2024年よかった本まとめ

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2024年よかった本まとめ④

三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

自分から遠く離れた文脈に触れること
ーそれが読書なのである

なぜ働いていると本が読めなくなるのか』より

 明治から現代に至るまでの人々と読書の位置づけ、背景にある労働について書かれた本です。『花束みたいな恋をした』の主人公のひとり、麦(演:菅田将暉)が就職前はあんなに熱心にエンタメを受容してイラストも書いていたのに、就職してからはパズドラしかできなくなり、ビジネス書を読んで社会人化していく。それがなぜなのか?という着想が本著執筆の動機にいたっている。

 スマホやyoutubeの消費よりも読書や映画はエネルギーがいるのは確かです。もちろん音楽を聴くに通ずる部分もあります。大半の人にとって収入の柱であるメインコンテンツの”仕事”に対し、読書等の優先順位が下がるだろうし、時間を割くモチベーションもなくなるのは仕方ないかなと。

 しかしながら著者の三宅さんが終盤で提言する”半身で働こう”は私個人としても納得する部分。自分は半身で正業して、半身でこの音楽ブログを書いていると言えますんで。それができるような正業を選んでいる。とはいえ、このブログは人間として多少狂ってないとできないですが。

 副読本として稲田豊史氏の『映画を早送りで観る人たち』、レジー氏の『ファスト教養』がオススメです。背景にある日本の労働環境や社会構造で言わんとしていることは似ています(本書にも多数引用されている)

大切なのは、他者の文脈をシャットアウトしないことだ。仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れる。仕事以外の文脈を思い出すこと。そのノイズを、受け入れること。それこそが、私たちが働きながら本を読む一歩なのではないだろうか

なぜ働いていると本が読めなくなるのか』より

森博嗣『静かに生きて考える』

世の中は騒々しく、人々が浮き足立つ時代になってきた。そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?作家森博嗣が自身の日常を観察し、思考した極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を生き抜くための智恵を指南する。

静かに生きて考える』 商品紹介より

 エッセイ40回分をまとめた書籍。これまでの新書等で読んだ森博嗣節が効きまくってて、合理的な考えを淡々と述べていく。平常運転といえばそう。大抵の人は森先生を偏屈な人だと思うでしょう。ただ、氏の愛犬の写真がいっぱい載っているのがいつもと違いますね。

自分をどうでも良い人間とみなすことで、初めて自分だけに焦点が絞られ、自分の可能性のようなものが少し見えてくる。何かを成し遂げようと力まない方が良い。そんな「生き甲斐追及」にこだわらず、まずは自分自身をあきらめるところからスタートすると、気持ちが楽になる。気合を入れず、意気込みを持たず、信念や期待を手放し、素直に静かに生きていれば、そこそこは楽しい日々になる

静かに生きて考える』 p88より
ベストセラーズ
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鈴木忠平『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』

北海道日本ハムファイターズのボールパーク構想が生まれたのは2010年。そのプロジェクトリーダー、前沢賢を主人公に、新球場建設地が決まるまでの人間模様を描いたノンフィクション。札幌市か北広島市か――。札幌市役所の思い、北広島市役所の思い、住民の声も拾いながら、話は前へと進んでいく。思いは皆ひとつだった。

アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』 商品紹介より

 エスコンフィールドHOKKAIDOの移転決定までの舞台裏詰め合わせノンフィクション。球団関係者、北広島市と札幌市の職員たちが繰り広げた人間ドラマの悲喜交々。それを『嫌われた監督』でお馴染みの鈴木忠平氏が叙情と熱量をもって読ませる。中日ドラゴンズファンのわたしにとっても読み応えありすぎて感嘆しました。

現存するスタジアムとまだ見ぬボールパーク。その狭間で人間とはいかに形あるものに囚われる生き物であるか、目に見えないものを想像することがいかに難しいものであるかを思い知った

アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』 より

谷川嘉浩『スマホ時代の哲学』

 スマホがもたらす”常時接続の世界”を生きていく上で過去の哲学者たちからの引用、エヴァンゲリオンなどのシチュエーションからの考察を基に必要な「孤独」、それを確保するための「趣味」について論じる。この本、めちゃくちゃ良かったですね。

 本書に出てくる”加持リョウジのスイカを育てる行為”が、わたしにとっては”当ブログを書くこと”が相当すると思います。「趣味がもたらす孤独を通じて、つらいことをワークスルーすることが主体を優しく変化させるのであり、それは生きる上でとても大切なのだと言いたかったのでしょう(p277)」と書かれますが、人にやさしくなるどころか人としてどんどん偏屈になっていくのですが、自分は大丈夫なのかとも思う。

私たちはまだ終わってない一つの曲のようなものです。でも、最初からすべてを設計して作り上げる類の作曲でありません。私たちの生は、常に即興による作曲です。ジャズのインプロビゼーションのように、互いに探りながら始まった音楽に、その場にいる人が加わって、いつ終わるかもわからない。こんな風に音楽を即興で構築することとして、自己形成を捉えるときっと深刻さは減るんじゃないでしょうか?

スマホ時代の哲学』 p306より
ディスカヴァー・トゥエンティワン
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戸田真琴『そっちにいかないで』

「切るなら、 机でも、皮膚でもなく、見えないものを切らないといけないんだ」(本文より)

毒親との生活。はじめての恋。AVデビューと引退。「あたたかい地獄」からの 帰還を描く、著者渾身・初の私小説。

そっちにいかないで』商品紹介より

 自伝ではなく私小説。前2冊のエッセイを読んでいますし、彼女の映画『永遠が通り過ぎていく』も観ているので多少は知っている部分があります。毒親、デビュー、ブログ/エッセイ/映画など。ちなみにいうと『永遠が通りすぎていく』は舞台挨拶付きでシネマスコーレで観ました。

 3篇の私小説を通して描かれるものは、俯瞰しているようで生々しい感情が伴っている。事実なのか虚構なのか。花道なのか、茨道なのか。読んだら生き様とは簡単に言えません。でもただただ読めて良かった書籍です。

肝心なものは皮膚の中にしまったままで、どんなときに、どんなふうにまつげをわずかに伏せるのか、指先がぴくりと動くのか、頬がひきつるのか、髪が揺れるのか、そういう細部からほんとうのその人が生きた証しと、なにを表層に置こうと選択するかの美学が見える。 どんな部分を外に魅せて、どんな部分をしまっておくか、その選択が美学だ

そっちにいかないで』p130より
太田出版
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お読みいただきありがとうございました!
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