オーストラリア出身で現在はアイスランドを拠点に活動するエレクトロニック・ミュージシャン。2009年にリリースした『By The Throat』にてNMEやWireで高評価を獲得してその名を世界に知られるようになる。Tim HeckerやSwansといったアーティストに貢献し、さらには映画音楽を手掛けるなど幅広く活動中。
これまでに単独名義のフルアルバムは6作品を発表。本記事では4thアルバム『A U R O R A』、6thアルバム『Scope Neglect』について書いています。
アルバム紹介
Steel Wound(2003)
1stアルバム。
Theory of Machines(2007)
2ndアルバム。
By the Throat(2009)
3rdアルバム。
A U R O R A(2014)
4thアルバム。Tim Hecker『Ravedeath 1972』『Virgins』、Swansの『The Seer』など10年代の傑作群に次々と参加し、さらには巨匠Brain Enoとのコラボレーションも実現。また日本のアーティストとも交流があり、関西のブルータル・オーケストラのVampilliaの1stアルバムのプロデュースを手がけています。
忘却の彼方へと押し流す轟音ノイズ流星群。根幹はエレクトロニクスを起点とした電子音楽であり、近年のインダストリアル~ドローン・ドゥームといった流れを持つもの。それでも本作の衝撃度は他作品と比べても並外れています。
これから始まる脅威を予感させる#1「Flex」、そして幻想的に揺らめきさえするシンセと無機質で重いビートが寄せては返し、気づけば凄まじいノイズの濁流に飲み込まれている#2「Noran」という冒頭2曲から、凶暴で破壊力のある作品であることを心身に叩き込みます。
ゆえに現実は、危険な夢へとねじ曲がる。ちなみにWIREDのインタビューによると、ここまで凶暴な音になったのは”親のせい”だそうで。
近年のModern Love勢にリンクするかのような漆黒のミニマル、それにOneohtrix Point Neverの音響にも比肩する異型さがこの『A U R O R A』からは感じられますが、鼓膜が擦れるようなノイズの応酬の裏側で、優美でエレガンスな一面が顔を見せることもある。
前述の#2がそうであるし、インダストリアル・ビートと多色の煌めきを放つシンセが旋回する異型のダンスミュージック#9「A Single Point Of Blinding Light」もそう。作品の大半は無機質で重々しい雰囲気に支配されるが、軽度に織り込まれている幽玄な美が神秘的なイメージを植え付けているように感じます。
さらに本作では、ZSやGuradian Alienで活躍するGreg Fox(ex-Liturgy)、SwansのThor Harris、マルチ・ミュージシャンのShahzad Ismailyが、この緻密で暴力的なサウンド・デザインの形成に助力。
息が詰まるほどの厚みのあるノイズ・シンフォニーを奏でる#4「Secant」、グラインドコアばりの猛烈なビートと吹雪のような電子音の化学反応が衝撃的な#5「Diphenyl Oxalate」、リード・トラックとして発表後に世界を震撼させた#6「Venter」など特に強烈です。
氷のように研ぎ澄まされた音粒子の群れだけでなく、仰々しいパーカッションの反復が、余計に昂揚感を誘うのも反則。
Andy Stottを彷彿とさせる漆黒の空間美に三半規管が歪む#10「Rare Decay」も見事。轟音ノイズが大胆にデザインを施す『A U R O R A』は、あまりにも眩く鮮烈です。
The Centre Cannot Hold(2017)
5thアルバム。
Scope Neglect(2024)
6thアルバム。全7曲約38分収録。オーストラリアの2大ベンの一角であるベン・フロスト(もう片割れはベン・シモンズ)、フルアルバムとしては6年半ぶり。プログレッシブメタル・バンドのCar BombのギタリストであるGreg Kubacki、そしてMy DiscoのベーシストであるLiam Andrewsが参加しています。
音響系アーティストの中でもとりわけヘヴィかつ実験的だったことで知られるベン・フロストが、本作ではメタルを大いにフィーチャーしています。
その大半を委ねられているのがザクザク系の刻むギターリフ。それがうねるビートと正面衝突するかのように張り合ったかと思えば、独り舞台のごとく掻き鳴らしたり、アブストラクトな隙間を補うように配置されたり。あくまで素材としての位置づけで効果を発揮しています。
かといって生音のフィジカル性を重視しているかと言えばそうではない。エレクトロニクスの光彩や苛烈なノイズと混じることでテクスチャーは常に変相し続けている。メタルを取り入れているとはいえ、メタル的な”型”は踏襲していません。
カジュアル化された聴きやすさはなく、作品はブラックホールのような抽象性で占められます。ネオンのごとき光が揺れ動き、ギターが不規則にカットインする#5「Turning The Prism」は強烈な歪みとビートが危機感を煽る。彼の持つ諸要素を分解・再配置したこの曲はまさに本作を象徴しています。
”エレクトリック・ギターとエレクトロニック・ミュージックの間の溝を納得のいくように埋めるのは難しい”という回答がMUSIC RADARのインタビューでありますが、支配者級(クエストクラス)のベン・フロストでさえその錬金は道半ばなのでしょう。
#1「Lamb Shift」はアメリカの物理学者であるウィリス・ラム氏のラムシフトに起因するようですし、相変わらず思慮深くもある。具体と抽象、現実と幻想のサイドチェンジを繰り返す中で沼と化していく本作。簡単には抜け出せない。繰り返し聴きたくなる”なにか”がある。#3「The River Of Light And Radiation」の暴走する昂揚感を味わっちゃうと余計にですね。