2005年に始動したドイツのMarkus “Herbst” Siegenhortによるポストブラックメタル・プロジェクト。一時期、AlcestのNeigeがヴォーカルとして在籍していたことで話題になります。
活動初期から3rdアルバムまではブラックメタル。2014年以降はシューゲイザー~ドリームポップ的な音楽性へと移行。メンバー編成をたびたび変更しながらも、Herbstを中心としたプロジェクトとして活動を続けています。
2023年時点で全5作のフルアルバムを発表。本記事ではこれまでに発表されているフルアルバム5作品について書いています。
アルバム紹介
Lantlôs(2008)
1stアルバム。全5曲約40分収録。本作の発表時はほぼ全楽器と作詞作曲を務める首謀者・Herbst、彼の学友であったヴォーカル兼楽器も演奏するAngrrauの2人編成。
フランスからポストブラックメタルの潮流が押し寄せる中、Lantlosもその流れに合流していく存在です(次作からNeigeが加入)。1曲平均8分で歌詞はドイツ語。
トレモロの鋭さやブラストビートを交えた爆速感で急襲し、ヴォーカルはガナリを効かせた雄叫びをあげ続けて鼓膜に痛ましく刺さる。あえて悪くしているだろう音質も手伝って、ブラックメタル然とした攻撃性と凶暴な闇が表れています。
しかし、黒々とした絶望を見せ続けはしません。ポストロック~シューゲイズ寄りの甘く幻想的なコーティング、アコースティックの響きや女性による詞の朗読が安息として組み込まれています。
ロウで暗い質感の方が強いのは確かですがメロウなバランス感覚は調整されていて、#1「Þinaz Andawlitjam」を筆頭に”ポスト”と頭に着くブラックメタルの方向性は本作で既にみせている。
.Neon(2010)
2ndアルバム。全6曲約40分収録。AlcestのNeige加入という大トピックを従えての作品です。Herbstが長年にわたって悩まされ続けた”現実感喪失”の心理状態をテーマに扱っている。
当時にわたしはこの作品でLantlosを初めて聴きましたが、Alcestの2ndアルバムやAmesoeursの影響下にあるサウンドがブラックメタルの色合いを強めたという印象でした。
ひたすら鋭く研がれた刃で切り刻むかのようなリフとブラストを主体に、悪魔のような残忍性をみせるネージュの絶叫は予想以上の陰惨な攻撃性を発揮。その瞬間瞬間のキレ味や瞬発力なんかは、Krallice辺りを思わせます。
加えて濁流のように押し寄せる轟音、それが凪いだ時にみせる穏やかさ、その2つの緩急の生かし方が巧み。長尺曲を堂々と聴かせる展開力にしても頼もしい。
特に#3「Pulse/Surreal」はクリーンヴォイスや哀愁のメロディライン、悲痛な絶叫とブラストビートの対比がドラマティックに盛り上げる。
またシューゲイズ色の強いポストメタルが闇をこじあけようとする#6「Neon」が感動的。とはいえ暗鬱なムードが大半を引っ張っており、メランコリックではあっても闇属性を薄めすぎないところがこの手のリスナーにはうれしい。
なお、Bandcampには”マイルストーン・オブ・ポストブラックメタル”のコピーが躍る。
Agape(2011)
3rdアルバム、全5曲約35分収録。タイトルは、神の人間に対する愛を意味する古代ギリシャ語に由来。HerbstとNeigeの双頭大勢は本作まで。
全体を通して印象に残ったのは静と動の落差を大きくし、じっくり展開するようになったこと。ディプレッシヴ・ブラックとポストメタルとの掛け合いと表現すべきでしょうか。
ブラックメタルらしく疾走して切り刻む場面もあるが、前作と比べてもJesu辺りを参照にしたかのような重厚さを強調したつくり。前述したように静と動のコントラストがくっきりと浮かび上がっています。
ポストロック寄りの儚げなメロディを中心としたメランコリックな静パートは奥ゆかしい品性を見せ、そこから強靭なグルーヴと覚醒したNeigeの絶叫が渦巻く激動の時間へ。
#2「Bliss」の後半に代表されるようなジャズ風のアプローチを取り入れ、#4「You Feel Like Memories」のような上品なインストナンバーで落ち着きすら与えており、新機軸もみせています。
その中でも奈落と天国を橋渡しするポストブラック#5「Elibo」が強烈。新しい領域に踏み込みながらこれまで通りに高いクオリティを聴かせることに成功した作品です。
Melting Sun(2014)
4thアルバム。全6曲約41分収録。Neige氏が脱退したことで編成が変わっています。Herbstは本名であるMarkus Siegenhortを名乗り、ついに自身で楽器のみならずヴォーカルを担当するようになりました。
本作について彼は『ポストブラックメタル・ガイドブック』にて”ブドウ畑の小さな村に幼少期に住んでいた時のインスピレーションを受けた夏の感覚が表れている。『Melting Sun』は暖かい毛布のようなものだけど、荘厳でもある“と話す。
ジャケットから明らかにされているように、闇から光へ。お家芸だったポストブラックがシューゲイザー~ドリームポップのまばゆい音の集合体と化しています。
空気を切り裂くようなリフやブラストビートは登場せず、スクリームを封印。優しさを覚えるクリーンヴォーカルを用い、靄を何度も生成するディストーション・ギターがゆったりとしたリズムに重なっていく。
同じ2014年に先立って発売されたAlcest『Shelter』と類似性はあります。ただ、まどろみを覚えるような音響に踏み込んでいても硬質・重厚さは維持。
前作と同じくJesuを近しく感じますが、Lantlosはもっとカラフルな色味を帯びています。哀と闇の震源地がセロトニンを分泌させる光源地帯へと様変わりしているのは単純に驚き。
目から溢れ出る光と多幸感のシャワーは、心地よい夏のセンチメンタルの日々を思い出させるようです。
Wildhund(2021)
5thアルバム。全12曲約51分収録。7年の間に再び編成が変化して本作はMarkusとドラマーのFelix Wylezikの2人編成です。タイトルはドイツ語で”荒野で生まれた、あるいは荒野で暮らす犬”を意味する(リリース・インフォより)。
作風は『Melting Sun』を引き継ぐものでシューゲイザー~ドリームポップの果実をつけ、前作よりもインディーロック~オルタナティブな雰囲気をまとっている。
目立つのは簡潔さであり、ゆっくりとじっくり味わうのが前作だとしたら、本作の方が即効性があってわかりやすいキャッチーさを備えます。それは3~4分台の曲がほとんどを占めて長くても5分半という尺に落ち着いることからも明らか。
またアップテンポの曲が増えており、ヘヴィでいて疾走感を持ち合わせているのは、ハードコアからシューゲイザーに転身したNothingを思わせます。
ただ彼等と比べると陰ではなく陽のベクトルに向き、前作と同じく夏の日差しを浴びてる感覚は続く。
公式Bandcampには”Wildhundは、殺伐とした時代にぴったりのカラフルな贈り物だ“という言葉が残りますが、Markusは己の生き様をロマンティックにLantlosに投影し続けています。