「ヴィジュアル系とは音楽ジャンルを指す言葉ではない!」
日本のロックシーンは「ヴィジュアル系」を軸に発展してきた、と言い切ってしまっても大袈裟ではない。本書では90年代にヴィジュアル系がどう誕生して、多くの人になぜ受け入れられ、なぜ世界がうらやむほどの「ジャパンカルチャー」となったのか、その独自の発展をバンドの世界に留まらず、ファッション、漫画などさまざまな分野を通して辿っていく。
さあ、その深淵の闇へ、共に堕ちていこう
本書のプレスリリースより引用
“ヴィジュアル系”という言葉が無い時代から始まり、どう発展していったのかがしっかりと書かれている本です。
始まりから現在に至るまでの歴史を単純に追ったものではありません。最も多くページ並びに内容が割かれているのが、1990年~96年頃。
全盛期と言われる98~99年はそこそこの言及で、氷河期といわれる2000年代以降はわりと駆け足で追っており、10年代以降の記述はなし。ヴィジュアル系の今を知りたい人ではなく、あの頃を知りたい人向けです。
読み手である私自身は1985年生まれ。本書で言うところの“生まれながらにして、ヴィジュアル系がいた世界“の人間です。中1だった98年に音楽を聴き始め(お小遣い等で自分からCDを買うようになったという意)、当時に全盛期だったヴィジュアル系を当たり前のように聴きました。
それぐらいテレビやヒットチャートを賑わせ、シーンは盛り上がっていました。当時はむしろヴィジュアル系はJ-POPの一部だと思ってたぐらいです。
ところが翌年の後半辺りからそのバブルは弾けてヴィジュアル系氷河期へ。J-POPの一部などではなく、ヴィジュアル系は特殊な人たちだったと思い知ります。それからは聴かない時期もあれば、隠れて聴いてた時代もある。
ただ結局のところ、今でも当時のバンドに影響を受け続けていますし、ライヴには行っています。LUNATIC FESTもVISUAL JAPAN SUMMITも行きましたね。
本書を読んで思ったのは、“知られざる”部分の多さ。90年代前半~中盤は本当に疎いことを実感。そもそも掲載バンドは聴いてないのが結構あります。そんな自分にとっては学びの多い書でした。以下から本書について書いていきます。
著者について
著者は冬将軍さん。音楽誌「ヘドバン」やReal Sound等でご活躍をよく拝見しています。
以下、引用という形で紹介させていただきます。
音楽ものかき。音楽専門学校での新人開発、音楽事務所やレーベルで音楽制作ディレクターなど、原盤制作、ライブ制作、A&Rなど制作業務に従事。そのほかアーティストマネジメントにも携わる。現在はフリーランスの音楽ライターとして雑誌、Webで活動中。本書は音楽ライターとしての単著デビュー作となる。
『知られざるヴィジュアル系バンドの世界』著者紹介より引用
著者webサイト
https://fuyu-showgun.net/
本書は著者のwebサイトのコラムから参照されているので、試し読みという形もできます。
本書について
- ヴィジュアル系がカッコ悪かった頃
- ファッションで辿るヴィジュアル系黎明期
- 音楽要素で紐解くヴィジュアル系ロック
- サディスティカルでポジティヴなゴシックロック
- バクチク現象とヤンキーイズム
- 東のX、西のCOLOR
- 1993年「黒服系総洋楽化」インダストリアルな世界
- 日本で生まれた独自のロック“ミクスチャーロック”
- ビーイングのJ-ROCKとBOØWYビートロック神話
- “布袋派 vs hide派”に始まった、シグネチャーギター物語
- hideとはいったい何者だったのか
- あの橋の上で逢いましょう ~バンギャルクロニクル
- ヴィジュアル系四天王とヴィジュアル系世紀末
- ヴィジュアル系がカッコ悪くなくなった今
ここに序文である”はじまり”、あとがきの”おわりに”が加わります。そして、巻末付録として35のバンド/アーティストの簡易プロフィール、著者選定のオススメ曲が掲載。全304ページに及びます。
わたしは電子書籍(kindle)で購入。紙版だと黒い装丁でいかにもな雰囲気があります。
冬将軍氏は自身のwebサイトにて本書の内容を“ヴィジュアル系私観史”と謳い、裏テーマとして”ヴィジュアル系を通して見た日本のロックシーン“と言っています。特定のシーンを語っているけれど、他ジャンルや洋楽からの影響も踏まえてミクロとマクロの両視点から丁寧に解説されている。
かつて読んだ市川哲史氏による『さよならヴィジュアル系』はインタビューをメインに書かれていました。本書もアーティストの発言や雑誌等のインタビューからの引用は当然あります。
ですが、該当アーティストに対して本書用の新規インタビューはなし。著者の考察や実経験に基づいたコラムで構成。このパワープレイで書き切ってしまうのが凄い。これについては”おわりに”で「自分にしか書けない、私観的なヴィジュアル系コラム集にしたいと思った」と述べられています。
また、その時期をリアル・タイムで経験していないと書けないことが多く盛り込まれており、音楽シーンだけでなく当時のファッションやカルチャーなどの時代背景、それに楽器、ヘアスプレーに漫画まで巻き込みながら本書は綴られています。世界的な音楽の潮流がどのようにヴィジュアル系に影響を及ぼしたのかまで深い考察に基づいた書籍です。
本書の特徴
- 文量は BUCK-TICK = hide氏(X JAPANの項を含む) > BOØWY の順に多い。
- 1990年代前半から中盤にかけてがメイン。
- 2000年代以降は最終章となる14章だけ。2010年代の記述はほとんど無い。
- ギター/ギタリストの話がかなり多い。
- インダストリアル・ロック、ミクスチャー・ロックとヴィジュアル系の関わりについて
大まかな特徴としては上記が挙げられます。
日本のバンドシーンに計り知れない影響を与えたBOØWYを”カッコつけるためのロックをつくりあげた“と定義。同郷の群馬の後輩・BUCK-TICKはそれをよりディープに落とし込み、黒服系の流れを生み出したと評す。
この2バンドは共に本書のメインどころとして語られています。BUCK-TICK話はかなり多いので、それだけでもファンの方は読む価値があるはず。
逆にヴィジュアル系の雛形を作ったと評されるLUNA SEAは、本書での言及はそこまで多くない。MORRIE氏のヴォーカルを始め、数多くのフォロワーを生んだDEAD ENDは名前しか出てこない。ここはあえてというところでしょう。
何よりもDIR EN GREYよりもD’ERLANGERや室姫深氏(ex-THE MAD CAPSULE MARKETS)の方が多く書かれていることが本書のスタンスだと感じました。
基本的にギタリスト視点で書かれているのも特徴的。#10ではアーティストとシグネチャーモデルの関係を述べており、フェルナンデスやESPなど楽器メーカーも登場。著者の肌感では”初心者の5人に1人はINORANモデルを買っていた“というのはおもしろい。
海外のインダストリアルやミクスチャーとの関わりを第7章、第8章の2章にわたって解説。ヴィジュアル系と呼ばれる人たちが最先端の洋楽をいかに取り込み、自分たちの音楽として昇華させてきたかを丁寧にひも解いています。
第7章ではSOFT BALLET、第8章では室姫深氏とTHE MAD CAPSULE MARKETSをフィーチャーしながら丁寧に紐解いている。本書の肝のひとつであり、以下の言葉にそれが表れている。
ヴィジュアル系をテーマにしている本であるが、インダストリアルロックやミクスチャーロックに多く頁を割いて、専門誌でもないのにギターの話をたくさんしている。それが私にとってのヴィジュアル系だったからだ。
『知られざるヴィジュアル系バンドの世界』より引用
00年代以降は駆け足でまとめられており、ネオ・ヴィジュアル系がギリギリ登場するくらいです。10年代のバンドは本書には出てきていないし、シーンについてもほとんど言及されていない。前述したようにヴィジュアル系シーンが90年代にどのように発展してきたかを知る手引書という側面が強いです。
以下、気になった章について。
#01 ヴィジュアル系がカッコ悪かった頃
このタイトルを見て思い出すのは、2016年10月に開催されたVISUAL JAPAN SUMMIT。そのステージでMUCCの逹瑯氏による「ヴィジュアル系はいつからカッコ悪くなったんだろう」という言葉です。
わたしも現地でそのMCを聞き、ライヴのことを一時忘れて考えさせられたものです。
”ヴィジュアル系”にくくられるのは、2022年に入っても良い面も悪い面もあります。ヴィジュアル系というだけで音楽が評価されない。軽くみられる。
フェスに出られない。それがもっとヒドかった99年当時に起こった2つの出来事について、本章では取り上げています。
① L’Arc~en~Cielのポップジャム事件
② マリリン・マンソン主宰フェスでPIERROTのVo.キリト氏が放ったMC
前者についてはNHKの音楽番組”ポップジャム”に99年に出演した際、司会である爆笑問題・太田氏が「新しいヴィジュアル系だね」との言葉に対してtetsuya氏がキレて帰ったこと。この出来事に関してその後のtetsuya氏の自伝からの引用、爆笑問題・太田氏の2019年に放送されたラジオでの証言を踏まえながら、何が原因だったのかを解説されています。
後者については、1998年8月に開催されたマリリン・マンソン主宰フェスに出演したPIERROT。そのステージでキリト氏による『洋楽ファンのみなさん初めまして。僕らがあななたちの嫌いなヴィジュアル系です』という発言を取り上げています。
当然ながら批判されまくる。当日の出演者はマンソンの他にメガデス、ミスフィッツ、モンスター・マグネット。こんなラスボスだらけの大運動会だから余計に否の声は大きい。
”ヴィジュアル系レッテルへの反抗”ということで象徴的な2つの出来事。事の顛末まで含めてここまで詳細に語られているのを初めて見たので、ようやくしっかり知れたという気持ち。
ちなみにわたしが初めてみた海外のアーティストは、マリリン・マンソンです。2003年10月頭に行われた名古屋公演で、ずっとネタ扱いされているナゴヤ事件が起こったライヴ。しかし今では数々の疑惑によって、マンソンを初めて見た海外アーティストと言いにくい世の中になってしまいましたが・・・。
#03 音楽要素で紐解くヴィジュアル系ロック
本章ではそもそもジャンルではないけれども、ヴィジュアル系の音楽とは何なのかという考察をされています。メロディック・スピードメタルからゴシックロック、インダストリアル、ニューメタルなど多種多様。最近はマスロックを取り込んだりするバンドも現れました。ヴィジュアル系と呼ばれるバンドたちの中で音楽性は拡大を続ける。でもその根底に共通する、そして脈々と受け継がれているものがあります。
そういったヴィジュアル系っぽい音楽要素について、著者は以下の5つにあると考えている。
① 耽美、退廃美の世界観
② 刹那的な歌詞
③ 慟哭性のあるマイナーメロディ(泣きメロ)
④ 緩急のついたドラマティックな楽曲展開
⑤ ポップならずともキャッチー
『知られざるヴィジュアル系バンドの世界』より引用
そして、この五大要素を踏まえて音楽だけでなく、セールスや後発バンドへの影響力を加味し、ヴィジュアル系ロックの発展に大きく影響を与えた曲を4つ紹介している。
❶ BOØWY「Marrionette」
❷ BUCK-TICK 悪の華
❸ LUNA SEA「ROSIER」
❹ hide「ピンクスパイダー」
『知られざるヴィジュアル系バンドの世界』より引用
著者のwebサイトにあるコラム『ヴィジュアル系っぽい音楽とは何か? ヴィジュアル系音楽構造を探る』を加筆修正したものとなっています。詳しく知りたい方はこちらを参照いただくと良い。
ヴィジュアル系の中に今でもヘヴィロックが鎮座しているのは、「ピンクスパイダー」の影響が大きいというのはずいぶんと納得した点。hide氏については”#11 hideとはいったい何者だったのか”でより詳細に語られています。
ここに1曲、わたし自身が加えるならば何だろうか。00年代以降のシーンを考えるならば、DIR EN GREYの「朔 -saku-」かな。この曲は新たに切り拓いたというタイプだし、2004年の曲なので本書の趣旨とは外れますけども(汗)、ビデオクリップが2006年にMTVでグランプリを獲得したこともを踏まえても重要な1曲ではないかと。
本書に登場する著者推薦アルバム
本書では数々のアルバムについても言及されています。冬将軍氏が特にオススメされていると感じた10作品を氏の短評と共にピックアップしてみます。理解を深めるためには聴くしかない。
他にも名古屋系の名盤として黒夢『生きていた中絶児』、FANATIC◇CRISIS『太陽の虜』の2枚。93年の重要作としてZI:KILL『ROCKET』。そして室姫深氏とyukihiro氏によるOPTIC NERVEの『OPTIC NERVE ABSTRACTION』は、今でも斬新な作品と評されている。
書籍情報とまとめ
子どものころに聴いていたバンド達は今もメンバー変わらずに続いていたり、解散したり、復活したりと様々です。そして自分自身も成長して、環境が変わったり、嗜好が変わったりとある。それでもヴィジュアル系で培った音楽的下地や美学はやっぱり今でも根っこに根付いていますし、自分が音楽を聴く上で大事にする部分です。
とはいえ、ヴィジュアル系には”見た目”や”見せ方”や”見られ方”という点でも意識はいった。わたしは憧れて化粧したことは一度もない(笑)。けれど、あの頃のレジェンド達は未だに衰え知らずの見た目と体型を維持しているので、それは見習っております。
本書は“周りとヴィジュアル系談議に花を咲かせていただければ幸いである”と締めくくられます。わたしには談議できる人は残念ながらいません。ですが、あの頃の自分と対話しながら”今でも聴き続けているぞ”と声をかけてあげたいものです。
是非とも本書を読んで”メインストリームに抗うダークヒーローたちの音楽”を楽しんでほしい。
以下のサイトで”はじめに”と”#1 ヴィジュアル系がカッコ悪かった頃”が試し読みできます。