ポストメタル、ポストロック、エモ、ヴィジュアル系の交差点となる音楽ブログです

So Hideous、枠組みを超越する情熱と優雅さ

 2008年からアメリカ・ニューヨークを拠点に活動する前衛的音楽集団。クラシック音楽を源にポストハードコア、ブラックゲイズ、ジャズ等の要素がパッケージングされたサウンドは、ほかにはない強烈な個性となっています。

 2013年に発表した1stアルバム『Last Poem​ /​ First Light』からオーケストラを起用した大所帯で壮大なサウンドを聴かせ、15年の2ndアルバム『Laurestine』で早くもひとつの到達点を示します。少しの活動休止を経ての6年ぶりとなる3作目『None But a Pure Heart Can Sing』 ではジャズ要素も強くなり、彼等の自己改革もついにここまできたかと驚嘆する内容です。

 本記事は3枚のフルアルバムについて書いたものです。以下からどうぞ。

目次

Last Poem​ /​ First Light (2013)

 1stフルアルバム。全6曲約32分収録。これ以前は”So Hideous, My Love…”と名乗っていましたが、マイラヴは彼等の歴史から削除されました。

 音楽的には2010年代前半に波が来ていた、激情系ポストハードコア要素の強いポストブラックメタル。よく引き合いに出されるし、自分もそう感じるDeafheaven的アプローチ。煽情的なトレモロ・リフとポストロック/シューゲイザーの幻惑ががっつりと手を組み、陽性のメロディが舞い降りる。そして、ブラックメタルというよりはハードコア寄りの叫びが、重い感情をまき散らします。レーベル的にはDeathwish寄りのカラーといった印象でしょうか。

 他のポストブラック系バンドとの大きな違いは、クラシック要素の配合が大きいこと。多数の弦楽奏者や金管楽器奏者、コーラス隊など15人近い助力を経て制作されているそうですが、大人数ゆえの熱量と壮大さがもたらされています。それは決して単にポストブラックとクラシックの融合というよりかは、もっと自然なつながりで曲中の表現に生かされている感じ。

 冒頭を飾る#1「Rising」なんかはアングラ要素が強めのブラックメタルで畳みかけますが、以降は黒さは薄めていくように光量が増していく。影響を受けたというenvyの「さよなら言葉」を彷彿とさせる部分がある#2「Sabat Matter」は、後半に鍵盤の音色が作品に新しい流れをつくります。重厚なサウンドは基盤にしてても、壮大なスケールと祝福するようなハーモニーが鳴り響いているのです。

 6曲はどれも中距離走ぐらいの感じで長さはそこそこ。4~5分の曲とラストだけ7分台の曲があるだけです。かといって凝縮された音と展開に緊張が途切れることはありません。特筆すべきは#4「Rhapsody」と#6「Glory」の2曲。前者は4分半にも満たない時間ながらも、急加速を続ける激情的な展開と美しいエンディングに心をもってかれる。後者は天に召されるような歓喜に包まれます。

 1stアルバムながら粗削りという印象はありません。#1のような真っ黒さから#6における神聖なクライマックスまで見事なストーリーが生まれています。雰囲気ものに終わることなく、美と醜の混合物として確固たるものを築き上げる手腕は、初期から異彩を放っていました。

Laurestine (2015)

 約2年ぶりとなる2ndアルバム。全7曲約40分収録。”Lsauretine”は、死後も脳が活動している時間が7分間あるという考えに基づいて制作されたコンセプトアルバムだという。7曲、7拍子を多用するというのがそれに付随しているそうです(こちらの海外レビューを参照)。

 前作からクラシックの要素がずいぶんと拡大しています。地元ブルックリンの30人近いFirst Light Orchestraが参加し、豊かな彩りを支えていて、特にピアノとストリングスが幅を利かせてメロウな感触。切り刻むようなリフ、畳みかけるようなブラスト・ビート、高尚なリスナー層を遠のかせる絶叫とメタリックな攻撃性は振舞っている。しかしながら、メタル的な要素は補助輪といった感じで、全体的には幻想的な空間表現と恍惚感を誘う構成にこだわっています。

 もはやポストブラック云々というより、新しい地平を開拓した前衛音楽の一種だという感じがあります。本作における表現で近いのは、MONOですね。MONOは初期のMOGWAI直系のインストを主体としたサウンドから、ヴェートーヴェンやエンリオ・モリコーネ等がもたらす感動を徐々にミックスさせにいきました。ついにはオーケストラ共演ライヴを果たしています。その影響がSo Hideousにも波及しているように思えるのです(実際にインタビューでMONOやenvyの影響を口にしている)。

 オーケストラを伴うことでの必然的な壮大さとドラマがある。#1「Yesteryear」は本作の勇壮な旅路のオープニングとしてふさわしく、そのままシームレスに続く。#3「Relinquish」は絶望からの脱却を願うように叫びとストリングスが高らかに響き、#4「The Keepsake」が激動の軌跡を描き、#7「A Faint Whisper」は壮麗なるエンディングとなります。

 So Hideousは40分にわたって過剰な物語をオーケストラと共に供給し続ける。トラック分けされていてもひとつの交響曲として感じる情熱は、絶望の底から救い上げるようなエネルギーがあります。

None But a Pure Heart Can Sing (2021)

 約6年ぶりとなる3rdアルバム。前作からベースとドラマーの交代があり、ベースをDJ Scully、ドラムを来日経験もあるDownfall of GaiaのMike Kadnarが担当しています(#4「Motorik Visage」の演奏動画を本人がアップしている)。また、The Dillinger Escape PlanのギタリストであるKevin Antreassianをエンジニアとして起用。

 前作よりも5曲32分とコンパクト。なのに情報量は多く、前作同様に特盛といえるぐらいに過剰なドラマが詰め込まれています。ブラックゲイズに終息しない前衛性の発揮。様々なジャンルの自由な交錯。それによって真の美しさや激しさにたどり着けるのだと本作は言わんばかり。クラシックとブラックメタル/ハードコアが親密に結びつく#1「Souvenir(Echo)」を皮切りに、その壮大さを肌で実感することでしょう。

 本作においては、正確無比かつシャープな切れ味のあるリズムが土台にあって、管弦楽器を加えたゴージャスなタッチがある。音符のひとつひとつがバチバチにバトルするような感覚があって、それゆえの豊かな広がりがもたらされていますし、ジャズ/即興的なアプローチが緊迫性と即時的な快感を高めています。

 中核を成す2曲のうちの1曲、#2「The Emerald Pearl」は序盤のアメリカーナ的感触から、惑星の衝突を思わせるようにこれまでのブラックゲイズ~クラシックにジャズがぶつかり合う。本作を象徴する火を吹くサックスの音色が耳を引き、スリリングな展開は間違いなく衝撃をもたらします。そして、もう1曲#4「Motorik Visage」は11分をかけた巨大な音の渦へ聴き手を巻き込んでいく。こちらも何度も時間を追いかけたくなるような感覚に陥ります。

 アルバム全体を美しく昇華して終わりへと持っていく#5「From Now」で締めくくり。知性マッチョ的な捉え方をされそうだが、枠組みを超越することで生まれる情熱と優雅さに感服します。今回はVampilliaが近いと感じることがあったりするのですが、So Hideousは不思議と日本人の琴線に触れる音が鳴っているからこそ親しみやすいのか。

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