【アルバム紹介】Have A Nice Life、コネチカットからの劇薬

 アメリカ・コネチカット州を拠点に活動する2人組。Dan BarrettとTim Macugaによって2000年に結成されました。My Bloody Valentine、Joy Division、New Order、Earth、Sunn O)))、Xasthur、Nine Inch Nails、Swans、Sisters of Mercy、 Kraftwerkを影響元にあげ、暗く実験的なサウンドを志向。

 2008年に1stアルバム『Deathconsciousness』を発表。当初はほとんど無風状態でしたが、Redditや4chanといったオンライン・コミュニティを中心に口コミが広まり、数年かけてカルト的な支持を集めます。同作は2019年のRoadburn Festivalにて完全再現されるに至る。

 この1stアルバムの大きな成功を持ってThe Flenserと契約。2014年に2ndアルバム『The Unnatural World』、2019年に3rdアルバム『Sea of Worry』を発表しています。

 暗く実験的でまるで万人受けしない音楽にもかかわらず、2024年現在でSpotifyの月間再生リスナー数が80万人以上を誇る。ちなみにDan Barrettは不動産マーケティング代理店の経営、Tim Macugaは英語と歴史を教える高校教師を正業にもち音楽活動を行っています(出典:Revolverの記事)。

 本記事はこれまでに発表されているフルアルバム全3作品について書いています。

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アルバム紹介

Deathconsciousness(2008)

 1stアルバム。全13曲約85分。アートワークは1793年にジャック=ルイ・ダヴィッドが描いた『マラーの死』を採用。1000ドル未満の予算でレコーディングしたダブルアルバムでDISC1『The Plow That Broke the Plains(1~7曲目)』、DISC2『The Future(8~13曲目)』と題されています。

 記事執筆時(2024年6月)のSpotify再生回数をみると#1「A Quick~」が4200万回、#2「Bloodhail」が3700万回で他にも1000万回を超えてるのが3曲ある。なんのバグ??かと思いきや事実でございます。しかしながら万人にウケるアルバムではないことは明らかだからこそ、バグだと思いたくなるもの。

 本作は死の臭いが常に漂い、静かで暗い儀式がずっとずっと続きます。ベースとドラムはポストパンク的なリズムを刻み、アトモスフェリックな空間構築の手法にはポストロック/シューゲイザーのアプローチが使われ、栄養価が足りないヴォーカルが乗っけられる。

 それにゴシックやブラックメタル、トリップホップといった暗鬱と結びつく要素も大いに取り入れられています。何よりも音の物理的な重さよりも精神面に焦点をあてた重さがある。”圧倒される”という類のものではなく、心や感覚にひたすら不気味に忍び寄るといったイメージ。その上で見えている世界を変えてしまう。Joy DivisionやPortisheadを魔改造したような印象もありますね。

 ストレートなポストパンク#2「Bloodhail」、音数を徐々に増やしながら10分近くかけて悲壮感を充填していく#4「Hunter」といった前半は有機的な色調。後半『The Future』の方はよりエレクトロニック/インダストリアルな質感が増し、暗鬱な葬送歌は加速。

 #8の曲名は直訳すると”ブラックメタルのレコードが郵送で届くのを待っている”であり、謎のユーモアも発揮。そもそも”いい人生になりますように”というバンド名の時点で皮肉が効きすぎてる。

 ”死の意識”と題された本作にはダン・バレットが執筆した”架空の宗教宗派の指導者であるアンティオコスの生と死、そして教え”という創作物語が70ページのブックレットとして付属。それがカルト的な人気をより加速させる(Bandcampで購入してもPDFで物語は読めます)。

 死が常に隣り合わせにあることをほのめかすようにこのレコードは鳴っています。

メインアーティスト:Have A Nice Life
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The Unnatural World(2014)

 2ndアルバム。全8曲約47分収録。The Flenser Recordsからリリース。”一般的に世界を信頼できないという現実を扱いたい“とThe Seventh Hexのインタビューで語っています。そして苦悩や憂鬱、落ち着きのなさといったテーマを歌詞で扱う。

 前作からは曲数も減り、時間も40分近く短くなっていますが、HANLの特性はもちろんそのまま維持される。ポストパンクやダークなシューゲイズを基調に、様々な要素をコラージュして不気味でミステリアスな世界を生み出しています。

 終末的なドローンと耳をつんざくフィードバックノイズ、多層的なヴォーカルを重ねる#1「Guggenheim Wax Museum」。それを皮切りにして背筋に冷たい何かが走り続ける。冷たく暗く駆け抜けるポストパンク#2「Defenestration Song」がわかりやすさを提示します。

 一方、Tim Heckerを思わせるエレクトロとドローンの邂逅#4「Music Will Unntune The Sky」、親子のセリフのサンプリングからドゥームゲイズの魔境にはまっていく#5「Cropsey」が精神をザワつかせます。

 全体的に耳ざわりとしてはソフトとすら感じる部分が多いし、栄養失調気味とはいえちょっとした活気もある。にもかかわらず悲しげなメロディと不気味さを緻密にレコードに沁みこませています。

 苦しませることはなくても聴き終わったらゲッソリとしているこの曲者ぶり。ユニット名のHave A Nice Lifeを一体どこに見出せばいいのか。そう思うぐらいのコネチカットからの劇薬となっています。

Sea of Worry(2019)

 3rdアルバム。全7曲約46分収録。引き続きThe Flenserからリリース。そして初めてフルバンド編成で録音された作品です。

 “世界に対する不確実性がおそらく最も重要なテーマだと思う“との発言がSputnik Musicのインタビューに残る。また同インタビュー内にてChameleonsやHey Mercedesといったバンドからの影響にも言及しています。

 これまでの2作からすると驚かされる作品で、憂鬱の波と穏やかな快楽が押し寄せる。ポストパンク風リズムを基調にシューゲイザー、ダークアンビエント、ドローン、インダストリアルが自由召喚されるスタイルは変わらず。しかしながらジリジリとした消耗戦みたいな雰囲気は薄れている。

 前半4曲は柔らかな包容力と陽の光が少しだけ差し込んでくる。”聴きやすい”とか”踊れる”という言葉をHANLに使える日がまさかくるとは。#4「Trespassers W」は何が起こった!?というぐらい明るいムーブをかますエモ/パンクソングですしね。

 ただ後半は実験的な作風へと回帰。ノンビートで電子音がゆらめく#5「Everything We Forgot」や自身の子どもから影響を基にしているインダストリアル+ノイズ#6「Lords of Tresserhorn」を経て、13分に及ぶ終曲#7「Destinos」へとつながります。

 「Destinos」では最初の5分間が”地獄の数学的確実性について怒鳴り散らすキリスト教原理主義者の不穏な音声クリップで占められており(出典:Bandcamp Dailyのインタビュー)”、その後はアコースティックな音色とシンセサイザーで荘厳に締めくくられていく。

 過去作の改編となる同曲を持ってタイトルにもある”心配の海”を泳ぎ切りますが、本作はバンドの特性をわかりやすいアウトプットに落とし込んでいる箇所はあります。それでもつかみどころのなさは変わらない。聴くほどに気持ちも思考も袋小路になる。

ずっと 迷える心を導く見えない手を感じていた わたしは消費し、そして部分的に消費される

#3「Science Beat」の歌詞より

プレイリスト

お読みいただきありがとうございました!
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