耽溺する独特のロマンチシズムに溢れた音楽 Alcest

 2000年にフランスにて誕生したプロジェクト、Alcest(アルセスト)。1985年生まれのNeigeがバンドの中枢であり、始動当初からマルチプレイヤーとして様々な楽器を使い、自ら表現する世界を突き詰めていく。その核には、幼少の頃から夢見てきた、『Faily Land』という空想世界があり、それを音楽表現することがAlcestのコンセプトとなっています。

 音楽としてはポストブラックメタル、ブラックゲイズと言われるものです。出自であるブラックメタルに、シューゲイザーやUKロック、オルタナティブなどが混成した独創的なサウンドであり、その象徴であるのが1stアルバム『Souvenirs d’un autre monde』。ブラックメタルの手法を用いるものの絶叫はなく、幻想的で郷愁を誘うサウンドが世界で賛否を巻き起こしました。その後も彼等は、自らのコンセプトを突き詰め、ファンを獲得しながら自身のフィールドを広げていきました。

 本記事は、Alcestの6作品を追うものです。ちなみにわたし自身、彼等の来日公演を3度拝見(2012年、2014年に2箇所)。その中でも”寺cest”となる合言葉のついた2014年4月の京都・法然院におけるライヴは、特別な時間となっています。

目次

Souvenirs d’un autre monde(2007)

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 傑作と評される2007年発表の1stアルバム。2005年に発売したEPでは出身であるブラックメタルの狂気も聴けましたが、本作には皆無。ポストロック、シューゲイザー、アコースティック等のジャンルが融解して生み出される極上のハーモニー、そしてJesuに迫る多幸感と優しいメロディが降り注ぎます。ブラックメタルを出自にしたというのは聴いている限りでは全く連想できず。それほどロマンティックな音色が紡がれています。教会を燃やすなんてとんでもない(笑)。

 シューゲイザーやアコースティックの音色を中心に、柔らかなクリーンヴォイスがそよぎます。全6曲は心地良いテンポの曲で占め、いずれの曲もセンチメンタリズムが通底。さらには生命の誕生を祝福するような壮麗さがあり、ジャケットのようなエメルラルド・グリーンが広がる、そんな印象も受けます。フレンチ・ポップス辺りの影響もあるのか、聴きやすさと上品さも。

 轟音フィードバックギターの炸裂と哀愁のバランスが絶品の#1、続く表題曲#2は彼等を語る上では欠かせない名曲のひとつ。永遠の愛と幻想世界を表現したという#5は、美麗な女性ヴォーカルとロマンチシズムに溢れたサウンドが強く胸を打ちます。神秘的なメロディが一面に煌びやかな星を落とすような#6はあまりの美しさに酔いしれる。しかしながら、どこか物憂げで哀愁をほんのりと漂わせているのはこれまでの自身の音楽の影響でしょうか。まあ、それがいい塩梅となっていますけどね。

 心休まる優しい音、降り注ぐ柔らかく清らかな光、夢の中にいるような温かい時間。自身の幼少の頃の神秘的体験を音楽でどこまでも美しく彩っていく彼の真骨頂を聴かせたような1stアルバムです。僕はこの作品に出会って、音楽の幅を広げられたなあと改めて実感しています。2007年のわたしのベストアルバム第1位。

Ecailles De Lune(2010)

 約2年半ぶりとなる2ndアルバム(2010年3月リリース)。フランス語で”Ecailles De Lune = 月の鱗”と題されていますが、温かみと生命力が漲っていた1stアルバムとは変化しています。シューゲイザーの要素や神秘的な美しさを湛えた作風は踏襲されていますが、深い陰りを帯びたメロディ軸にあって、ブラックメタルの要素が復活。それこそAmesoeursのサウンドがこちらにも随分と持ち込まれた印象を受けたりもしました。

 ジャケットのように前作が生命力に溢れた緑なら、本作は闇に溶け込む寸前の藍色というのは合ってる気がします。唯一、#5『Solar Song』が陽性の温もりと浮遊感に満ちた前作に近い曲ですが、他の曲では美しい響きの中に憂いや切なさといったものを多分に孕んでいる。聴けば聴くほどにもの悲しさがじわーっと広がっていく感覚さえあります。

 さらに前述したようには壮絶な絶叫やブラストビートといった過激なブラックメタル・パートが一部の曲で復活。表現の振り幅はより広く、感情の揺れはより大きくなっています。特に3曲目 “Percees De Lumiere” は何度聴いても胸にこみ上がってくるものがあり、悲痛なまでの絶叫とノスタルジックで美しいメロディが鬱蒼とした森の深奥へと祈りを捧げるかのような名曲。

 その中でも19分にも及ぶ組曲形式のタイトルトラック#1、#2の完成度に惚れ惚れ。明暗の濃淡、情感の緩急がつくことで曲のドラマティックな展開も見事に引き立っています。悲劇的なムードを漂わせながらも人の心を直接撫でる彼の音楽は、本当に底が知れない。独特のロマンチシズムに溢れたAlcestの音楽は、あらゆるジャンルの境界線を越えていくものといえます。1stに引き続いての快作。

Les Voyages De L’ame(2012)

 3rdアルバム。これまでの集大成であるとネージュ自身が発言していますが、確かにこれまでの作品を通した上で諸要素が絡み合い、実に彼らしい儚い美しさと幻想性を持ったサウンドが鳴り響いています。

 どちらかといえば、1stアルバムの頃のようにポストロックやシューゲイザーに寄った繊細で切ない曲調が多いですね。聴いているとエメラルドグリーンに輝く草原、清涼な川、幻想的な森、澄みきった青空など豊かな自然が浮かんでくるほど。温かな郷愁や希望に満ちていて、人々を魅了するエネルギーが力強く宿っています。

 特に先行シングルとなった#1「Autre Temps」がそれを強く感じさせる楽曲で、メランコリックな旋律と気品ある美しいストーリーに思わず涙腺が緩む。Alcestの入り口としては1stの#2「Souvenirs d’un autre monde」と並ぶ曲。クライマックスに向けて美と郷愁の度合いを強めていく表題曲#3にしても泣けます。

 前作のように#2や#6では耳を劈く壮絶な絶叫、肌を刺すトレモロ・リフが飛び出してブラックメタル色に染まりもします。それでも美的表現の一部として内包してしまうことで、壮麗でロマンティックな音色は最後まで決して褪せません。全編に渡って煌く叙情感覚は夢のようなメロディーを紡ぎ出し、ネージュの繊細な歌声が天使や妖精が戯れるような不思議な異世界へと連れて行く。そんな彼はフェアリーランド創造主とでも呼ぶべきでしょうか。

 素朴なアコースティック・ギターから美麗なアルペジオ、轟音ギターにブラックメタル的な要素に至るまで自身の音楽性を1曲に集約した#6「Faiseurs De Mondes」にしても強く印象に残ります。これまでの作品を経て、Alcestが辿りついた境地。全8曲約50分には、人々の琴線に触れる大きな感動が詰まっています。

Shelter(2014)

 2年ぶりとなる4thアルバム。本作では前々から公言していたように、ブラックメタルの要素を完全に封印。全編に渡って、本格的にポストロック/シューゲイザーに挑んだ一枚となっています。またリリース前から、シューゲイザー四天王の一角であるSLOWDIVE(Neigeが前々から影響を受けたと公言していた)のニール・ハルステッドが参加するという事でも話題を集めました。

 穏やかな風が春の香りを運ぶようなアルバムからの先行曲#2「Opale」が、暖かさと豊かな情緒に溢れた1曲であったことも象徴的でしたど、本作は美しいメロディと繊細なクリーン・ヴォイスを主体に、清らかな桃源郷が描かれています。心の奥底に染み渡る様なポジティヴな音の響きが、全身を洗い流していくかのようで、#4「Voix Sereines」や表題曲#6「Shelter」にしても、美しい音の連なりがロマンティックな夢想世界へと連れていく。ノスタルジックなトレモロ、女性コーラスを交えた珠玉のハーモニーが印象的な#5「L’Eveil Des Muses」もまた胸を打つ佳曲。

 本作は、プロデューサーにシガー・ロスを手掛けた事でもお馴染みのBirgir Jón Birgissonが務め、数々の名作を生みだしたSundlaugin Studioで録音。また、スウェーデンのゴシック&ポップ・バンドであるPromise and the MonsterのBillie Lindahlがコーラスで参加し、シガーロスを公私に渡って支えるAmiinaのストリングス隊を起用。だからなのか、神聖なる雰囲気を加味して、絶対的な美と光の結晶を生み出しています。前作までにあった怒りや悲しみから来る苛烈な表現。それは暖かみや優しさに昇華されています。

 前述したようにSLOWDIVEのニール・ハルステッドをリード・ヴォーカルに据えた渋味の効いたアコースティック調の#7「Away」から、壮大な歓喜に包まれる#8「Délivrance」による締めくくりは、感動的な流れです。「Délivrance」は10分を超える楽曲となってますが、2nd「Écailles de Lune」期ぐらいの陰りを帯びたメロディが交錯する薄闇の中で、シガー・ロスばりの魂の救済と天上界への誘いがあります。あらゆる境界線を越えて響き、結び付けていく彼等の音楽はやはり特別な力を持つ。その作風ゆえに賛否はわかれそうですが、僕としては好みの作品。

 なお、限定版に付属しているボーナスディスクには#9「Into The Waves」が収録されています。この曲は確かにアルバムの雰囲気とは異なるために本編収録を見送ったことが明白に伝わりますが、Billie Lindahlをメイン・ヴォーカルに据えた麗しのインディーロックで聴く者を魅了します。同郷のSad Day For Puppetsにも通ずる、幼げな女性ヴォーカルと清涼感あるサウンドとのコンビネーションが非常に心地よい。

Kodama(2016)

 約2年半ぶりとなる2016年発表の5作目。妖精系最高峰と呼べそうなほど光属性が強かった前作は、完全にシューゲイザー化した温かみのある作品でした。それが要因で彼等のカタログの中でもっとも賛否両論が巻き起こったものです。僕としては好きな作品でしたが、ブラックメタル要素の封印には「牙の抜け落ちた檻の中の虎よ」と言われてもおかしくなく、物足りなさを覚える人が多々いたのもうなずけます。

 そして、この『Kodama』です。あえての日本語タイトル「Kodama = 木霊」、宮﨑駿監督の『もののけ姫』にインスパイアされるなど、日本文化に対するオマージュが込められています(ちなみにNeigeが宮﨑駿監督作品について語るインタビュー動画がある)。その辺の感覚というのは、僕は聴いていてもあまりわからなかったりしますが、いつものようにAlcestらしい夢幻世界を堪能できる仕上がりにはなっています。揺るがない表現の軸ですね。

 音楽性としてはNeigeの金切り絶叫、ブラストビートなどが要所に登場していてブラックメタルへの揺り戻しがあり。質感としてもダークでシネマティックな性質が勝っている印象です。2ndアルバム『Écailles de Lune』に近しさを感じ、#2「Eclosion」や#3「Je suis d’ailleurs」辺りのポストブラック/ブラックゲイズ曲はかなりのインパクトがあります。シューゲイザー要素や深いノスタルジーの方が前面に出ているとはいえ、このバランスで諸要素を配合して作品の深度につなげる辺りは上手い。

 そんな本作で1曲挙げるならば冒頭の表題曲#1「Kodama」。柔らかなノイズ・ギターと銀の光のごときメロディと声によって奏でられるハーモニーが、別世界へと引き込みます。大きなアップデートはなく、これまでの手法の中で作品のベクトルを変える。それでも、黒さや激しさを加算しても清々しく幻想的な音楽世界が結局できあがるのは、彼等が特別だからなのでしょう。

Spiritual Instinct (2019)

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 約3年ぶりとなる6作目。全6曲41分収録。ボクたちのProphecy Productionsを抜けて、ヘヴィメタルの総本山・Nuclear Blastへ移籍しての作品となります。というわけで色はだいたい決まってくるわけですが、(宮崎)駿メタルだった前作『Kodama』よりもメタルです。ジブリよりも日本よりも、ルーツにあるのはメタルです。

 トレモロギター、ドラムと強度を増し、Neigeの絶叫も痛々しさを突き付ける。モードはジャケットの色合いからいつも判断できるのですが、お分かりの通りに色調は明よりも暗です。先行シングルとして発表された#2「Protection」や#3「Sapphire」はダークな色合いと肉体的な衝動性が伴った曲であり、淡く幻想的な響きとのバランスを取る中で激へ力点が置かれてます。

 夢幻世界の濃度はいつもより薄いと感じますが、彼等らしい雰囲気作りはできている。ハードな部分があるとはいえ、どの曲も美しい余韻を残しながら締めくくられるのがそう思わせるのかもしれません。”ハァーアー”コーラスとシューゲイズ寄りの空間的なギター意匠というのは、いつだって彼等を支える夢幻創出装置。

 本作において核となるのは、ラストに置かれた表題曲#6『Spiritual Instinct』。彼等の場合はだいたい表題曲がそのアルバムで一番良いのですが、今回もそう。集大成にも思える壮大な曲調による魂の旅路。幻霧と郷愁に包みまれる音像はAlcestで在り続ける証なのです。

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