメタルの定型をつくりあげたと評されています。
そしてバンドの中心人物であるアーロン・ターナーが自ら提唱した”Thinking Man’s Metal : 考える人のメタル”。皮肉のつもりで考案したはずが、このジャンルを端的に表す言葉として浸透していきました。2010年に「全てやりつくした」という言葉を残し、最後まで美学を貫いて解散。その功績はあまりにも大きい。
両者の違いと共通点
しかし、Neurosisのベストな作品はISIS the Bandのベストな作品とは似ても似つかない
Fact Magazine『ポスト・メタル・レコードTOP40 』元記事より ※日本語訳はDeepLによる
確かに指摘の通りでNeurosisは絶望感が深く、より精神的な効力が強い音楽性です。構造も複雑で代替不可のサウンドという印象が強い。対してISIS the Bandは重厚で攻撃性はあるものの、美しい音色が融合していて聴き通しやすい。ゆえにその孤高性や暗黒感からNeurosisはポストメタルと言うには憚られる部分があります。
この2バンドの関係性は、ヴィジュアル系で例えるならNeurosisがX(JAPAN)で、ISIS the BandをLUNA SEAとすればわかりやすいのではないかと思います。Xが音楽的に真似するのが難しかったところをLUNA SEAがヴィジュアル系っぽいといわれる雛形をつくった。NeurosisとISIS the Bandにもこれが当てはまるのではないかと勝手に思っています。
そんな両バンドにも共通する点がいくつかあるわけですが、一番大きいのは共にレーベルを運営していることでしょう。
- Neurosis → Neurot Recordings
- ISIS the Band → Hydra Head Records
Neurot Recordingsはスラッジメタルを基調とした暗く重いサウンドを志向するバンドが中心に集まっており、後述するAmenraも一時在籍していました。現在でもスティーヴ・ヴォン・ティルのソロ作、UFOMAMMUT、Kowloon Walled Cityなどのリリースを手掛ける。
Hydra Head Recordsはアーロン・ターナーが高校生だった1993年に立ち上げたレーベルで2020年に閉鎖。ハードコア通過型のユニークなアーティストを多数輩出しており、Cave In、Botch、Pelican、jesuなどをリリース。当時のシーンを支えたレーベルとして重要な源泉のひとつでした。
それ以降の流れ
ISIS the Bandの台頭してから、同系統と区分されるバンドがさまざまに登場することになります。
完全インストゥルメンタルのPelican、Godfleshでインダストリアル・メタルの礎を築いたジャスティン・K・ブロードリックによるjesu、オハイオのスラッジ寄りのポストメタル・バンドのMouth of the Architect、宇宙飛行士のためのメタルを名乗るRosetta、TOOLの前座に抜擢されたインスト・トリオのRussian CIrclesなど。
北欧からは重鎮と呼べる存在にのし上がっていくCult of Luna、ベルギーからNeurot Recordingsとの契約にまで至るAmenra、ドイツの実験的音楽集団のThe Oceanが主だったところ。これらのバンドは後述するポストメタル重要20作品にて取り上げるのでそちらをご覧ください。
2010年6月にISIS the Bandが解散。それ以降はシーンが縮小しましたし、時代的な流れも味方しなくなりました。それでもこの界隈は結成から20年~25年以上続いているバンドが多く、ベテランたちが凄みを増しながら活躍しています。
音楽的な特徴
ポストメタルはエクストリーム・メタルの暗さと激しさを、雰囲気や感情、さらには「啓示」を強調することで相殺し、アンビエント、ノイズ、サイケデリック、プログレッシブ、クラシック、そしてシューゲイザーやアート・ロックの要素を様々に取り入れた、広がりはあるが内省的なサウンドを展開する。曲は一般的に長く、ゆるやかで重層的な構造を持つ。
Post-metal – Wikipedia 翻訳はDeepLによるもの
要するにポストメタルは様々なジャンルを取り入れた多様さ、そして精神性に焦点をあてた音楽であるといえます。まとめると以下のような感じではないでしょうか。
- ゆるやかな静と動の行き来
- 重苦しいヘヴィなギターとリズムを中心に、バランスよくメロディが配合される
- ヴォーカルは基本的にメタル系の低域の唸り声を楽器的に使い、クリーンボイスをたまに入れる
- Thinking Man’s Metal的なテーマやコンセプトがのっかることが多い
- 唯一保証できるのは、非常に長い曲がいくつかあるということ(Fact Magazine『ポスト・メタル・レコードTOP40 』原文より引用)
おおざっぱに表現すると、”轟音系ポストロックのメタル版”ってのが近い。グロウルが入ったMogwaiとはざっくりすぎるか。とはいえThe Oceanはプログレッシヴ・メタル寄りですし、Russian Circlesもマスロック要素強めのメタル・インストです。単純に分類できるものではなく、そこにジャンルの幅と多様性が生まれている。
ISISやNEUROSISに端を発するポストメタル勢は、明確な定義付けをされないまま浸透していったのですが、最終的には「スラッジ的スローな展開を基本としつつ、メロディやドラマ性を重視したインスト中心のメタル・ミュージック」というところに軟着陸を果たしました
BURRN!2009年6月号 特別コラム『ポスト・メタルへのいざない』 著:渡辺清之
15年経ってもポストメタルの音楽的な特徴を表現すると、上記の引用が今も一番しっくりきます。”浸る・耽る・解放する”。それがポストメタルを聴く醍醐味ではないかと個人的には思っています。
実際、ポストメタルの多くは、ゆっくりとヘッドバンギングをするのと同じくらい、瞑想や勉強に適している。
Bandcamp Daily – A Beginner’s Guide to Contemporary Post-Metal in the U.K.(著: JR Moores)
ポストメタルの曲を聴いてみる
ではどういった曲がポストメタルなのか。明確な型となる最初の楽曲はISIS the Bandの2ndアルバム『Oceanic』に収録されている「The Beginning and the End」だと勝手に思っています。寄せては返す強弱のうねりに美しい旋律、落ち着いた揺らぎの時間が交錯する同曲はバンドの入門に適する名曲。
スタイルの集大成となったのが最終作となる『Wavering Radiant』に収録された「20 Minutes/ 40 Years」だと思っています。洗練されたヘヴィネスとメロディの自由往来、咆哮よりも”歌”への意識づけ強化によって、ダイナミックなうねりを表現。ISIS the Band特有の”有機的なグルーヴ感”が強まった曲になっています。
他に推薦曲として以下をあげます。
- jesu「Silver」
- Cult of Luna「Leave Me Here」
- Rosetta「Wake」
- Pelican「Strung Up From The Sky」
- Russian Circles「Harper Lewis」
ヴォーカル入りが上3曲、インストが下2曲。この中で最もまろやかポストメタルで入りやすいのはjesuだと思います。彼の言うヘヴィでありつつポップを標榜しつつ、シューゲイザーを巧みにブレンド。その界隈にはかなり効く曲のはずです。
もちろんCult of Lunaも挙げます。”Cult of Lunaは10分超えてから本番”と知り合いのCoL教徒が言っており、自分もうなずいてますが、初のMVが制作された2004年の曲「Leave Me Here」はバンドの魅力がコンパクトにつまった名曲。コンパクトといっても7分あるのは玉に瑕ですが。
ポストロック側からポストメタルの領域に侵入してみたくなった方にはPelicanがオススメです。重量感あるインストを主体にドラマティックな構成で聴かせる彼等の楽曲は入りやすさがあります。それに日本のインスト・バンド、MONOと友達ですし。
一言添えるならば、この手のバンドはライヴで体感してこその衝撃というのがあります。もし機会があれば是非とも生で体験して欲しいものですね。本記事を書いている人みたいに人生の軌道が少しばかり変わることも不思議ではないので。しかし今も昔も来日が厳しいバンドばかりというのが・・・。