
UKのドゥームメタル・バンド、Warningの中心人物として活躍したPatrick Walkerによるプロジェクト。2009年から始動。プロジェクト名はイングランドのプログレ・バンド、Marillionの楽曲「Emerald Lies」の詞からきている(参照:The Inarguableインタビュー)
前バンドの資質を受け継いたヘヴィな要素を表現しつつ、Patrick Walkerのシンガーソングライターとしての立ち位置がより明確化した音楽を奏でています。始動から2ndアルバムまではトリオ編成。3rdアルバム『Perfect Light』はソロで制作していますが、2024年9月にリリースされた最新作『Little Weight』は再びトリオでの音源となります。
本記事はこれまでに発表されているフルアルバム全4作品について書いています。
作品紹介
The Inside Room(2011)

1stアルバム。全5曲約48分収録。Pitchforkの2011年ベストメタルアルバム第4位にいきなり選出されたデビュー作です。先述したように元Warningの中心人物による新バンドとくれば、重くて暗いサウンドをイメージするのが先入観というもの。
ですが、”ドゥームメタルではない”とPatrick Walkerは物申します。実際に本作をリリースしたレーベルのCyclone Empireが過剰にドゥームメタルに固執して売り出したので、後に関係が破綻している。
そうは言ってもWarningの要素をある程度は引き継いでおり、天も地も揺らぐ重厚さとスロウテンポの進行、1曲平均10分近い尺で構成されているのはその最たるものでしょう。そういった要素はリスナーから求められるところでもある。
違いとしては3人のバンド編成ではありますが、自身のシンガーソングライター的な立ち位置がさらにはっきりしてます。またリフ主導ではなく歌主導。40 Watt Sunではアコースティック・パートの増加に加え、クリーンで明瞭な歌声が響き渡っています。
近しいのはJesuであり、ラストを飾る#5「This Alone」は重い音の壁を前に歌とメロディが穏やかにたゆたっている。#4「Carry Me Home」は特に印象的な楽曲で耳に容赦なく圧し掛かるサウンドに乗せて、故郷とあなたを偲ぶ。
全体を通して一貫したトーンを守り、その上でソフトなタッチが増えたことで前バンドとの差別化は図られています。常に自身の内なる海を創造の源泉として大切にし、研ぎ澄まされた言葉と感情を乗せていく。だからこそ深く沁み通るものがある。
ちなみに前バンド時代から作品について”憂鬱”などのネガティヴな表現が用いられることに彼はこう反論しています。
感情的に落ち込むような曲にするつもりはまったくありません。音楽にネガティブなものはないし、「ネガティブ」な感情を投影したいとも思いません。「憂鬱」と呼べるものもあるでしょうし、もちろん音楽には痛みもあると思いますが、喜びや愛、人生もたくさんあります。悲惨さがバンドにとって何らかの「概念的」であるかのように話すのを聞くと、イライラします。私はただ自分が知っていることを歌っているだけなんです(The Inarguableインタビューより)

Wider than the Sky(2016)

2ndアルバム。全6曲約62分収録。売り出し方でレーベルとはいろいろともめたから、自主リリース。Made in DOOMちゃうぞという意志表明でしょうか。
”削ぎ落としたんじゃない、よりクリーンになったんだ。このアルバムにはギターが以前と同じか、それ以上にたくさん入っている“とVICEのインタビューで答える本作(ちなみに彼は大のインタビュー嫌いであります)。
いきなり過去最長となる16分の#1「Stages」から始まりますが、ギターは確かにゆったりと空間に滲むようであり、歌の背後を併走しています。それに前作以上にアコースティックへの橋渡しやハーモニーを聴かせる場面が増えている。深呼吸できるスペースも十分に確保されています。
#2「Beyond You」ではアコースティックやピアノのしっとりとしたアレンジが、情熱的に歌い上げる様との対比を生む。加えて”結末を探してはいけない 終わりは作られない あなたがこれまで生きてきたすべてのことが、この日々を運ぶだろう 時のしがらみを越えて (#2「Beyond You」)”という詞が沁みます。
ドゥームではないという感触はさらに強まっていますが、ヘヴィではあります。それは音と感情の両面において本質的な重みをもっているからに他なりません。己の表現に誠実であること。Patrick Walkerの核は常にそれです。
だからこそ人生の悲喜交々が交錯する歌集としての魅力がある。それは孤独なマラソンのような人生を送る中で小さな光の粒を探しにいくようであり、共感主義やせっかちになり続ける現代社会へのアンチテーゼでもあります。
なお本作は、Rolling Stone誌による【2016年ベストメタルアルバム20】にて第19位に選ばれています。メタルではないと本人がまたツッコミそうですが。

Perfect Light(2022)

3rdアルバム。全8曲約67分収録。”完璧な光など存在しない。完璧な闇が存在しないようにね”と村上春樹氏なら言いそうなタイトル。これまで固定されていた2人のメンバーが脱退し、フルバンドなしで初めて制作されたアルバムとなりました。
曲ごとに幾人かのコラボレーターを招き入れており、アコースティックを主体に詩的なスタイルを全面的に展開。これまで紐づけられてきたドゥームを対岸に置き、Red House PaintersやCodeineに代表されるスロウコアなムードが大半を占めています。ただ相変わらず曲は長いですが(1曲平均8分強)。
アコースティックギターもピアノも必要以上なものを提供せず優しく寄り添い、リズムはゆっくりと確かめるように鳴らされる。そこに乗るヴォーカルは温かみと渋みの両方を兼ね備えます。冒頭を飾る#1「Reveal」から抑制によってもたらされる美しさを感じさせ、本作での追加要素となる女性コーラスが楽曲を引き立てている。
過去作と一線を引くような静けさが全体に波及。そんな中で言葉へと献身し、語り手として感情を込めるPatrick Walkerの存在感はより際立ちます。#2「Behind My Eyes」は特に素晴らしく、慎重なアプローチの中にあって9分過ぎからの昂揚感あふれるエンディングに涙腺がゆるむ。
#3「Until」はしんみりとした哀歌のように感じられる場面もありますが、それでも明るい兆しや小さな希望がこぼれてくる。復活して以降のAmerican Footballみたいな#5「The Spaces In Between」も登場しますしね。打ち寄せる穏やかな波のようにミニマルな作風とはいえ、ゆるやかな中にも深い味わいがある。
ラストを飾る#8「Closure」は最も素朴なアコースティック調で紡がれ、彼は曲の最後でまっすぐにこう語りかけます。”人生は決して保持できない。ただ生きるだけだ“と。
本作はPitchforkによる【The 38 Best Rock Albums of 2022】に選出されています。

Little Weight(2024)

4thアルバム。全6曲約45分収録。本作はレコード制作のプロセスを簡略化し、バンドの初期のレコーディングのような生々しさと自発性を取り戻そうと決心したとのこと(参照:オフィシャルサイト) 。
TREBLEのインタビューによると具体的にはイギリス南西部の海岸・コーンウォールの小さな村で3週間隔離生活を送り、アルバムの骨組みをつくったそう。
固定された3人のバンド編成で制作されており、音楽的には2ndと3rdをミックスしたイメージが浮かびます。ドゥームにもフォークにも直行しない音楽性を維持しつつ、これまでのキャリアを通して最も温かさと情熱を感じるアルバムに仕上がっている。
#1「Pour Your Love」から重厚なサウンドを再召喚しているとはいえ、温かみのあるディストーションが空間を覆う。駆け足すら許さないペースは変わらずも、情熱的に歌い上げる場面が増えているのは特徴のひとつです。ほろ苦さや物悲しげな雰囲気が流れ込みもしますが、前向きなエネルギーが以前よりも強い。
白眉なのは#3「Astoria」。ギターが築く分厚い層の中でアコギの旋律とPatrick Walkerの歌声が美しい瞬間を生み出し続ける。4分20秒辺りからのギターソロもまたこの詩情に見事に寄り添っています。
”#4「Feathers」は私が書いた曲の中で最高のもののひとつだと思う。 #5「Closer to Life」もそうだと思う。 特にこの2つは非常に簡潔で、余計な装飾がないように感じる(TREBLEインタビュー)”という発言もありますが、曲が少しだけ短くなっているのは手助けになるはず。
だからといって即効性とは無縁。彼の音楽は結論を決して急がず。言葉と芸術は遅く味わうものであるという姿勢は崩しません。喪失感という主題をずっと取り上げ続け、音楽を通して人生の複雑さを語る。それが40 Watt Sunの使命であるかのように。
