2000年にフランスにて誕生したバンド、Alcest(アルセスト)。1985年生まれのNeige(ネージュ)がバンドの中枢であり、始動当初からマルチプレイヤーとして様々な楽器を使い、自らの表現する世界を突き詰めています。
バンド名については”もともとはフランスの本からとったんだ。「Alceste」というキャラクターがいたんだよ。「e」をとって、Alcestとしたのさ(WARD LIVE MEDIA PORTALインタビューより)”と述べている。
Alcestのコンセプトは幼少の頃から夢見てきた”Faily Land”という空想世界であり、それを音楽で表現すること。出自であるブラックメタルにシューゲイザーやUKロック、フレンチポップなどが混成した独創的なサウンドを奏でており、2007年リリースの1stフルアルバム『Souvenirs d’un autre monde』は世界を驚かせた作品です。
現在では定着したポストブラックメタル、ブラックゲイズというジャンルは、Alcestが始祖と言っても過言ではありません。その後も25年近い活動の中でフルアルバムを7作発表。シューゲイザー路線を突き詰めた4th『Shelter』、日本語タイトルを冠した5th『Kodama』等をリリース。最新作は2024年6月発表した7thアルバム『Les Chants de l’Aurore』。
日本にも影響を受けており、宮崎駿氏の映画やドラゴンボールを始めとしたマンガをお気に入りにあげる。ちなみに2024年現在のネージュは日本語の勉強を熱心にしています。2012、2014、2017年と来日公演を実施。
本記事は、Alcestのフルアルバム7作品とEP1作品の計8作品について書いています。
アルバム紹介
Souvenirs d’un autre monde(2007)
1stアルバム。ポストロック、シューゲイザー、アコースティック等のジャンルが結晶化して生み出される極上のハーモニー。そしてJesuに迫る多幸感と優しいメロディが降り注ぎます。
ブラックメタルを出自にしたというのは聴いている限りでは全く連想できず。それほどロマンティックな音色が紡がれています。教会を燃やすなんてとんでもない。
シューゲイザーやアコースティックの音色を中心に、柔らかなクリーンヴォイスがそよぎます。全6曲は心地良いテンポの曲で占め、いずれの曲もセンチメンタリズムが通底。
さらには生命の誕生を祝福するような壮麗さがあり、ジャケットのようなエメルラルド・グリーンが広がる、そんな印象も受けます。フレンチ・ポップス辺りの影響もあるのか、聴きやすさと上品さもあり。
轟音フィードバックギターの炸裂と哀愁のバランスが絶品の#1、続く表題曲#2は彼等を語る上では欠かせない名曲のひとつ。
永遠の愛と幻想世界を表現したという#5は、美麗な女性ヴォーカルとロマンチシズムに溢れたサウンドが強く胸を打ちます。
心休まる優しい音、降り注ぐ柔らかく清らかな光、夢の中にいるような温かい時間。自身の幼少の頃の神秘的体験を音楽でどこまでも美しく彩っていく彼の真骨頂を聴かせたような1stアルバムです。
わたしはこの作品に出会って、音楽の幅を広げられたなあと改めて実感しています。
Ecailles De Lune(2010)
2ndアルバム。フランス語で”Ecailles De Lune = 月の鱗”と題されていますが、温かみと生命力が漲っていた1stアルバムからは変化しています。
シューゲイザーの要素や神秘的な美しさを湛えた作風は踏襲されていますが、深い陰りを帯びたメロディが軸にあって、ブラックメタル要素が復活。それこそAmesoeursのサウンドがこちらにも随分と持ち込まれた印象を受けたりもしました。
前作がジャケ写のような生命力に溢れた緑なら、本作は闇に溶け込む寸前の藍色というのは合っている。
#5『Solar Song』が陽性の温もりと浮遊感に満ちた前作に近い曲ですが、他の曲では美しい響きの中に憂いや切なさといったものを強く感じさせます。
さらに前述したようには壮絶な絶叫やブラストビートといった過激なブラックメタル・パートが一部の曲で復活。表現の振り幅はより広く、感情の揺れはより大きくなっています。
特に#3「Percees De Lumiere」は何度聴いても胸にこみ上がってくるものがあり、悲痛なまでの絶叫とノスタルジックで美しいメロディが鬱蒼とした森の深奥へと祈りを捧げるかのような名曲です。
その中でも19分にも及ぶ組曲形式のタイトルトラック#1、#2の完成度に惚れ惚れ。明暗の濃淡、情感の緩急がつくことで曲のドラマティックな展開も見事に引き立っています。
悲劇的なムードを漂わせながらも人の心を直接なでる彼の音楽は、本当に底が知れない。独特のロマンチシズムに溢れたAlcestの音楽は、あらゆるジャンルの境界線を越えていくものといえます。
Le Secret(2011)
2005年リリースした2曲入り2nd EPの再録盤。全4曲約54分収録。両曲共に約13分を数える「Le Secret」と「Élévation」をそれぞれ2011再録Ver(#1、#2)、2005年原曲Ver(#3、#4)の2パターン収めています。
原曲の方から言及すると、当時は20歳だったネージュのソロ体制であって歌・演奏ともにワンオペで全て対応している。シャリシャリとした荒い音質、トレモロと金切り声、高速ドラムとブラックメタル特有のフォルムを活用。その上で演奏に埋もれ気味のか細い歌声やアンビエントな音色をドッキングさせていたことがわかります。
凶暴な音像に神秘性を落とし込む。まだプロトタイプとはいえ、彼のスタイルはすでにある程度は確立されていたかと。
2011年のリメイク版はドラムのWinterhalterが参加。明らかなプロダクションの向上があり、2nd『Écailles de lune』通過型といえる月明かりのご加護を受けた叙情性と神秘性に磨きがかかっている。一応、原曲の方でも確認できるとはいえ鳥のさえずりや美しいアルペジオ、神聖なコーラスといったものの貢献度がより高くなっている印象。
#1「Le Secret」はハーモニーとフェアリーランド属性が高まり、#2「Élévation」は荒涼とした中にも温かみと神秘性が注入されていて、原曲の凶暴性を少しだけ丸めながら2011年現在の美的感覚でコーティングされています。
ちなみにwikipediaを参照すると「Le Secret」はネージュが17歳のときにつくった曲。そして「Élévation」の詩はボードレール『悪の華』に収録された同名詩「高翔(Élévation)」から引用されたものです。
改めて本作について述べておくと、STEREOGUMが2014年初頭に掲載したコラム【Alcest’s Shelter And Metal In A Post-Deafheaven World】にて著者のマイケル・ネルソン氏は本作について”コクトー・ツインズとBURZUMのコラボしたようなサウンドになっていた。 これがブラックゲイズの誕生であり、おそらくアトモスフェリック・ブラックメタルの最も重要な分派である“と述べている。
デビューEPにして重要な作品であることは間違いありません。
Les Voyages De L’ame(2012)
3rdアルバム。これまでの集大成であるとネージュ自身が発言していますが、確かにこれまでの作品を通した上で諸要素が絡み合い、実に彼らしい儚い美しさと幻想性を持ったサウンドが鳴り響いています。
本作はどちらかといえば、1stアルバムの頃のようにポストロックやシューゲイザーに寄った繊細で切ない曲調が多い。
聴いているとエメラルドグリーンに輝く草原、清涼な川、幻想的な森、澄みきった青空など豊かな自然が浮かんでくるほど。温かな郷愁や希望に満ちていて、人々を魅了するエネルギーが力強く宿っています。
特に先行シングルとなった#1「Autre Temps」がそれを強く感じさせる楽曲で、メランコリックな旋律と気品ある美しいストーリーに思わず涙腺が緩む。Alcestの入り口として最適な曲のひとつ。
クライマックスに向けて美と郷愁の度合いを強めていく表題曲#3にしても泣けます。前作のように#2や#6では耳をつんざく絶叫、肌を刺すトレモロ・リフが飛び出してブラックメタル色に染まりもします。
それでも美的表現の一部に内包してしまうことで、壮麗でロマンティックな音色は最後まで貫かれます。
全編にわたって煌く叙情感覚は夢のようなメロディーを紡ぎ出し、ネージュの繊細な歌声が天使や妖精が戯れるような不思議な異世界へと連れて行く。フェアリーランド創造主とでも呼ぶべき真骨頂が本作で発揮されています。
これまでの作品を経て、Alcestが辿りついた境地。全8曲約50分には、人々の琴線に触れる大きな感動が詰まっています。
Shelter(2014)
4thアルバム。本作では前々から公言していたように、ブラックメタルの要素を完全に封印。全編に渡って、本格的にポストロック/シューゲイザーに挑んだ一枚となっています。
本作は、プロデューサーにシガー・ロスを手掛けた事でもお馴染みのBirgir Jón Birgissonが務め、数々の名作を生みだしたSundlaugin Studioで録音。
また、スウェーデンのゴシック&ポップ・バンドであるPromise and the MonsterのBillie Lindahlがコーラスで参加し、シガーロスを公私に渡って支えるAmiinaのストリングス隊を起用。
前作までにあった怒りや悲しみから来る苛烈な表現。それは暖かみや優しさに昇華されています。本作は美しいメロディと繊細なクリーン・ヴォイスを主体に、清らかな桃源郷が描かれている。
その象徴が先行曲#2「Opale」であり、穏やかな風が春の香りを運びます。心の奥底に染み渡る様なポジティヴな音の響きが全身を洗い流していくかのよう。
ノスタルジックなトレモロ、女性コーラスを交えた珠玉のハーモニーが印象的な#5「L’Eveil Des Muses」もまた胸を打つ佳曲。神聖なる雰囲気を加味して、絶対的な美と光の結晶を生み出しています。
前述したようにSLOWDIVEのニール・ハルステッドをリード・ヴォーカルに据えた渋味の効いたアコースティック調の#7「Away」から、壮大な歓喜に包まれる#8「Délivrance」による締めくくりは、感動的な流れ。シガー・ロスばりの魂の救済と天上界への誘いがあります。
あらゆる境界線を越えて響き、結び付けていく彼等の音楽はやはり特別な力を持つ。作風ゆえに本作は賛否が最も分かれていますが、わたしは好みの作品。
Kodama(2016)
5thアルバム。妖精系最高峰と呼べそうなほど光属性が強かった前作は、完全にシューゲイザー化した温かみのある作品でした。
本作はあえての日本語タイトル「Kodama = 木霊」。宮﨑駿監督の『もののけ姫』にインスパイアされるなど、日本文化に対するオマージュが込められています(ちなみにネージュが宮﨑駿監督作品について語るインタビュー動画がある)。
とはいえ、いつものようにAlcestらしいフェアリーランドを堪能できる仕上がりにはなっています。揺るがない表現の軸ですね。
音楽性としてはネージュの金切り絶叫、ブラストビートなどが要所に登場していてブラックメタルへの揺り戻しがあり。質感としてもダークでシネマティックな性質が勝っている印象です。
2ndアルバム『Écailles de Lune』に近しさを感じ、#2「Eclosion」や#3「Je suis d’ailleurs」辺りのポストブラック/ブラックゲイズ曲はかなりのインパクトがあります。
シューゲイザー要素や深いノスタルジーの方が前面に出ているとはいえ、このバランスで諸要素を配合して作品の深度につなげる辺りは上手い。
そんな本作で1曲挙げるならば冒頭の表題曲#1「Kodama」。柔らかなノイズ・ギターと銀の光のごときメロディと声によって奏でられるハーモニーが、別世界へと引き込みます。
大きなアップデートはなく、これまでの手法の中で作品のベクトルを変える。それでも、黒さや激しさを加算しても清々しく幻想的な音楽世界が結果としてできあがるのは、Alcestが特別だからでしょう。
Spiritual Instinct (2019)
約3年ぶりとなる6作目。全6曲41分収録。Prophecy Productionsを抜けて、ヘヴィメタルの総本山・Nuclear Blastへ移籍しての作品となります。
というわけで色はだいたい決まってくるわけですが、(宮崎)駿メタルだった前作『Kodama』よりもメタルです。ジブリよりも日本よりも、ルーツにあるのはメタルです。
トレモロギター、ドラムと強度を増し、Neigeの絶叫も痛々しさを突き付ける。モードはジャケットの色合いからいつも判断できるのですが、おわかりの通りに色調は明よりも暗です。
先行シングルとして発表された#2「Protection」や#3「Sapphire」はダークな色合いと肉体的な衝動性が伴った曲であり、淡く幻想的な響きとのバランスを取る中で激へ力点が置かれてます。
夢幻世界の濃度はいつもより薄いと感じますが、彼等らしい雰囲気作りはできている。ハードな部分があるとはいえ、どの曲も美しい余韻を残しながら締めくくられるのがそう思わせるのかもしれません。
”ハァーアー”コーラスとシューゲイズ寄りの空間的なギター意匠というのは、いつだって彼等を支える夢幻創出装置。
本作において核となるのは、ラストに置かれた表題曲#6『Spiritual Instinct』。彼等の場合はだいたい表題曲がそのアルバムで一番良いのですが、今回もそう。
集大成にも思える壮大な曲調による魂の旅路。幻霧と郷愁に包みまれる音像はAlcestで在り続ける証なのです。
Les Chants de l’Aurore(2024)
7thアルバム。全7曲約43分収録。タイトルはフランス語で”夜明けの歌”を意味。フルアルバムとしてはこれまでで最長のインターバルとなる約5年。新型コロナによる隔離に入ったことは関係していますが、バンドが約10年間にわたって制作とツアーを続けてきたことの肉体/精神的疲労があり、1年間は曲を全く書けなかったことをKerrang!やmetal.deのインタビューで明かしています。
また前作『Spiritual Instinct』にはその疲労からくるインスピレーションの枯渇やイライラが暗さとメタル的な強度に表れていたと話す。コロナ期間は立ち直るための休養となり、ネージュが自身の内にある魔法のような別世界と再びつながれたので本作は初期のコンセプトへと立ち返ります。すなわちフェアリーランド浪漫飛行へ聴き手を連れていくこと。
Alcestの作品でいうならば1stや4thアルバムに通ずる光属性・スピリチュアル・ノスタルジアの三要素が結実した讃美歌として本作は響きます。オープナー#1「Komorebi」から柔らかな春の陽光を思わせる温かさ。それでいて安らぎと幻想性が同居する。
その上で”一番の驚きは楽曲の多様性”とネージュは話します(前述:metal.deのインタビュー)。Alcestのプロトタイプといえるシューゲイザー/ドリームポップにほんのりブラックメタルをかすめた曲を筆頭に、ピアノとヴォーカルで構成した#5「Réminiscence」、映画のエンディングのような終曲#7「L’Adieu」まで。
ストリングスや電子音の彩り、90年以上使い込まれているというネージュの祖母のピアノ、多くのゲストを迎えた多様なコーラスワークなどが楽曲を支えています。INVISIBLE ORANGESのインタビューにありますが、”前作はリフ主体だったが、本作はテクスチャ中心でサウンドを豊かなものにしたかった”という言葉通りの仕上がり。
しかし4thのようにブラックメタル要素を魔封波したわけでなく、ネージュの絶叫やブラストビートで冷たく暗い瞬間もあれど、それすらも光のターンに回収。#2「L’Envol」にはそれが表れています。
加えて、和の心を持ったフランス人・ネージュのさらなる”ジャパセスト化”が進行。#1「Komorebi」という日本語タイトル、#3「Améthyste」には日本的なメロディーを入れ、#6「L’Enfant De La Lune(月の子)」では冒頭で日本語セリフまで飛び出します。スパイスに留めているとはいえ、彼がここ数年にわたって日本語を熱心に勉強していることも背景にありそう。
“暗い時代だからこそポジティヴで美しいアルバムを作る”という信念が本作にはあったようですが、生ける者全てに対する祝祭の音楽として本作は鳴る。夜明けの歌は、誰しもを優しく温かく照らします。Alcestはやはり神秘的で光属性が強い方がらしさを感じますね。
どれを聴く?
読んでたらAlcestに興味が湧いたけど、どれから聴けばいいの?
という疑問にお答えしますと、わたしとしてはこれ一択です!
まずこの1stアルバムから、Alcestのフェアリーランドに足を踏み入れてください。