慟哭のドラマティック・ハードコア、Milanku

 作家であるミラン・クンデラの小説と思想に触発され、カナダ・モントリオールで結成されたポストハードコア・バンド。激情系のハードコアとポストロックの領域をともに進んでいくようなスタイルを持ちます。10年以上の活動の中で4枚の作品をリリース。ここ日本では弊サイトではおなじみのTokyo Jupiter Recordsより多くの作品をリリース。2013年10月には初めての来日ツアーを行っています。わたしも2013年のツアーを大阪まで見に行きました。

 本記事は彼等のオリジナルアルバム4作品について書いています。

目次

Convalescence(2008)

 2008年に発表された1stアルバム『Convalescence』、07年に自主制作にてリリースされた1st EP(200枚限定)からのボーナストラック3曲を加えた1stフルレングス日本限定盤。お馴染みのTokyo Jupiter Recordsさんより発売。

 カナダ・モントリオールの4人組による本作は、静謐と轟音を行き交うことでの豪快な景色の塗り替えと凄まじく重厚な音の響きが見事なもの。感傷的なアルペジオと憂いを含んだメロディを駆使した静パート。絶叫と生楽器の合致が強大な力を発揮する動パート。それらを時間をかけて組み合わせていくことで物語性の高い楽曲を生みだしています。

 いわゆる轟音ポストロック~激情系ハードコアの系譜に連なるもの。クリーンな音色の多用や激情的な展開の仕方などから個人的にはenvyの『Insomniac Doze』を思いだしました。

 どの曲も7分を越えていて、ゆっくりと時間をかけて大きな起伏を描きだしていて、じっくりと聴かせる構築の美が備わっている点は頼もしい。ポストロック的な静寂からぐんぐんと音圧を上げていく王道パターンを主にGY!BEやMONOが表現する様な悲哀と絶望の淵、そこからの鮮烈な轟音と絶叫で奮い立たせていく。激情の巨大な渦に放り込まれたが最後、大きな昂揚感に包まれ彼等の音世界に取り込まれます。

 真新しさはない。ですが、先陣達を資本にして十分すぎるほどに胸を打つ物語を描き出している点はもっと評価されるべき。繊細な手つきで鳴らすメロディを始めとした美しい表現力は光るし、重たく暗くディープな感触にポストメタル的な強烈なうねりが存在感を示している辺りに、“激情”という言葉に弱いリスナーに訴えかけるものがありmさう。切なく感傷的な旋律を重ねながら凄まじい音圧へと発展していき、神秘的とも表現できそうなクライマックスに涙する#3は本作の中でも特に素晴らしい。

 ちなみに彼等もV.A.『Tokyo Jupiter CompirationⅡ』に参加。絶望の黒い海から地を見据え、希望を見据えていくエモーショナルな展開が非常にツボなのでこちらも合わせて聴いて欲しいものである。

Pris a’ la gorge (2012)

  昨年、参加した『TOKYO JUPITER Compilation II 』に収録されている#5『La Nausee』を含む約3年半ぶりとなる2ndフルアルバム。前作でたどり着いた境地を経て、突き詰められた激しさと美しさをまとい、力強く織り上げるストーリーに心を衝き動かされる力作。

 ここでは、Explosions In The SkyやMONOのような静から動への過剰なまでにドラマティック展開に、感情を激しく駆り立てるハードコアの魂が宿っています。繊細なアルペジオ、哀切のトレモロ・ギター、それに鼓膜を圧する凄まじいまでの轟音の洪水。さらにはレーベル史上最も美しいと表現されるに至る珠玉のメロディが光となり、希望の灯となる。

 そんなインスト・パートが大半を占めますが、身を削るような激情型の咆哮に奮い立たされます。また、スラッジメタル勢にも肉迫する重みを増したリズム隊を中心に、低くうねるヘヴィネスも強烈。バンドが渾然一体となった時の迫力やスケール感は、前作と比べても桁違いです。

 冒頭を飾る壮大劇的な「La Chute」が素晴らしく、バンドとして全部分を強化したがゆえの完成度。静と動の大きな起伏を生かしたサウンドは、解き放つ感情やストーリー性も相まってenvyやLight Bearerにも決してひけをとっていない。問答無用に心を突き動かされます。

 磨き上げた激と美を両手にドラマティックに仕上がった#2「L’inclination」、穏やかな中にpg. lostの美しさと荒涼感でまとめあげたような#3「Inhibition 」、悲壮感に包まれた暗黒の底から繊細なギターの音色が光を追い求め、やがては感情を一気に解き放つ巨大な音塊の前にひれ伏す#5「La Nausee(再録されてる)」、それにボーナストラックのアコースティック曲#8に至るまで、深く内面をえぐり、浄化/昇華していくような強力な楽曲がズラリと並ぶ。前作からの躍進は伊達じゃない。自らを高めに高め、ジャンルの枠組みにも収まらない壮大さと感動を有した秀作。

De Fragments(2015)

 2013年10月に行われた初の日本ツアー、さらにギタリストの交代を経ての約3年ぶりとなる3rdアルバム。アートワークを新メンバーのFrancois(Gt)が手掛け、マスタリングにはHarris Newman (Godspeed You! Black Emperor, Eluvium, Baton Rouge) を起用。そして”TJP-40″の記念すべき品番を授かってのTokyo Jupiterからのリリースです。

 メンバーは代わりましたが、前作で完全確立したミランクンド・ハードコアはそのままです。端的には静から動へとドラマティックに盛り上げていってバーストする、轟音ポストロックを基調とした手法。お得意の哀切のギターと咆哮を中心に綴るサウンド構築は、シンプルの積み重ねだし、とことんピュアで真っ直ぐ。けれども、これほどまでに感情的に表現できるのがMilankuの強みでしょう。

 彼等の代表曲「La Chute」に匹敵しそうな秀曲#5「L’ineptie De Nos Soucis」を始め、聴いていると心が叫びたがってるし、泣きたがってるのを止められない曲ばかり。

 前作から大きな変更点はないように思う。けれども、楽曲は冗長な部分はあえて削いでソリッドにし(全7曲中4曲が4分台、長くて7分後半)、コンパクトにした中でも感情の大きな揺れや起伏を持たせています。じっくりと熟成、でも蒼さは残す。もちろん、それこそがMilankuの味。

 #6「Dans Les Absences」に至っては、none but air[at the vanishing point]のVo.nisika君が参加しての日加情熱ハードコアが魂に火を灯す。そして、締めくくりとなる本作中最もダークでヘヴィな#7「Ce fut quand même notre histoire」にて、-10℃以下の多いモントリオール冬の凍てつく波動に立ち向かう。前作から極めて正当な一歩を踏み出した一作。

Monument du non​-​être & Mouvement du non​-​vivant (2018)

 トリプルギター編成の5人組となって放たれる3年ぶりの4作目。ハードコアよりもポストロックに制空権を譲り、その美しさに磨きをかける。そのドラマ性に磨きをかける。10分台の曲が1曲のみ復活してはいますが、全5曲約38分という尺。前作と比べると作品が醸し出す哀感と冷感が増し、ヴォーカルは本当に必要な場面でしか用いていません。ドラムもかなり控えめで、ハードコアの猛進力は今回は影を潜めています。

 持ち味の半減かといえば、わたしはそうだと思いません。麗しきクリーントーンと冷ややかなトレモロが物語の創造主として君臨し、静かにゆっくりと情緒的な物語を生み出していく。過圧といえるほどに音で埋もれるようなことはないですが、要所で音の集積と爆発は許される。叫ぶよりも吠えるような感覚を受けるヴォーカルにしても以前ほど出現せず、必要に迫られて感情を猛らせる。もはや祈りの最終兵器ともいうべき扱いにすら思えます。

 哀切とメロウさを氷点下の地で醸造した10分越えの#1「Le Dogme Du Simulacre」によるスタートは、本作を端的に表しています。その後もメロディックなポストロックとしての側面を強化した曲が続く。一番驚くのは#4「Le Visage Du Tourment」で、エレガントな電子音をまといながら程よい疾走感を生み出すインストとして機能。ラスト曲#5「Fragments De Néant」は鎮魂歌のようにも響くし、ハードコアの矜持と責務がもたらす叫びが興奮を約束するものでもあります。

 わたし自身はこの変化と進化を歓迎しています。活動が10年を経過したことで変化を求め、トリプルギターに活路を見出し、メロウに装飾された楽曲群。その美しきに浸りながら、彼等の今後の活躍も期待したいものです。

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