愛媛県出身のシンガーソングライター。自ら「超歌手」を名乗る。アコースティック・サウンドを主体とした弾き語りをメインに、バンドを従えた編成、アイドルっぽいサウンドまで幅広い音楽性を披露。初期は”激情派”とも言われ、その感情的なパフォーマンスで支持されています。2014年にエイベックスよりメジャー・デビュー。音楽フェスへも多数出演。
本記事では『洗脳』『TOKYO BLACK HOLE』の2作品について書いています。
洗脳(2014)
情念の女、大森靖子さんのエイベックスからリリースとなる3rdフルアルバム。彼女の特徴といえば、アコースティックギターによる弾き語りスタイルが基本であります。それが”狂気と激情の弾き語り”と化し、千ノナイフガ胸ヲ刺スような強度と鋭さを持っていました。実際に2度ほど拝見したライヴでも、火曜サスペンスの終盤のような情念の音楽が繰り広げられていた記憶です。
それが本作では、大胆に変化。驚くほど、豪華絢爛なポップ・アルバムに仕上がっています。性急なロックに可憐なキーボードが絡む#1「絶対絶望絶好調」、カラフルな電子音&四つ打ちにミスiD達のコーラス(寺島由芙さんも参加)を散りばめることでキュートに仕上がった#2「イミテーションガール」、メジャー・デビューシングル#3「きゅるきゅる」と冒頭からスリリングで目まぐるしい。
その後もストリングスや打ち込みなどで幅を効かせながら、これまでの彼女から一歩踏み込んだポップで刺激的な音世界を具現化しています。
カーネーションの直枝政広さんを始めとした8人ものプロデューサーによる助力、また多くのミュージシャンが参加していることも要因でしょう。彼女自身が音楽業界に風穴開けたいと飛び込んだのも大きい。その姿勢からは、赤い公園の2ndアルバム「猛烈リトミック」に近しいものを感じます。売れたい、もっと多くの人に聴いてもらいたい!という意志を。
しかしながら、彼女が多くのファンに支持される歌詞については丸くなることもなく、今まで通り。「食べかけの愛にラップをかけて(#3「きゅるきゅる」)」や「ここは多機能トイレです(#4「ノスタルジックJ-POP」)」など印象に残るフレーズが多いです。サウンドが絢爛になったこともあり、歌詞の刺さり具合は以前ほどではなくなったようにも感じたりするが、やっぱり彼女の言語感覚はストレートでもあり、捻りが効いてもいるし、独特のセンスだなあというのを改めて感じます。
個人的には、弾き語りの#12「デートはやめよう」が普段着の彼女が一番表現されているように思う。ライヴでも既に定番曲で「エロいことをしよう」と一緒に合唱するんだけど、そこがらしいというか。タワーレコードで購入すると、「大森靖子、夏の弾き語り音源6曲選」という特典CDが付いてくるのだが、こちらも大森靖子さんっぽいと思います。最小限の武器(アコギと歌)しか使ってないけど、その飾らないラフな感じが良い。ディフェンスに定評のある池上ではなく、弾き語りに定評のある大森みたいな(笑)。
これまでの作品を踏まえると、どうしても本作は評価が二分しそう。個人的にも前のアルバムのほうが好きですが、意表を突かれたのも事実。J-POP産業に挑んだおもしろい作品になっているとは思うし、大森靖子はググっても出てこないところへ、これからも連れて行ってくれそうです。
TOKYO BLACK HOLE(2016)
母になっても強くカッコいい。そう実感する約1年3ヶ月ぶりとなる4thフルアルバム。2015年10月に出産という大きな出来事を経験して帰ってきました。作風は前作を引き継いだ感じで、メジャー志向の絢爛な音が鳴っています(前作ほどの夢KAWAiさは薄め)。
曲調はバラエティ豊かで、あまりの妄想女子力と情報量の多さで構成。お馴染みのプロデュース陣には、亀田誠治さんやミトさん、サクライケンタ氏も新たに参加。親交の長い直枝政広さんとは#11「無修正ロマンティック~延長戦~」でデュエットをしてたり。
かつてのシンプルな弾き語りの方が殺傷力があるというのは確かだと思いますが、本作ではちょっと軽やかで大らかになってます。でも特徴は変わってません。現代用語のデパートの如し言葉の雨。それはその時代の瞬間、瞬間を切り取った印象的なフレーズが飛び交います。#3「生kill the time 4 you,,」にしろ、#5「愛してる.com」にしろ、彼女らしい独特の言語感でインパクトあり。また、かつての昼ドラ並の混沌。イタイと言われてしまうほどにその表現にはエグさや鋭さがあります。
それらがJ-POPの強度と結びついて、程よさに繋がっているかなと感じるところ。前作はメジャー進出故のあざとさがあったのですが、本作はわりとすっきりしている印象があるんですよね。ファルセット~ウィスパーボイスと豊かになった歌唱法、落ち着いたアレンジが成されているなど要因は多々あるかと。
自由奔放な彼女も、アイドル風の彼女も、シンガーソングライター的な彼女も、しっとりとした彼女も本作にて登場。やっぱりなんてったって純度100%絶対大森靖子なんだからという感じでね。
激情に駆られながら訴える「あたしの有名は君の孤独のためにだけ光るよ」は、まぎれもない強さを持った女性だからこそ歌える一節。大森靖子さんが紡ぎだす言葉の力と感情の力は、世の中と刺し違える覚悟があって、他の人達と比べても抜きん出すぎています。
前作よりもしっくりとくる作品であり、#1「TOKYO BLACK HOLE」と#2「マジックミラー」は特に名曲だと思います。#1では田渕ひさ子さん、#10「ドラマチック私生活」では和嶋慎治さんがギターで参加。
彼女は自分の経験を通して歌にし、いつでも聴き手に問いかけるのです。ドラマチック大森仕立ての楽曲とともに。ありのままをさらけ出すこと、自分を肯定すること、他者に認めてもらうことは本作においても痛切に感じるところです。