
ニュージーランド・ホークスベイを拠点に活動するインストゥルメンタル・トリオ。Jeff Boyle(Gt)、Maurice Beckett(Ba)、Jason Johnston(Dr)というオリジナル編成で1998年から活動。轟音と静寂を行き来するインストは世界で数多の称賛を受けており、オセアニア地域を代表するインスト・バンドです。
これまでに4枚のフルアルバムを発表。その中でも2014年にリリースした4thアルバム『Sines』は、ニュージーランドで毎年開催される音楽賞”Taite Music Prize“を2015年に受賞した。また定評のある音楽性からTool、ISIS、Russian Circles、Cogといったバンドのサポート経験を持つ。BIG DAY OUTやDunk!Festival、Roadburnといったフェスティバルにも出演を果たしている。
ちなみにバンドは音楽を専業にしていた時期はない模様。Jeff Boyleは楽器店、Maurice Beckettは大工、Jason Johnstonは建築士としてフルタイムで働いており、家庭と仕事の合間を縫って活動を続けている(参照:Desert Highwaysインタビュー)
本記事はこれまでに発表されているフルアルバム4作品と初期EPの計5作品について書いています。
作品紹介
Jakob(1999)

1st EP。全7曲約66分収録。なぜこの収録分数で”EP”扱いなのかは音楽業界の慣習的な何かが働いているのかもしれないですが、情報に沿ってEPとして本記事でも記述しています(補足するとFacebookページ20年11月の投稿で、次作がNumber 5とはっきり明記。ただ完成には至っていない)。
Les Papillons Derrière La Luneが2016年に行ったインタビュー内に”インストで先入観なしにアイデアをジャムして、自然でオーガニックなものをつくろうとしていた。その当時のセッションを録音したもの“という回顧録が残る。
1999年というとまだインストやポストロックの認知が薄かった時代。MOGWAIやGY!BEでさえ出始め。Explosions in the SkyやMONOが結成された年。こうした時期にリリースしていたJakobは先頭集団に属する存在であることは確かでしょう(ただし、ポストロック・ディスクガイドには掲載されていない)。
インスト・ポストロックの静と動を往来するスタイルを軸にしていますが、本作における動パートの炸裂は凄まじい。鼓膜と空間の両方を圧し潰そうとするディストーションの強烈さ。前述のインタビューを再び参照すると、当時はGodfleshをよく聴いていたから本作の生々しさとヘヴィさに影響があったという談話もあり。補足するとUTRのインタビュー記事で影響を受けた5曲にてMassive Attack、Slint、Godfleshの名を挙げている。
確かにSlintを思わせる緊張感もあります。物悲し気な旋律と破壊的な轟音が交錯する#2「Fortuitous」や#3「Can We Come In?」は特に衝撃的で、初作にして最も荒々しい仕上がりです。

Subsets of Sets(2001)

1stアルバム。全12曲約60分収録。夜をささやかに灯す音。やや速めのBPMを基にメランコリックな旋律を反復し、3分20秒過ぎから大爆発する#1「Drive Here And Then」を皮切りに、前作を踏まえた上での洗練とバリエーションの拡張が図られています。
ギター、ベース、ドラムの基本セットアップが奏でる静寂と轟音を行き交うスタイルが主ではあります。ただし、10分近い長編曲を主体としていた前作と比べると本作は4~5分台の曲が多め。最長でも7分30秒ほどで、2~3分の曲も用意されています。
またディレイやエコーを活かした立体的な響きを強め、#6「Aural」と#8「Overseen」でチェロが詩情を添え、#10「Ryan」にいたってはハミングのような声を追加している。しかしながら空間を粉砕する歪みと圧は諫めておらず、相変わらず強烈という他ありません。
危機察知するアンテナが作動しそうなほどに重厚なサウンドが支配する#4「Ageena」、Mogwai『Come on Die Young』辺りの雰囲気を思わせる#5「A Moment From Different Angles 」、心地よくうねるトレモロの連なりと歯切れのよいリズムが牽引する#7「Calmrock」といった楽曲を収録。なかでも代表曲#11「The Collar Sets Well」の清濁の仁義なき席取り合戦は必聴。

Cale:Drew(2003)

2ndアルバム。全8曲約58分収録。1曲平均で約7分半を数え、再び長編のクレッシェンド構造を中心としたスタイルへ。また亡くなったMaurice Beckett(Ba)の母に捧げられたことも要因になってか、しんみりとしたムードが強まっているように感じます。
冒頭を飾る#1「Controle」のクリーントーンの反復がもたらす哀しみの積層、そこから生々しい感情と圧力を伴った音量の肥大化。本作においてもチェロや声を数曲で用いてはいるものの、3人のアンサンブルを主体に静と動のコントラストを際立させています。
メランコリックな旋律のループが目立つ#3「Semaphore」、暗いムードを引き連れてくるギターフレーズと決まったドラムパターンの反復が中心となった#6「Jimmy Hoffa」の両曲は、共に強烈なディストーションの洗礼が待ち受ける。雰囲気もので決して片付けさせない音の強度を有していることは、Jakobの持ち味。
そうは言いつつもチェロが穏やかに寄り添う#4「Faye」のように映画的な詩性もまた本作における重要なピース。静まる音を嗜み、爆ぜる音を浴び、内省する。語り手としてこの上ないインストゥルメンタル。

Solace(2006)

3rdアルバム。全7曲約52分収録。Jakobの代表作を挙げる上で、筆頭候補となる作品です。タイトルのSolace は”慰め”を意味。前作と比較すると、美麗かつ空間的な広がりを意識したギターのリフレインが肝となっています。
代表曲のひとつであるオープナー#1「Malachite」は、織物職人のごとく精巧に音を重なり合わせて幽玄かつ瞑想的な世界を構築。全体を通しても劇的な展開で魅せるのではなく、反復を主体に音への没入感を強めていて、以前よりも啓示を受けている印象があります。それでいて空間殺しのヘヴィさとダイナミクスは健在。
本作リリースを契機に、JakobはアメリカやヨーロッパでのISISのツアーサポートに抜擢されるのですが、Hydra HeadやNeurotと親和性があるのは素直に納得するところ。Pelican、Red Sparowes、(レーベル違うけど)Maseratiといったバンドと共振する部分があります。
地鳴りのごときベースラインの先導に合わせてアンビエントの音色がたゆたい、混沌と化していく#2「Pneumonic」の凄まじいインパクト。さらには穏やかな海面を思わせるギターに身を任せていると容赦ない爆発が訪れる#4「Oran Mor」、スペーシー&ヘヴィの極地に至る#5「Safety In Numbers」と強力な楽曲がそろいます。
Steven Wilsonがお気に入り曲として挙げているラスト曲#7「Saint」までその作家性に揺るぎはない。Jakobはいぶし銀といえるタイプだと思うのですが、瞑想を促す穏やかさと圧倒するような重み、そして調和の美しさを本作で実現しています。

Sines(2014)

4thアルバム。全7曲約45分収録。制作自体は2008年から始まっているそうですが、度重なる中断を余儀なくされて完成までに時間を要したとのこと(NZ Heraldのインタビューで詳しい経緯を語っている)。
若かりし頃にコピーしていたToolから直々に指名されて2度にわたるツアーサポートを経験する光もありました。ですが、メンバー3名それぞれの重傷、機材トラブル、レーベル契約の失効など影に遮られることの多い時期でした。
こうした背景がある中で、本作は締切りを設けなかったことで自由度の高い楽曲が生まれ、これまでよりも綿密に練り上げられたという(参照:UTRインタビュー)。先行公開曲となった#1「Blind Them With Science」こそディレイの魔法と阿吽の呼吸となるアンサンブルで従来のスタイルを提示しています。
ただ、以降の楽曲では以前と異なった趣向がみられる。ストリングスをギターと同じ主演クラスにまで引き上げた#2「Emergent」はなんとドラムレス。そして抑制の効いたリズム隊とピアノがシリアスな夜を演出する#6「Darkness」、ドローンを主体を明鏡止水の心境に入っていく#7「Sines」といった曲も用意しています。
2008年に2曲(#3、#4)、2010年に2曲(#1、#2)、2012年に3曲(#5~#7)と制作時期が異なり、形式的でない部分へも踏み込んでいる。ただそれでも断片集という印象は受けず、全体の息づかいとしてはJakobそのもの。そのなかでもメンバーがお気に入りに挙げている#5「Resolve」の9分間は作品を際立たせる。
なお、Jakobは本作にてニュージーランドで毎年開催される音楽賞”Taite Music Prize“を2015年に受賞しています。
