【作品紹介】Lost in Kyiv、映画的なポストロック

 2007年から活動するフランス・パリのインストゥルメンタル・バンド。MogwaiやRed Sparowes、Russian Circlesからの影響されたサウンドに、自らストーリーテラーとして書いたセリフをナレーションとして楽曲に組み込むのを特徴としている。

 バンド名は元ギタリストのひとりが今の妻であるウクライナ人の女性と付き合っていた頃、彼がよくウクライナを訪れていた。ある時にリハーサルに来ず連絡も取れなかったため、”彼がキエフで迷子になった”という冗談がそのまま使われたとのこと(SOUNDS VEGANインタビューより)。なお、バンド名は以前まではLost in Keivでしたが、2026年よりからLost in Kyivに変更。ドラマーの交代とウクライナの状況を踏まえて決断にいたったとのこと(参照:IDIOTEQのインタビュー)。

 本記事は2026年6月にリリースされた5thアルバム『We’re All Going to Be Fine』を含め、これまでに発表されているフルアルバム全5作品について書いています。

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作品紹介

Motions(2012)

 1stアルバム。全7曲約49分収録。Motionsというタイトルはテーマとなっている旅に起因します。Bandcampには以下のコメントが残る。”本作は私たち全員がこれまでに経験した、短くも長くもある数々の旅にインスパイアされたものだ(Bandcampより)”。

 またIDIOTEQのインタビューにおいてバンド結成から本作までの5年間でメンバーチェンジがあり、以前の2人のギタリストがいた時の曲(#3、#5、#6)、今のギタリストとキーボーディストが加わってからの曲(#2、#4、#7)が混在すると話す。その2つの時代に違いはあれど、”ポストロックのメランコリックな瞬間とポストハードコアのヘビーさをミックスした私たちのトレードマークを守った“とのこと。

 そんなLost in Kievの音楽性は轟音系ポストロックに倣うスタイル。長い時間をかけたドラマティックな構築と静動のクレッシェンドが肝です。Red SparowesやMogwai、65daysofstaticといった影響元を明かしていますが、長尺よりもやや短めのスパンで豊かな起伏を描いている。

 その上で自分たちの言葉としてストーリーを伝えるために、詩を書いて朗読(ナレーションといった方がいいかも)のパートを用意しています。映画やテレビからのセリフをサンプリングするバンドが多い中、そこは独自のこだわりポイント。

 #2「A Mere Shift Of Origin」や#3「I’m Stuck」といった曲を始め、映画のような物語性と美的品質を担保しています。しかしながら、ラストトラック#7「The Day I Ruined My Life」ではスラッジメタルに接近する吠えるような咆哮が登場。こういった激しさを有しているのもLost in Kievの特徴です。

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Nuit Noire(2016)

 2ndアルバム。全9曲約52分収録。リリースはDunk!Recordsより。マスタリングをCult of LunaのMagnus Lindbergが担当。Bandcampのリリースインフォによると、コンセプトは”夜の賛歌”とのこと。”夢の夜と孤独の夜への賛歌であり、神秘的でもある“という説明がなされている。

 METAL ORGIEのインタビューによると、前作はスタジオに入る前に完璧に作曲されてそのまま録音されたのに対し、本作は作品の構成段階からプロデューサー・Antony Josseの意見を始め、外部のアイデアを大切にしていたことを明かす。

 そういった前提を踏まえて前作からの違いとなるとエレクトロニックな意匠やポストメタル的な圧の強化、ストリングスの追加。さらにセリフのパートを男女ともアメリカの俳優を起用して録音しています。

 ”映画的なポストロック”はバンド自身も謳っていることですが、サントラというよりもドラマ/映画のワンシーンをつくり出しているような感覚に近い。聴き手が音から映像を想像して嗜む、そんな効能をもたらすことができるのがLost in Kievの良さであると思います。

 エレクトロニックな要素とバンドサウンドが見事に結実した初期の名曲#2「Insomnia」、ポストメタル系の重低音とシネマティックな雰囲気が融和した#4「Nuit Noire」は特に惹かれる曲。また9分にも及ぶ終曲#9「Emergence」には夜明けを喜ぶような合唱まで飛び出してきます。

 夜を徹底的にコンセプチュアルにつづることでバンドの真価を発揮した一作。

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Persona(2019)

 3rdアルバム。全9曲約44分収録。本作よりPelagic Recordsへと移籍。本作のテーマとなっているのは人類と人工知能(AI)。#5「Pygmalion」では”AIが私たち人間よりも敏感になり、人間に近づくという非常にデリケートなテーマを扱っている“と話す(SOUNDS VEGANインタビュー)。

 もうひとつの取り組みに”このアルバムでの主な挑戦は、これまでの長い楽曲と同じ強度で、より直接的で短いポストロック曲を書くこと“をあげています(リリース・インフォより)。その試み通りに尺を4~6分に収めた上で本作はシンセサイザーの活躍ぶりが目立つ。

 テーマとなっている人類とAIの関係性を描く近未来、その言葉を脳内に刷り込むのに適した方法となっています。と同時に従来通りの彼等らしいポストロック的なエネルギーとのバランスも見定めたつくり。冒頭を飾る#1「Pesona」からエレクトロニックのゆるやかな波からギターノイズへと移り行くもので、男女の俳優を起用したナレーションを多用する手法も変わらず。

 取り上げるテーマといい音楽性といい、ドイツの重鎮であるLong Distance Callingが近しい存在になってきたなという印象は受けますね。クラウトロックの参照方法はMaseratiっぽくもありますが。

 冒頭から躍動するベースラインの上をメロディックなギターフレーズが呼応して昂揚感を高めていく#3「The Incomplete」、テクノ感あるRussian Circlesみたいな#8「Thumos」、エレガントな語り口から終盤に轟音系として炸裂する#9「Mecasocialis」など。自分たちが語るべきテーマを設けた中で注聴曲がずらり。

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Rupture(2022)

 4thアルバム。全9曲約51分収録。引き続きPelagic Recordsからのリリース。”Rupture』は世界中で感じられる環境の急激な変化に対するバンドの思いが込められている。気候変動は国際政治の重要なテーマであり、現代文明と自然生命との分岐点について、私たちがどう感じているかを表現するために作られたアルバムです“(リリース・インフォより)。

 繊細なエレクトロニクスとバンド然とした生音の調和というスタイルはそのまま。一番の違いとなるのは、独自性を生み出していた俳優を用いたナレーションを一切使ってないこと。インスト・バンドゆえのストーリーの補完・拡張の役割を思い切って外し、あえての丸腰。

 しかしながら声を完全に排除したわけではなく、#2「Prison Of Mind」にてThe Ocean(Collective)のヴォーカルであるロイク・ロセッティが参加し、彼の滑らかなヴォーカルを介して”人類が毎日何について考える時間を費やすべきか”を説いている。#8「Dichotomy」においてはヴォコーダをつかった遊び心もあり。

 そういった飛び道具はあれど、ポストロックの昂揚感を引き連れてくるバンドサウンドの説得力は#1「We Are」を始めとしてラストの表題曲#9「Rupture」に至るまで揺るぎない。作品全体としてはこれまでの作品から要約した上で、バンドの4人で表現できることにフォーカスしたような印象を受けます。その上で環境破壊という人類が直面している険しい局面が表現されている。

多くのもの(汚染、動物の生態、エネルギー消費)が転換点を迎えている。これらは私たちに影響を与えるものであり、私たちはネガティブにもポジティブにも音楽的に転写しようと試みている

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We’re All Going to Be Fine(2026)

 5thアルバム。全7曲約41分収録。Pelagic Recordsからのリリース。バンド名をLost in KeivからLost in Kyivと改め、創設メンバーであったドラマーが交代。そのため本作を新しいスタートと位置づけます(KeivとKyivのつづりについてなぜ?と思った方は、Yahoo!ニュースのこちらの記事をご参照あれ)。アルバムタイトルは#3「Mantra」で使用した音声サンプルの一部より。”非常にありふれたフレーズで、確かに皮肉なニュアンスを帯びることもあるが、同時に生存本能や一種の慰めとしても機能する“とバンドは説明している(参照:IDIOTEQのインタビュー)。

 本作はこれまでで最もヘヴィなアルバムと自負しており、Russian Circlesに接近した重厚なリフが目立ちます。#2「Burst」~#4「Eclipse」に至る前半は特にその傾向が強く、その上で本来の持ち味である電子音やスピーチサンプルと組み合わせながらバンドを新たな領域へと導いている(補足:「Burst (GUITAR PLAYTHROUGH)動画」にてバリトンギターの同曲におけるチューニングはDROP G#であると本人がコメント)。先行シングルのひとつである#4「Eclipse」はブラスセクションまで盛り込んでおり、増し増しの破壊力と豪勢なハーモニーで昂揚感を煽ります。

 しかしながら嵐は、レーベルメイトであるi HäxaのRebecca(ジャケットの写真も彼女)をゲストヴォーカルとして起用した#5「Becoming」で一旦収まります。重量感をデトックスする透明感戦法が始まり、アルペジオやシンセサイザーが幻想的な雰囲気を生む。そしてデジタル処理の多いi Häxaとは違い、ストレートに響くRebeccaの歌声が夢と現実の間を移ろう脆い状態を表現しています。続く#6「Euphoria」は本作最長の9分に及びますが、2010年代以降のMaseratiかと思うぐらい、人力とエレクトロニクスを巧妙に融合させている。

 ”私たちは力強いテーマに基づいた音楽を常に作りたいと思っていましたが、今回初めてこれまでのアルバムよりも内面的なテーマに焦点を当てることにしました。メンタルヘルスの脆さや人間の精神、自分自身との関係性を探求したいと考えました“と本作について語っています(参照:IDIOTEQのインタビュー)。

 主な影響元としては映画『エターナル・サンシャイン』と『メランコリア』、そしてスイスの精神科医であるユング。特にユングの思想は本作に通底しているものであり、アルバムの最後を飾る#7「Liminality」にてユングのナレーションを使用。”ユングの言葉を引用してアルバムを締めくくることは、感情的に非常に力強いだけでなく、このアルバムにとって完璧な結末だと感じました“とIDIOTEQのインタビューで述べている。ヘヴィさとエレクトロニックな要素との駆け引き、メロディのなじませ方は蓄積ゆえの賜物。バンドの転換期として新たな方向性とエネルギーに満ちた本作は、ここにきて突き抜けた感があります。

MUSIC VIDEO

LOST IN KYIV – Eclipse (Official Music Video)
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