ISIS the Bandの中心核として活動したアーロン・ターナー(現在はMamiffer、Old Man Gloomなどで活躍)を中心に、ブライアン・クック(Russian Circles/Botch)、ニック・ヤキシン(Baptists)が集結した3人組。2014年始動。
無慈悲なスラッジメタルと即興を組み合わせた長尺曲(ほとんどの楽曲で10分を超え、20分以上も珍しくない)を主体とした音楽を演奏する。”我々が志すのはリスナーを楽しませるものではなく没頭させ、圧倒すること。安らぎよりも反響と好奇心を掻き立てたい(『The Healer』国内盤ライナーノーツより)”
これまでにフルアルバム5作品を発表。その合間には灰野敬二氏とのコラボレーション作を3作品リリースしています。また2015年、2017年と2度の来日公演を行っています(2020年5月に来日予定でしたが、コロナ禍のため延期)。
本記事では単独名義のフルアルバム5作品について書いています。
アルバム紹介
The Deal(2015)
1stアルバム。全6曲約54分収録。リリースはProfound Loreより。2010年6月にあの伝説的なバンドが解散してから約5年。気づけばISISと言えない世の中になっていました、ポイズン…。そのISIS(現表記:ISIS the Bandを率いていたアーロン・ターナー総帥による久々のスラッジメタル・バンドが暗黒大陸スーマック。
様々なことに吹っ切れたかのような無慈悲で殺伐としたサウンドは、1st『Celestial』期までのISIS the Bandっぽい感じが強め。重いリフを振りかざしながらドスの効いた咆哮を轟かせ、ブライアン・クック(Russian Circles)とニック・ヤキシン(Baptists)が鉄壁のリズムでコントロールしていく形。
遅く重いを基本線にミニマルに展開する楽曲が主となっています。そういった中で怒りと重量感はかなりもので、長年温めていた構想がしっかりと具現化されている印象は強い。とはいえポストメタルの定型の静から動へと単純に転移しない。
縦軸・横軸ともに不安定なスラッジメタル曲線を描くような感じであり、寸止めにも達しない段階で半ば強引な形で曲の表情を変えていく。それは、突如のアンビエントなMamiffer風味であったり(フェイス・コロッチャが参加)、煉獄のドローンであったり、苛烈なハードコアであったり、即興であったり。しかも、ラストにはまるでギター演歌のような#6「The Radiance of Being」も用意。
この多様な変質化はOld Man Gloomとも通ずる部分はあるにせよ、それを超える予測不能さで混沌を深めています。#3「Hollow King」にしろ、#5「The Deal」にしろ、相次ぐ転調と変貌ぶりに振り回される。重厚なサウンドと奇抜な展開でどこまでもこじ開けていこうとする姿勢が伝わってきます。
ヘヴィロック求道者の旅は未だ終わってない事の証明といえそうなデビュー作。
What One Becomes(2016)
2ndアルバム。全5曲約59分収録。本作よりThrill Jockeyからのリリース。教会に機材を持ち込み、前作同様カート・バルー(Converge)によってレコーディングを担当。プレス・リリースによると”不安との内面的かつ個人的な闘い”を探求しているとのこと。
スタイルとしては前作の上積み。重圧的なスラッジメタル風ギター・リフの反復を主に、殺伐としたダークサイドに入り浸りさせるように肉体的&精神的に追い込みます。その中にエフェクトを駆使した幅のあるノイズ爆撃、インプロ的な怒涛のラッシュ、音数を絞った呪術・密教的な展開などのテイストを盛り込みながら、長尺ゆえの緩急/ダイナミクスで圧倒。
前作同様に型に収まらない不規則な展開を信条とするSUMACですが、ブライアン・クックとニック・ヤキシンのリズム隊が前作にも増して強烈なプレイで支えます。そこにアーロン総帥が加わる。さながら鬼神、風神、雷神による鉄壁のアンサンブルが繰り広げられるわけです。
そういった多彩なアイデアが衝突しながら様々に轟く#2「Rigid Man」を中心に、平均10分を超える全5曲を収録。緊張感がゆるむ場面はないし、メロディなんて贅沢もさせてもらえません。水を飲ませてもらえない過酷な昔の部活動のレベルですが、この非情さとストイックさがSUMACの根幹にあるのは事実でしょう。
全てを聴き通すのに肉体的も精神的にもタフさが必要です。ただSUMACの生み出すヘヴィサウンドはかくも厳かですが、永遠に刻みつけるような衝撃がある。本作のハイライトとなる17分超え「Blackout」からは鮮やかな暗黒が見えるはずです。
Love in Shadow(2018)
3rdアルバム。全4曲約66分収録。般若心経。12分以下の曲がなく最長で21分を数える本作、どう考えても優しくない。もちろん試されております。フー・ファイターズやデス・キャブ・フォー・キューティらの名盤が録音されてきたロバート・ラング・スタジオで、再びカート・バルー(Converge)と組んで制作。
”人の表面的な様相はしばし、自分達と他者を切り離し孤独化する他者排斥の道具として扱われる。それを受けて本作で表現したかったのは、人は誰しも自分を愛されたく、自分でいることを受け入れてもらいたい。そんな気持ちを明かすことだった(国内盤ライナーノーツ、アーロン・ターナーの言葉より)”。
しかしながら”愛”という言葉を冠しているのに、ここまで非情な音楽というのも皮肉な話ではありますが。
#1「The Task」はいきなり三位一体による怒りのラッシュが炸裂し、一部ではISIS the Band「Threshold of Transformation」を髣髴させる部分も登場。6分20秒前後でその進撃は止まり、オープンなスペースと静けさを共有していきますが、しっとりと情緒的なギターフレーズと重々しいリフを交錯させながら21分間を終えていく。そこでは夢想的なトーンと重々しい闇が交互に鎮座しています。
門番のようなこの楽曲を終えても15分、12分、16分という長尺曲の盛り合わせ。ワンフレーズからの発展と即興の組み合わせが主とはいえ、お約束度外視の展開とバリエーションの豊富さが本作を支えています。ヘヴィを説法する中で愛を説き、音を研ぐ。
#4「Ecstasy of Becoming」において半分近くを占めるアーロン・ターナーの独奏、その果てにある終盤の激しい砲撃を前に降参必至。なお本作はTrebleが2024年4月に発表した”The 50 Best Post-Rock Albums“にて第26位にランクインしています。ポストロックちゃうやんというツッコミはひとまず置いておこう
May You Be Held(2020)
4thアルバム。全5曲約59分収録。2017~2019年にわたって段階的に3つの異なるスタジオでレコーディング。ISIS the Bandの『In The Absence of Truth』以来となるマット・ベイルズが録音、カート・バルーがこれまで通りにミックスを担当しています。
”SUMACの音楽の根底にあるのは、生命への愛と生命力の尊さを表現することだ。 生命の喜びの儀式と表現。 私たちのすべてのレコードで、そのことについていろいろな形で書いてきた(Invisible Oranges インタビュー)。アーロン・ターナー総帥はこう言ってますが、厳しさという試練のフルコースしかない。
Pitchforkが本作のレビューで”地獄の障害物競走を自己増殖させている“と表現しておりますしね。前作から灰野敬二氏とのコラボに影響されて即興の比率が増えており、それは本作でも同様です。
BOMBによるアーロンとブータン人ギタリストであるTashi Dorjiの対談インタビューにおいて、10分にギリ満たない#3「The Iron Chair」と#5「Laughter and Silence」の2曲は完全即興曲であることを明かします。また5分強の#1「A Prayer for Your Path」は録音作業から撤収する間際の1時間ほどでつくったらしく、ニック・ヤキシンが前から試したかったビブラフォンを取り入れているそう。
作品の中核を成すのが20分近い表題曲#2「May You Be Held」、そして約17分の4「Consumed」。前者ではアーロン・ターナーが多様な声を披露しながら、スラッジとプログレとドローンが結びつく。後者はわかりやすいリフが導入部に置かれるものの混沌が深まり、凄まじい手数を出すドラムを主導に地獄のようなラストを迎えます。
脱構築がテーマのひとつにあるとはいえ、アーロン・ターナー、ブライアン・クック、ニック・ヤキシンによる直感と即興が構築を凌駕していく。まさしく支配者級(クエストクラス)。
The Healer(2024)
5thアルバム。全4曲約76分収録。今回はSUMACのツアーでサウンド・エンジニアを務めたスコット・エヴァンス(Kowloon Walled City)がレコーディングを手掛けています。
”SUMACの音楽は暴力的にも捉えられがちだけれど、それはこの世界や人生そのものを反映しているんだ。『The Healer』では希望を抱きながら、人類という種族の未来へ向かって進んでいくことを訴えたかった。自分が息子を持ったことで、そう考えるようになったかもね。創造性をポジティブな方向に向けたいんだ(国内盤ライナーノーツ、アーロン・ターナーの言葉より)”。
またBandcampのインタビューにおいては”ある意味、本作は過去2作(Love In ShadowとMay You Be Held)と結びついていて、ゆるやかに相関する3部作のようなものだと考えている“とも発言しています。忍耐を用意しろ、この超越的な音楽にはそれが必要だ。と警告しておきます。相も変わらず切り抜きには非対応。インスタントな表現と真逆をいく。
26分を数える#1「World of Light」から始まりますが、瞑想的なサイケ/ドローンを主体に所々で噴火が起こったかのようにスラッジメタルが圧してくる。同曲はむしろ静的なニュアンスが強く、フェイス・コロッチャによるテープエフェクトを交えながら没入感と緊張感を持続しています。
#2「Yellow Dawn」や#3「New Rites」はいずれも13分未満に収めていますが、スラッジとサイケと即興がシームレスに繋がる。前者においては7分過ぎあたりから3分近いサイケデリックなギターと地鳴りのようなベースが轟き、後者は中盤から即時性の高いメタル的な強度が興奮を誘います。
ラストは24分30秒を越す#4「The Stone’ Turn」。この曲には以前と比べると叙情的なフレーズが用いられていますが、彼等なりの祈りと鎮魂が強化されているようにも感じます。それが冒頭から9分続く容赦ない激しい攻撃性、終盤のISIS the Bandを思い出す音像でサンドイッチされており、締めくくりにふさわしいインパクトを誇ります。
一貫してヘヴィを求道する中で自らを掘り下げ、定型から脱し、新たな何かを生み出していく。”本作は過去のSUMACの音楽を知っている人にとっては、理に適った進化形(国内盤ライナーノーツ、アーロン・ターナーの言葉より)”という言葉もありますが、厳粛な体験の果てに理解は及ばずともすごいものを聴いたという実感は残る。