
2010年にアメリカ・カリフォルニア州モデストで結成された初期は6人組、現在は5人から成るシューゲイザー・バンド、Whirr(読み:ワー)。中心人物となるギタリストのNick Bassettは初期のDeafheavenやNothingで活躍したことでも知られます。ちなみに結成当初は”Whirl”名義でしたが、名称が商標登録されて訴訟リスクがあったため、現名義に変更。
My Bloody ValentineやSlowdiveに影響を受けたサウンドに、ハードコアやパンクのイカツさを加味したヘヴィなシューゲイズが特徴で2011年リリースの1st EP『Distressor』から話題の存在となります。2012年に1stアルバム『Pipe Dreams』、2014年に2ndアルバム『Sway』を発表。
結成当初から女性ヴォーカリストを3人起用するも安定せず、1年ごとに脱退。2013年途中から男性5人組バンドとして活動しています。その裏でソーシャルメディアで悪口を投稿するようになり、徐々にエスカレート。行き過ぎた結果が2015年に投稿されたハードコアパンク・バンドのG.L.O.S.Sに対する差別的発言であり、即時レーベル解雇となって表舞台から姿を消します。
その後は2024年の現在にいたるまでライブ活動は一切行っていません。ですが、2019年10月に3rdアルバム『Feels Like You』、5年後となる2024年のクリスマスには4thアルバム『Raw Blue』を発表。自らの発言によって居場所を失ったバンドですが、記事執筆時の2024年12月末にてSpotifyの月間リスナー数が70万人を超えており、フォロワーも後を絶たないぐらいの影響力を持っている。
本記事では最新リリースとなる4thアルバム『Raw Blue』を始め、これまでに発表されているフルアルバム全4作品、EP2作品について書いています。
※2025/1/23追記:アメリカのシューゲイザー・フェスの”Slide Away”にて約10年ぶりとなるライヴ復帰が発表されました(記事ソース:STEREOGUM)。
アルバム紹介
Distressor(2011)

1st EP。全7曲約25分収録。ミックスと録音にJack Shirleyを起用。リリース当時はWhirl名義であり、6人編成です。初代の女性ヴォーカリスト、Byanca Munozが在籍(本作にて脱退)。
全フルアルバムを差し置いてでも代表作に挙げたいのが本作です。意識や感覚を惑わせる轟音ノイズ、Byancaの儚くもか細い歌声、メランコリックなメロディのどれもが品質が高い。スロウダイヴ寄りの甘美なハーモニーとまどろみのサウンドによって深く堕ちていく感覚があります。
柔らかなギター・インストゥルメンタル#1「Preface」から繋がる#2「Leave」のスネア一発後に魔法がかけられ、トリプル・ギターが織り成す幻想と甘い声にとろけていく。心も身体も陥落させる「Leave」はSpotify再生回数1700万回を超す代表曲として燦然とした輝きを放っています。
そして陶酔度を増していくヘヴィシューゲイズ#3「Blue」、前述したスロウダイヴを思わせる#4「Ghost」へと続いていく。本作随一の疾走感を持って青春を駆け抜ける#5「Meaningless」はPains~やRingo Deathstarrにも通ずる清涼感と疾走感。
シューゲイザーの王道を踏襲するように男女ヴォーカルの掛け合いもありますし、茫洋とした音像にある浮遊感とメランコリックなムードは人を惹きつけるものです。#7「Sandy」はミステリアスな雰囲気で締めくくられますが、この謎めいた終着がWhirrを気になる存在とインプットさせる。EPにして代表作。

Pipe Dreams(2012)

1stアルバム。全10曲約36分収録。引き続きJack Shirleyが録音まわりを担当。EarthlessやKadavarなどをリリースするTee Pee Recordsからリリースされたことに当時は驚いたものです。タイトルは(空想的な)夢物語といった意味。女性ヴォーカルがAlexandra Morteに交代しています(本作で脱退)。
吹き抜ける春風のように温かく爽快な疾走感、青春の甘酸っぱい響き、そして轟音ノイズによる甘美な陶酔感。シューゲイザー新世代の挑戦状となったのが本作です。今でいう”キュンです”を地で行くそのサウンドは引き続き好調。
ミドルテンポの曲が中心だった前EPよりも疾走感のある曲が増えているのは本作の特徴といえます。7inchシングルとして先行発表の#2「Junebouvier」を筆頭に、甘く蒼く眩い音の洪水には抗うことはできそうもないです。Pains~やRingo Deathstarry寄りになったといえるかも。
しかしながら前作での幻想的なサウンドデザインはもちろん受け継がれています。#4「Flashback」や#8「Hide」の白昼夢には、90年代のシューゲイザー・バンドが浮かんでくる人も多いはず。
前任者と比べるとAlexandraは淡く、声がそよ風に乗せられてる感がありますかね。Byancaと微妙な差異でしかないですし、女性ヴォーカルがいるのが何より大事だということでしょう。
シューゲイザーに根差している本作ですが、楽曲によってはギター・ポップやUSオルタナティヴといった要素が増して多方面にアピールできる仕上がり。フレッシュな勢いと幻想性の中でまどろむことのできる逸品。

Around(2013)

2nd EP。全4曲約28分収録。お約束なのか1年ごとに女性ヴォーカルは代わります。本作ではKing Womanの首謀者であるKristina Esfandiariが務めています(本作で脱退)。
シューゲイザーという根幹は揺らぎませんが、Pains~等に接近する瑞々しい疾走感のある曲はなくなりました。1st EP『Distressor』期のようにスロウ~ミドルテンポを中心とした重厚夢現シューゲイズですが、清涼感や盛り上がりと引き換えにダークサイドに堕ちた感があります。
楽曲は平均7分と長尺化し、没入感を得られるようにじっくりと展開。リバーブのかかった歌やドラム、クリーントーンとノイズをもたらすギターが仄暗い闇からうっすらとした光をもたらします。
ひたすらに物悲しい雰囲気に支配されている#1「Drain」、心を閉じ込める幻霧のような音像とKristinaの安らぎの歌で引っ張る#2「Swoon」。この流れからして以前との違いを感じるはずです。
憂いを帯びたJesuっぽい雰囲気を持つうえでスロウコア的な成分も含まれていて、どこか湿っぽく孤独感を味合わせる場面もある。#3「Keep」はそれが如実に出ていますし、ゆったりとしたテンポでメランコリックに締めくくられる#4「Around」もまた味わい深い。4ADやゴシックの要素もあり、幽玄なムードが漂っています。

Sway(2014)

2ndアルバム。全8曲約36分収録。プロデューサーがJack ShirleyでミキシングをWill Yipが担当。
これまでの3作品(EP/アルバム)ごとに女性ヴォーカリストが違う、それどこのブラック企業?状態でしたが、メンバーが安定しないから一旦とりやめに。男性ヴォーカルとギターを兼任していたLoren Riveraがそのままメインへと移行しています。
音楽的にはEP『Around』ほど暗鬱なトーンで覆ってはいません。代わりにディストーションの音壁と強烈なリズムによるどっしり系シューゲイズはさらに迫力マシマシ。”Sway = 揺れる”中で音のへヴィさは全アルバムの中で一番に思えます。
パワフル一閃な#1「Press」の疾走&躍動のオープニングを経て、#2「Mumble」では三半規管にのしかかる歪みと重みの裏で、しなやかなメロディが深い霧の中を伝ってきます。また#5「Heavy」は前作でも感じた陰鬱なるJesuのように思えてくる。
そういった楽曲でうつむき加減を加速させつつ、#4「Clear」や#6「Sway」では透明感あふれるギターが陶酔を全身に染み渡らせます。シューゲイザー推奨キットのひとつである女性ヴォーカルを手放したとはいえ、ジャンル特有のマナーは継続踏襲。
なお本作はシューゲイザー・ディスク・ガイドにて”抑制の効いたギターは『Souvlaki』、重厚なドラムは『Isn’t Anything』というふうに、MBVやスロウダイヴからミッドテンポの曲だけ抽出したよう“と紹介されています。

Feels Like You(2019)

3rdアルバム。全10曲約45分収録。冒頭にも書いた差別的発言により、レーベルを追い出されたため自主リリース。当初はアナログ限定650枚のみでしたが即完売。またオンラインでリークされたことでBandcampで正式リリースされました。タイトルはおそらく#2「Wavelength」の一節から。
ラブロマンス映画の幕開けかと思わせるピアノが登場する#1「Mellow」には驚きましたが、70秒後にはWhirr本来の姿が浮かび上がってきます。しかしながら以前と比べると柔らかく落ち着いた雰囲気を持ち、ミドルテンポでのっぺりと進行。淡い月明かりの下でリバーブと歪みによる抽象的な音像はおぼろげに揺れ動いている。
そして静かにささやくような歌声はこれまで以上にはっきりしない。クリーントーンの美、”わたしとあなた”を中心に展開する歌詞ははっきりした部分といえそうですが、本作は漂っている。ただ漂っています。Whirrのオリジナルアルバムでは最も統一された雰囲気を持ち、なおかつシューゲイザーの純度が最も高い。
#2「Wavelength」のようにかつての名残のような重厚さを引きずる場面もあるとはいえ、子守歌のような優しく幻想的な音色が終始続く#5「Before You Head Off」、スロウダイヴの3rd『Pygmalion』チックな氷冷感ある#8「Vividly」、映画のセリフをサンプリングして官能的なムードを持つ#10「Under the Same Name」と新たな面を聴かせています。
それにしてもライブ活動は一切行っておらず、サプライズ・リリース。とはいえ#3「Younger Than You」のSpotify再生回数1500万回以上という化け物じみた数字を見て、Whirrの人気はさらに高まっていることを感じさせます。

Raw Blue(2024)

4thアルバム。全10曲約46分収録。2024年12月25日の聖夜に突如、Bandcampでリリースされて驚きました(CDやLPなどのフィジカルは2025年4月)。執筆時点の12月28日時点で作品に対しての声明がほとんど公開されてませんが、メンバーの入れ替わりはおそらくないと思われます。
音楽的には2nd『Sway』と3rd『Feels Like You』を3:7ぐらいの配合比率といった印象。初期の若人らしい瑞々しさや疾走感からはやっぱり離れており、人生のほろ苦さを暮れなずむ青と共に描いている。
ドリームポップの柔らかな聴き心地からヘヴィシューゲイズの先駆けとなったどっしり感までの往復書簡。その中で歌詞は前作同様に”わたしとあなた”を軸とした物語となっており、それをささやくように歌っています。続編かのように作品のムードは3rdアルバムに近い。ですが、ロマンチックさは少しばかり控えめにしてその分を2ndアルバムの冷ややかさや重厚さでくるんでいるように感じます。
基本的にはWhirrの固定化されたモチーフで構成されていますが、#3「Swing Me」のシンセサイザーのアクセント、#10「Enjoy Everything」での宵闇に流れていく金管楽器の音色と新たな感触もある。それでも#1「Raw Blue」~#2「Collect Sadness」の耳を覆うギターノイズ、哀感の濃い歌を聴いてると胸にくるものがあります。別離の青も悲しみの青も痛みの青も携えたその言葉と音は、波のように打ち寄せる。
なお本作と同時リリースで『Speeding / Busy』という2曲入りシングルも発表。こちらの方がシューゲイズ要素は薄めで、しっとりとした歌ものとして成立させている。アルバム同様にチェック推奨。

補足情報
音楽ライター・Eli Enis氏が運営する個人メディアのChasing Sundaysにて、2024年5月にNick Bassettのロングインタビューが掲載されました。インタビュー嫌いでおちょくった回答ばかりをしていた過去のものと比べると、”最初で最後の正直なインタビュー”と書かれている通りの誠実なものになっている。
読むのに10分以上はかかるぐらい長いですが、内容は非常に濃い。彼の生い立ちから、バンドの詳細なバイオグラフィー、3人の女性ヴォーカル交代の経緯、そして弱虫を排除すると題した言動についてなど。表舞台からキャンセルされたバンドゆえにWhirrに関する記事自体が少ない中、本記事を制作する上でこのインタビューは大いに役に立ちました。
ちなみに脱退した3人のヴォーカルの変遷は引用すると以下のようです。
① Byanca Munoz:2010-2011在籍し、デモ音源と『Distressor』に参加。Nick Bassettの幼馴染で高校まで一緒だがろくに話したことはないらしい。でもヴォーカルを引き受けてもらえて歌うことになった。ただシューゲイザーのことは全く知らず、ライブは何回かやったけど”これは違う”となって別れた。
② Alexandra Morte:同じモデスト出身のシンガー。2011-2012在籍。1stアルバム『Pipe Dreams』に参加。キーボードが弾けて、スロウダイヴをちゃんと知っているし、歌も良い。一時期は上手くいっていてSXSWにも参加したが、途中でツアーに参加できなくなって別れた。
③ Kristina Esfandiari:現King Womanの首謀者。2012-2013在籍。EP『Around』に参加。最初の方はうまくいっていたが、ライブで自分の歌声が消されるくらいのうるさい演奏にKristinaがイライラし、その苛立ちが日に日に高まって別れた(追い出したとも記述されている)
またインタビュー中には、”事態が手に負えなくなり、誰かの人生に実際に影響を与える可能性があることを、心からお詫びします。(中略)みんなに同情してほしくない。私は大失敗をした。大きな間違いを犯した“と述べている。
最初に記述したようにWhirrはあの騒動があった2015年以降、ライヴ活動をせずに隠遁生活の中で音源制作・発表のみを行っています。だからといってライヴしないことが禊ではないし、音源をリリースすることも禊ではない。”何が起ころうとも、私たちには永遠に汚名がつきまとう“という発言もありますが、Whirrは後悔と苦悩をずっと抱えて活動を続けていくしかないのだろうと思います。