文学と思春期、歌謡シューゲイザー 溶けない名前

 ”歌謡シューゲイザー”を謳う、2012年結成の名古屋の4人組バンド。眩惑のシューゲイザーと親しみやすい歌メロの混合を入口に、増幅される音圧の向こう側に艶やかなポップネスを表現している。2015年10月に1stアルバム『タイムマシンがこわれるまえに』をリリース。2017年10月に2ndアルバム『制服甘露倶楽部』発表。

 弊サイトでは2015年11月にメインコンポーザーのイトウさんにインタビューをしています。詳しくは氏の言葉に譲りまして、この記事ではわたくしの4作品の感想を書いています。補足程度に参照していただければ幸いです。

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溶けない名前 インタビュー ~歌謡シューゲイザーが呼び起こすノスタルジー~ 初の全国流通音源である1stアルバム『タイムマシンがこわれるまえに』をリリース記念。名古屋の歌謡シューゲイザー・バンド、溶けない名前のインタビュー。バンドの生い立ちから1stアルバム、楽曲制作、歌謡シューゲイザーについてじっくりとお話を伺いました。
2015年11月、1stアルバム『タイムマシンがこわれるまえに』リリース時のインタビューです。
目次

おやすみA感覚(2013)

 ”歌謡シューゲイザー”を謳う、2012年結成の名古屋の4人組バンドの1st EP(4曲収録で約20分)。不思議な音の彩り。歌謡シューゲイザーということをキャッチ・コピーにしているだけあって、眩惑のシューゲイザーと親しみやすい歌メロによる入口は、それこそ万人を虜にする魅力あるものといえるでしょう。

 冒頭の#1「刺したい」からメロウな旋律の連続と儚げな男女ヴォーカルが、青春の甘酸っぱさや切なさを演出。ポップであることを基本線に置き、さらには瑞々しいキーボードが上品なムードを生みだしたり、シューゲらしいノイジーなサウンドがいい味を出している。それが顕著なのは最終曲の#4「ソーダ室へ行こうよ」で、増幅される音圧の向こう側に艶やかなポップを表現してみせているかと思います。それにどこかノスタルジックな気分にもさせられたり。

 しかし、#2「ロボットと詩集」では、わざとヴォーカロイドっぽくした女性ヴォーカルのパートが、冷たくアンニュイな感覚も与えており、ちょっと歪なズレを生じさせている点も巧いなと。単なる”歌謡”であり、”シューゲイザー”以上に包括している要素は多いと感じますね。それでもまったりとした聴き心地とイノセントな音色に帰結していく辺りは、溶けない名前の個性。穏やかで優しい#3「ヰタ・マキニカリス」も聴き応えありで、少しタイプは違うけど、きのこ帝国に通ずるものを感じたり。これからを期待したいバンドのひとつです。

おしえてV感覚(2014)

 名古屋を拠点に活動する歌謡シューゲイザー・バンドの2枚目のEP。各地でちょっとした話題になった「おしえてA感覚」に続く本作。4曲約20分というほぼ同じような収録内容ですが、バンドとして着実に成長していることを伺わせる好内容となってます。

 歪んだノイズ・ギターが生むサイケデリア、瑞々しいキーボードが添える彩り、歌謡性&ちょいアニメチックな感触を与える男女ヴォーカルとパーツそれぞれの求心力もさることながら、本作ではややテンポを上げて躍動感がある曲が多くなっていることが印象的。特にラストを飾る#4「ぼくらの倒錯ごっこ」が、やたらと音量の大きいベースに引っ張られつつも(っていうか全体通してもベースの音が大きい)、強力な眩惑性と驚くほどのポップ感を際立たせて疾走する1曲で、本作で一番のインパクトがありました。

 また、うらんさんのヴォーカルの比重が増えたことも大きいと思うが、持ち味であるメランコリックな音像が十分すぎるぐらいに磨かれているも大変良い。#1「幽霊少女は八月を殺す」、#2「「さよなら」は呼んでる」という序盤の流れは、どこか陰りを帯びつつも淡くノスタルジックなメロディに意識がいく。白昼夢のような世界に溺れるも、『おやすみA感覚』同様にイノセントな音色に包み込まれるような感覚がやっぱり好きですね。今後もっと話題になっていきそう。

タイムマシンがこわれるまえに(2015)

 2枚のEPを発表後、メンバーチェンジを経ての待望の1stアルバムをリリースです。相変わらずに清く正しく美しくKAWAii女子高生ジャケットを採用。習い事はKUMON式とピアノの箱入り娘感による安心。

 ご存知のように”歌謡シューゲイザー”という鉱脈を掘り当て、名古屋から全国へとその名を浸透させてきているわけですが、より多くの人に知られるだろう優れた作品に仕上がっています。ぶっちゃけ本作に収録された大半の曲は、既にライヴでレギュラーとして活躍している曲ばかり(1年半前のライヴで既に半数の曲を聴いてる)。よって年月をかけて少しずつ上積みされてきただろうと思いますが、イントロ7秒で心をガッチリと鷲掴みにする#1「恍惚教室」から夢中にさせられます。イノセントな表現と豊かなポップス感覚。それにこの曲を聴いてて、誉田哲也氏の著書「月光」を思い出したり。

 こじらせた青春の妄想を文字に起こし、男女ツインヴォーカルや可憐なメロディがそれを膨らませる。強烈に結びつけられるのは、聴き手それぞれの「思春期のノスタルジー」。もちろん曲毎にテーマはあると思いますが、学生服のセーラー服の若く甘酸っぱいあの頃へ時を戻す感覚は、先の2枚のEPより強い。

 最近では彼等に対して”思春シューゲイジングJ-POP”という形容を見かけましたが、MVが公開されている#4「カルピスちゃん」のポップスとシューゲイザーの絶妙な結晶化に惚れ惚れ。懐っこいシンセの音色が印象的な涼やか疾走曲#5「少女の官能基」、掛け合いの男女ヴォーカルが取り入れられた#6「透明通信」等もお気に入りですね。

 録音が良くなった感じも手伝ってるけれど諸要素は洗練され、心地よいゆるふわ感の中でさらにキャッチーでメランコリックに鳴り響く。そして親しみやすい音色の裏側に儚さと脆い狂気が滲む。エレガンスな一面すら見せる前半から後半は一転して、甘い毒をしのばせるように「めんどくさいねえ」と歌い、本作一のノイズ・サイケデリアが現出する#8「睡眠抄」の締めくくりは病み付きになる。あなたのノスタルジーはどこから? 溶けない名前からと切実に訴えたくなる作品です。

 ちなみに本作の発売元がSODA ROOM RECORDS。「ソーダ室へ行こうよ」というスカートの中にしまった秘密の合言葉が密かに出てくる。こんな手の込んだ細工がまたお茶目で楽しいものです。今年の春にyoutubeにアップされた80年代アイドル・伊藤つかささんの「少女人形」のカバーもチェック推奨。

 2021年8月に一部再録、リミックス、リマスタリングした作品を「タイムマシンが壊れる前に」と改題してリリース。曲順の変更があり、うらんさんのソロヴォーカルになっていたり、音圧が強くなってたりと変化が楽しめます。

制服甘露倶楽部(2017)

 約2年ぶりとなる2ndフルアルバム。作品に通底する思春期の眩さ、文学とフェティシズム、そして歌謡性。蒼すぎるボクとキミのセカイにはいるんですが、純文学に敬意を表しつつも温故知新をもたらす言語感は、羨ましく思えるぐらい。本作はアグレッシヴな面を強化しているそうですが、たしかに#1「ダブル・プラトニツク・スウイサイド」からぶっ飛ばしております。音圧もスピードも。シューゲイザーとエレポップと純文学の化学合成は、聴く者を惹きつけます。

 でも、相変わらずキャッチーなのは歌謡性と軽やかな可憐さが同居しているから。うらんさんのヴォーカルは音像にやや引っ込み気味ですが、だからこそ気にかけたくなる、追いかけたくなる心情をもたされる。それにやたらと音量が大きくて存在感のあるベースは、本作でも幅を利かせています。こうゴリゴリしたベース音でもミスマッチになってないのが毎回不思議。

 #2「黒髪採集」と#3「制服甘露倶楽部」はイケナイ青春の秘事を思わせ、#4「恋をするウイルス」が抗体があったとしても効いてくるポップ性を持つ。「思春期ってどんな味?」と歌うアンニュイなヴォーカルと疾走感に引っ張られる#5「もぎたてのディスコミュニケーション」のは特にお気に入りの曲。思春期ノスタルジーがピークに達する#8「SAIMIN ICE GRAY」までその中毒性は続きます。

 喪失したあの頃を懐かしむ人、あの頃に自分を投影させる人、あの頃にはもう戻りたくない人。聴いてそれぞれに様々な感情と思い出が浮かぶと思います。それでも、溶けない名前は文学とフェティシズムとシューゲイザーを用いて、ノスタルジーを喚起する。幻視する秘め事の思春期は、年を取るほどに効能があるのかもしれません。

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