ウクライナ・オデッサ出身のポストブラックメタル・バンド5人組。2012年に結成。”Intensely deviant music of a noir shade = ノワール的な色合いの強烈に逸脱した音楽”を掲げており、ブラックメタルをベースにジャズ要素を見事に融合したサウンドで評判となり、ポストブラックメタルという境界を押し広げている。
本記事ではこれまでにリリースされた3枚のフルアルバムについて書いています。
アルバム紹介
Futility Report(2017)
1stアルバム。全6曲約40分収録。ポストブラックメタルという枠組みに入るだろうバンド。ですが、彼等の場合は大きなトピックとしてサックス奏者がメンバー内にいることが挙げられます。
ブラックメタルの過剰な速度と残忍性を炸裂させるも、突如として鳴り響くサックスがムードを一変させる。さらにはピアノやシンセも組み込んでおり、その切り替えがやたらと滑らか。
#1「Deviant Shapes」を聴いてもわかる通りに、ブラックメタルとジャズの溶け合い方が巧み。その両ジャンルは本来、境界線を設けて距離が遠いものという認識を持っていましたが、本作を聴いているとその近しさ、組み合わせたことによる違和感の無さを感じさせます。
トレモロやブラストビート、ドきついデス声が戦闘態勢を示す中、サックスを中心にメランコリックなタッチが加わる。それが都会の夜を思わせる侘しい雰囲気を生み出していく。
スウェーデンじゃなくてノルウェーのShiningが『BLACKJAZZ』というアルバムをかつて出していますが、本作はあそこまでアヴァンギャルド・メタルではありません。
White Wardはもっと古典的なブラックメタルがベースで、その奥には激情系といわれるハードコアやポストロックといったものも透けてくる。
なかでも#2「Stillborn Knowledge」は彼等の持つ特性が詰め合わせパックとなったもので、ブラック、ジャズ、ポストロック、エレクトロ、アンビエントといった様々な変化のプレゼンテーションと構築の妙が際立ちます。ギターソロがやたらと弾きまくりなのも興味を引く。
#4「Rain as Cure」は完全にラウンジ・ジャズ的な3分の間奏曲で穏やかな時間を提供。そして#5「Black Silent Piers」が美醜の螺旋階段を再び駆け上がる。
ラストとなる表題曲#6「Futility Report」の終盤ではブレイクビーツまで加算していますが、歌詞では”すべての努力は無駄だ”と人間の無力さを強烈に叫んでいます。
サックスのシームレスな統合が本作を語る上で欠かせない部分です。ブラックメタルの荒野にジャズを足し算したという単純な計算式にとどまらない魅力を持つのが本作。
Bandcamp内では”『Futility Report 』は、ULVERの伝説的な『Perdition City 』のメタリックバージョンである“というコメントを残しています。
Love Exchange Failure(2019)
2ndアルバム。全7曲約67分収録。本作はジャケットの都市の風景のように、刺激的な夢の世界と厳しい現実との間の衝突を表現しているとのこと。前作と比較すると10分を超える曲が4曲あり、全体的に長尺化しています。
またジャズ~ポストロック要素の配合比が高まった印象があり。サックスのみならずピアノが随分と存在感を示していることも挙げられ、後半#5~#7の3曲に異なる3名のヴォーカルがゲスト参加。
アルバムは#1~#3までの前半、#5~#7までの後半に分けられます。境界線となる#4「Shelter」にはジャズとノイズロックがゆるやかに交錯する新機軸を配置。
持ち味のブラックメタルによる猛烈な暴風雨は変わらずとも、押し引きのバランスに優れ、ジャズとのスムーズな交歓によって作品全体を通した彩りは一層豊かになりました。
前半はそれこそブラックメタル要素が強め。ですが、そこを冷酷&ムキムキ化するよりも繊細さや哀愁に磨きをかけてドッキングさせ、さらにドラマティックな聴かせ方を達成している印象があります。洗練というのはキーワードのひとつ。
それを示すように12分を超える表題曲#1「Love Exchange Failure」は、1曲目にして全体を表すような楽曲に仕上がり。物悲しい雰囲気のジャズから一気にスイッチが入り、静寂をぶち破るように溢れんばかりの黒き音の洪水が襲い掛かる様は、強烈な昂揚感をもたらします。
後半の楽曲は前述したようにゲストヴォーカルが3名参加。大人の異文化交流を実践しながら実験的かつ新しい魅力の発掘を試みています。#5「No Cure for Pain」は管楽器入りのThe Album Leafみたいな序盤から激情エッセンス入りのブラックメタルを経て、ポストメタルの荘厳さまで経由しに行く12分30秒を展開
。#6「Surfaces and Depths」ではメタル要素を排除。地元の女性歌手・Renata Kazhanが参加しており、ポストロックとジャズヴォーカルの混合物として不思議な聴き心地をもたらしています。
前作から比べても飛躍の一枚であり、より小説的でより映画的な側面を持つ。都会の煌びやかさや華やかさの裏に潜む寂しさを表現し、毎夜のサウンドトラックとして野蛮かつ詩的に彩りを与えてくれる作品です。それほどに訴えかけるドラマが詰め込まれている。
False Light(2022)
3rdアルバム。全8曲66分収録。タイトルは直訳すると”偽りの光“。ウクライナの作家ミハイロ・コチュビンスキーが1908年に発表した小説『Intermezzo』を中心に、アメリカの小説家兼詩人であるジャック・ケルアック、そしてスイスの精神科医のカール・ユングの作品からインスピーションを受けている。
その中身は政府認可による殺人、環境破壊、警察の横暴、家庭内暴力、都市の精神的虚無、過剰消費の悪影響など。
大まかに前作の流れを汲むものです。ゲスト・ヴォーカリストが数名参加し、彼等の特性を象徴する長尺曲、実験的な小尺のインスト曲が8曲の中に散りばめられる。
#2「Salt Paradise」のように復活以降のEarthを思わせるアメリカーナ的サウンドと渋く低い男性ヴォーカルが饗宴する新境地もあり。こういった試みも場違いさはなく、自然な形で作品に収められるのがバンドとしての懐の深さであり、それこそ経験値の賜物でしょう。
しかし、印象でいえば前作の方がエレガントな気品があり、本作の方が険しさを感じます。扱ってるテーマが都市の孤独というものから本作では個人が生きていく上で抱えていく問題、社会ひいては世界が抱える問題と肥大化し、その重量感が被さっているからかもしれません。
主権を握ろうとするサックスが虚無感と情熱を行き来し、トレモロリフや高速リズムが現代人の精神を打ち抜く。聴く者ひとりひとりに対して、文明の速すぎる進化によって生じる軋みや苦難の中を生きているという現実を突き付けるかのように。
本作を代表するのが#1「Leviathan」や#7「False Light」の2曲。13分-14分を超える楽曲で、幾度かのジャズ&ポストロック的セクションを挟みつつ、ブラックメタルの衝撃波が繰り返されます。
初期と比べてクリーンヴォーカルやエレクトロ、サンプリングなど内包する要素は増え、プログレッシヴという言葉を用いたくなるほどにスリリングな展開と起伏でもって拡張。多種多様な光景と感情の揺れ動きを次々と表現しています。
彼等のトレードマークといえるサウンドにSF映画やRPGの要素を加えた#3「Phoenix」。端正なヴォーカルラインとサックスによる艶やかなムード作りが一瞬にして崩壊し、過去一といえるぐらいに最も苛烈で最も重いサウンドを展開する#6「Cronus」も備えます。
作品は#8「Downfall」で重苦しいピアノとアンビエントの空想の中、セリフのサンプリングが入り、映画のエンドロールのように締めくくられる。
サウンドの成熟と深いテーマに裏打ちされた完成度の高さは、特筆すべきものがあります(わたしは前作の方が好みですが)。想像を絶せる過酷な母国ウクライナの状況に身を置く中で発表された本作は、キレイごとよりも世界の本質を問うメッセージが込められている。