わたくしの2020年の12冊。読了数134冊から選んでますが(再読本を含めると150冊ぐらいかなと思います)、基本は2020年刊行の書籍からなるべく選出してます。昨年末にInstagramにあげたものに少しアップデートしています。
12位 アルベール・カミュ『ペスト』
新感染症が世界的に蔓延する中で、2020年4月に読んだ頃は在庫切れになるほど売れていたアルベール・カミュの『ペスト』。こういった事態にならなかったら読むのはもっともっと先になっていただろうなあ。現状と重ねながら小説だけにとどまらないリアルさを感じました。1940年代、ペストが流行した街・オランは各国から封鎖され、世界的に完全追放。その中で懸命に生きる市民の様子をある医師の視点から描いています。疫病の前に追い込まれた人々はどう振る舞い、どう生きるか。正しい態度をもつこと、誠実に生きることは本作で説かれていることであるが、そんな強さを保てる人がどれだけいるか。70年前の作品が投げかけるものは多いです。
11位 フリオ・リャマサーレス『黄色い雨』
スペインの山奥にある廃村を舞台に、ひとり残されて暮らす男の独白が延々と続く。村人はひとり残らず去り、男は妻と犬と残される。だが、妻は寂しさに耐えられずに自死。それ以降は自身が抱える孤独、近いうちにある死を真正面に捉えながら、朽ちていく村を見つめ続ける。その滅びゆく風景と比例するように老いていく自分。それに男の存在を圧倒的に矮小化していく自然の描写。
孤独に抗いながらも、やがて肉体と精神が地に還っていくことに諦めを覚える。死の雰囲気に支配される中で、詩情豊かな文章が消滅の美しさを浮かび上がらせている。滅びゆく、朽ちていくものに美を見出す。そして、圧倒的な孤独をこれほどまでに美しく描いた作品を私は知らない。
10位 早瀬耕『彼女の知らない空』
化粧品会社に勤務するもその研究が軍事活動に適用されたり、憲法改正によって交戦権を得た世界に突入していたり、はたまたブラック企業においての個人の過重労働に関してだったり、勤務先が有名人のスキャンダルで混乱するところだったり。作品ごとにテーマの重み・圧は違うけど、自律した人ほど苦しむような社会倫理への葛藤や苦悩が描かれている。
ゆえの現代~未来へ抱く不安、”自分はこのままで良いのか?”という自問自答。個人は家族とつながっているし、職場とつながっているし、社会・国家とつながっている。その中で自分が持つ正義・倫理観とは違う大きな圧力に屈したり、折り合いをつけていくわけだが、それでもなお信念を持ち続けることの大事さ、読んでて一番感じたのはそこですかね。「東京丸の内口、塹壕の中」は他人事と思えないけど、個人の活動で変えられない無力さが伝わる。
09位 宇佐見りん『推し、燃ゆ』
理屈では説明できない推しへの執着。繋がりたいとは思っていない。推しがいる世界、それが全てであり、そのためにあたしの肉体も精神も存在し続ける。彼女自身がファンとしてSNSやブログ等で想いを綴っているが、そこにつく”いいね”自体にあまり興味はない。彼自身をまるごと解釈し、自分らしく推しを推す。それが主人公・あかりのやり方であり、生き方。
そんな推しもやがて人へと還る。推しは神ではなく、人だった。その現実を突き付けられた後の彼女は、自分の存在意義がわからなくなる。終盤に揺らぐ思考と身体。推しがいなくなるという現実、それに付随した推すという業の消失。背骨を無くし、自分が自分でいられなくなるのは村田沙耶香さんの『コンビニ人間』にも通ずるところがあります。
08位 桐野夏生『日没』
弾圧される思想・表現、追い詰められていく肉体と精神。自由に書けることの尊さ、いつも通りの生活ができることの尊さを感じることがじんわりと響きます。と同時に人ってのは、簡単に自由を奪われてしまう生き物であることも。
社会に適応した小説とは何か。お涙頂戴の感動もの、映画原作になるようなもの、それこそノーベル文学賞になるようなものなどか。ただ、本作にも出てくるがいろいろな人やものを描くことがという想いはある。それにしても読みながらここまでゾクゾクさせられるとは。恐怖を覚えつつもページをかじりつくように読んだ。そして、こんな世界は近づいてきてはいる。
07位 朝井リョウ『スター』
スターのくだりはあるにせよ、ものづくり・作品づくりのアプローチや価値観についてが肝となる一作です。誰もが発信者となれ、かつ多様化する世においては正解がどこにあるのかは、やはり自分の信念で決めていく他ない。それでも情報とコンテンツ量は加速度的に増え、消費スピードも上がり続けていく未来ははっきりしている。
創作と消費。発信と受信。細分化されていく世界は、それこそオンラインサロンの集合体みたいになると著者は記す。今はいろんな欲求に応える発信があるからこそ、自分自身の判断基準を持って選び取っていく必要がある。”誰かにとっての質と価値は、もう、その人以外には判断できない(p372)”というように。流石の朝井リョウ作品。
06位 遠野遥『改良』
若い(設定は20歳ぐらい)男性が極度に美しさを追い求めていくもので、テーマとしては本著の方が興味深い。主人公が貫く美しさへのこだわりは、自分に対してもそうだし、他者に対しては特に強まる。わたしとしては芥川賞を受賞した『破局』よりも完全に本作の方が好みです。
女装することで見出すもう一つの自分。瞳、髪、顔全体、全身、服装と細部に至るまでしっかりと作り上げていくことで磨かれていく美。それでも完璧はないが、女装して外に出かけられるようになるぐらい、自分の中で美への精度は上がっていく。そうかと思えば恋愛対象は女性であって、LGBT等の要素はない。デリヘルをわりと頻繁に呼んでおり、性欲は決まってカオリという女性に慰められる。美しさを磨くのは自分のため。磨き上げることで新たにつくられる自分。そして、自分の求める姿へ自分を近づける努力、それは年を重ねようが変わらない。
そして、2020年の驚きランキングに入る、遠野遥さんがBUCK-TICKの櫻井敦司さんのご子息であったということ。文芸の対談では、お互いに遠野さん、櫻井さんと読んでて笑ってしまいましたが。
05位 中村文則『逃亡者』
1年近い新聞連載を単行本化したもので500ページにも及ぶ長編。現代を生きるジャーナリスト・山峰が、かつて奇跡を起こしたという伝説のトランペットを手に入れたことで、ある人物に命を狙われることになって海外へ逃亡する。
本作のベースはそこにあるが、亡くなったヴェトナム人の恋人・アインとの愛、各国から侵略を受けるヴェトナムの歴史、江戸時代初期の長崎キリシタン迫害、第2次世界大戦下の不条理を加えながら、物語は拡張されていく。ヘイトスピーチ等の現代における諸問題とも絡ませ、各々が生きていくことへの警鐘を鳴らす。と同時に歴史が続いていく中で個が存在することを再認識する。そして、沈黙する神とは何か。遠藤周作先生の『沈黙』も登場する。作品を出すたびにすごい領域に行っているなあと唸ります。
04位 李琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』
LGBTを扱った作品は小説にしろ映画にしろ、いろいろ触れてはきましたが、ここまで多様性をもって書かれた作品は初めてかも。アセクシャル、パンセクシャルなど聞いたことがなかった言葉が出てくるが、そういったジャンル分け/線引きに救われる人間もいれば、そうではないと拒む人間もいたり。女性が女性を愛するということを主に捉えた中で、悪いことではないはずなのにその生き辛さや苦しみを描き、自らのアイデンティティと対峙する。男女という最も単純な区分けの中で、そこからはみだしてしまう人たちの疎外感は想像以上のものであるのだと。
03位 紗倉まな『春、死なん』
いくら年をとっていっても死ぬ瞬間まで男であり、女である。紗倉さんは人間の持つ欲求として、半端なことをせずに真正面から描き切っている。血縁者であっても、ひとりの人間としての尊重。ただ、それが難しい。年齢を重ねると、”はしたない”と世間から許されなくなっていくことも、本作を読めば考え改めるかもしれない。今年またひとつ衝撃を覚えた作品が増えました。
02位 チェ・ウニョン著、古川綾子訳『わたしに無害なひと』
韓国の女性作家が描く人との出会い、別れ。傷つき、傷つけあいながらも人をどうしようもなく求める。深い孤独を恐れて。しかし、どれだけ深く想いあってもさよならの日は時に訪れてしまう。その儚さや痛みは、歳を重ねても自分の中から決して消えることはない。”過ぎた日々を記憶することの大切さが、人間を人間たらしめるものと私は考えている(p6)”、その著者の言葉通りに過去の記憶を拠り所に、人々はみな生きている。
収録された7つの短編では、性的マイノリティや差別といった問題にも切り込む。女性だから仕方なく犠牲になるしかないのか。それに対して著者は物語を通して訴える。 84年生まれの著者が青春期を過ごしてきたのが、映画『はちどり』や『82年生まれ、キム・ジヨン』の世界とも重なるために、その2作を鑑賞していることは本作を読み進めていく上でずいぶんと助けになった。20ページ弱で収まる「六〇一、六〇二」は、家父長制に苦しめられる女の子を描いており、『はちどり』に近いものを特に感じるものだった。
生きていく上で、人は人と関わる。人が人を想う。人は人の気持ちを知りたがる。その切実さが身を切るほどに著者の文章から伝わってきます。”わたしに無害なひと”というタイトルからすると、他者に対しての思いが浮かんでくるかと思った。けれども、読むと物語を通して自分を省みることばかり。淡々とした文章・訳だけど、グッと懐に入り込んでくる。
01位 岡本学『アウア・エイジ』
40代を少し過ぎ、敗戦処理の気配が漂う先の人生と自身で卑下するほどに、生き飽きてしまった私。かつてアルバイトとしていた映画館(飯田橋ギンレイホールをモデルとしたらしい)から、20年ぶりに封書が届いたのを機に訪れる。約1年ほどの勤務だったが、蘇る懐かしい日々。そこから当時に思いを寄せていた女性・ミスミとの思い出を辿っていく(既に亡くなっているために回想のみの登場)。彼女が残した塔が写った謎の写真を探る。現在と20年前の映画館バイト時代を交互に行き交いながら進む、ミステリー的な要素を含む純文学。
謎は読み進めるごとに、少しずつ紐解け、最後には全てが結びつく。彼女の死についても、写真の塔についても、そこに書かれている”our age”という言葉についても。けれども、謎解きのスリリングさやすっきり感よりも、主人公が放つ諦念や哀愁の方に揺さぶられる。冴えない人間はこんなもんですよ、と諦めからきた虚しさばかりが悪い意味で充実。本作を貫く何とも言えない哀愁と諦観がなんだか癖になる。
無気力な日々を送っていた主人公が、謎解きのあとに自身の主題を得る。”使命としての伝達”。それは誰しもが考えていかなければいけないことかもしれない。自分としては登場人物のひとりが言う「欲との距離感」の方が興味深い。