【音楽本紹介】ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダーを読んで

本書は、ヴィジュアル系を一過性の流行として捉えるものではない。むしろ、それを日本におけるロック受容の歴史的変遷のなかに位置づけ、それがどのようなかたちで「サブカルチャー」として根づいているのか、その社会的背景や意義を探ろうとするものである。またヴィジュアル系は、文化や衣装に多くを依存している以上、ジェンダーの視点からの分析が欠かせない。本書は、これらを包括的に扱うことをめざしたものであって、執筆者全員がヴィジュアル系のもたらしたものを肯定的に捉えながら分析にあたっている。

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』まえがきp8より

 刊行は2003年7月。ここはX(JAPAN)が解散したまま、LUNA SEAが終幕したままの世界線であり、PIERROTもLa’cryma ChristiもFANATIC◇CRISISもJanne Da Arcも現役の世界線。ネオヴィジュアル系がまだ頭角を表す前です。当時は完全にV系ブームが過ぎ去った暗黒期であり、夢から覚めて元に戻ることはなかった・・・

 本書は大学教員の音楽学者である井上貴子氏、音楽系ビジネスコンサルタントの森川卓夫氏など4人の論客によるヴィジュアル系の社会学的な学術書です。全5章から成り立ち、各章で副題にある”ロック・化粧・ジェンダー”を中心にヴィジュアル系がもたらしたものを分析しています。

 特徴的なのはヴィジュアル系とはいわず、”ヴィジュアル・ロック”という表記で統一されていること。そして当時一般的ではなかった”ジェンダー”という言葉を積極的に用いていること。記事執筆時点では刊行から20年以上経っていますが、ヴィジュアル系のこういった書籍は現在でもほとんど見かけません。

 ヴィジュアル・ロックの象徴として手厚く取り上げられているのがX(JAPAN)。次いでMALICE MIZER。前者は音楽面と起源としての貢献、後者は外見やコンセプトからくる文化的な貢献が主です。しかし流派や信仰の違いからか黒夢やSOPHIAは名前すら出てきません。俺が見えないのか。あんまりだよ。

 本記事は『ヴィジュアル系の時代』を読んでの本紹介となっています。章ごとに雑感と引用でまとめている。わたし自身も1998年のヴィジュアル系全盛期に音楽を聴き始め、その洗礼を受けた人間。20年前の書籍ですが、読んでいて懐かしい部分もありますし、学ぶべきところはおおいにあります。

タップできる目次

本書の各章について

第1章 ヴィジュアル系とジェンダー

第1章では全体の導入として、ロックをジェンダーの視点から分析するさいに重要となる理論的な枠組み、とくに〈男らしさ〉の構築、近代化とジェンダーという二つの側面について詳述する。さらに、ヴィジュアル系とは何かを定義づけ、その最も重要な特徴である化粧の意味するものとそれが与えた社会的影響について述べる。

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』まえがきp8より

 男性がロックを通じて捏造する”男らしさ”についての再考から入り、ヴィジュアル系と呼ばれるバンドの化粧とジェンダー論が本章の主だった内容。ロックが男性性と強い結びつきを持つ音楽であり、化粧は女性の領域であるという認識があまりにも強いと著者は述べている。

 その中で”ロックで化粧”という男性性/女性性シンボルの同時起用は自己拡張と社会からの逸脱を手っ取り早く表現しているという。”海外では化粧するロックミュージシャンは常に何らかの形で存在したが、文化全体を変えるまでには至らなかったが、日本のヴィジュアル・ロックは1990年代を通してブームを保ち続けた(p35)“というのは納得できる部分でしょう。

〈男らしさ〉を捏造しようとしているはずのロックミュージシャンがなぜ化粧をするのか、という疑問が浮かび上がってくることだろう。しかし、こうした疑問のもち方それ自体が問題なのである。化粧をする男は男らしくない、つまり化粧は女の領域であるということを暗黙の前提として発された疑問だからである。それに対しては、逆に、なぜ化粧は女がするものとみなされているのか、と問わなければならない。

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』第1章p29より

第2章 ヴィジュアル・ロックの系譜

第2章では日本の音楽産業の歴史的展開のなかで、洋楽ロックの受容に言及しながら、ヴィジュアル系がどのようにして生まれ、ブームを形成するにいたったか、その具体的な要因を探り出して、ブームのきっかけをつくった第一世代のX、そのフォロワーたる第二世代、爛熟期の第三世代を経て、新世代の誕生までの流れを概観する。

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』まえがきp8より

 ヴィジュアル・ロックがポピュラー音楽シーンでの位置および意義を再考察する第2章。語られ尽くしている部分ではあると思いますが、ヴィジュアル系の原点や音楽/視覚的分析を復習する上でおさえておきたい論考。

 ヴィジュアル系はジャンルを指す言葉ではないですが、先人達が築き上げてきたヴィジュアル系っぽい音楽は確実に存在する。そのフォーマットを基調としたカウンターと拡張が本日まで続いており、だからこそヴィジュアル系は雑種で多様な魅了を持ち、海外においてもVisual-Keiとして存在感を発揮している。

ヴィジュアル・ロックは、まずは海外ロックの模倣から始まり、その後さまざまな社会現象や音楽表現形態を有機的に取り込みながら、数世代にわたる伝承を経て、いまもなお継承され続けているわが国独特の音楽文化なのである

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』第2章p109より

第3章 拡張された男の美学—Xをめぐって

第3章では、ヴィジュアル系のブームの先駆的バンドであるXを事例として取り上げ、〈拡張された男の美学〉という概念を使ってそのパフォーマンスを分析し、さらにそれをとりまくファンのあり方に言及することによって、ヴィジュアル系が既存の社会秩序に抵抗するものではあっても、慣習的なジェンダーの枠組みを前提とした文化であることを明らかにする。

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』まえがきp8~9より

 本章はずっとXのターン。バンドの歴史、音楽的構造、化粧とパフォーマンス、ファンダムといったものを詳細に分析しています。「BLUE BLOOD」「ENDLESS RAIN」「ROSE OF PAIN」の具体的な音楽/歌詞分析はかなり細かなもので、勉強になります。それと併走して語られているのは”男の美学”であり、以下の言葉は印象的な部分。

Xをはじめとするヴィジュアル・ロックのミュージシャンは、男性性を強調したサウンドと女の領域とされていた化粧の両方を同時に遂行した。すなわちすでに〈男の美学〉を実践する手段の一つとして確立しているロックという音楽に、化粧という女の領域を取り入れることによって、〈男の美学〉の領域の拡張をめざしたといえるだろう。換言すれば、ヴィジュアル・ロックによって構築された、この〈拡張された男の美学〉は、化粧という一種の身体的表象の再領有によって達成されるものである。

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』第3章p122より

第4章 少女たちの居場所さがし—ヴィジュアル・ロックと少女マンガ

第4章では少女マンガを取り上げる。ロックスターが〈男らしさ〉からかけ離れた存在として、少女マンガに登場するようになったいきさつに、男性同性愛パロディすなわち「やおい(今でいうBL)」の萌芽を見いだし、MALICE MIZERを中心にして、「やおい」に自己を投影する少女たちのセクシュアリティのあり方を探る

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』まえがきp9より

 第4章と第5章はヴィジュアル・ロックがもたらした外見部分の貢献についてです。本章では少女マンガ『愛してナイト』のロックバンドの描き方、男性同性愛パロディの「やおい」への発展といった前史を取り上げつつ、ヴィジュアル・ロックが少女マンガにもたらしたものを考察していまさう。

 本章から究極のヴィジュアル系と呼ばれたMALICE MIZERが大きくフィーチャされていきます。宝塚歌劇団や中世ヨーロッパを思わせる衣装に身を包み、幻想的かつポップなサウンドで”非現実的タイムトラベル”へと誘う彼等の存在は音楽的にも文化的にも大きな影響を及ぼしました。

 男というジェンダーから逃れた存在=脱ジェンダー化された存在としてのヴィジュアル・ロックに言及したうえで、やおいの世界の言及。この辺りは全く知らないので読んでて興味深い。”少女マンガの立体を演りたかったですね”という言葉をMana様が残していたのは本著で初めて知りました。

ヴィジュアル・ロックそれ自体は、残念ながら既存のジェンダー概念を変革するまでにはいたらなかったが、しかし、彼らの活躍は、いわゆる社会一般の「男らしさ」「女らしさ」のイメージに揺さぶりをかけることには成功した

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』第4章p201より

第5章 異性を装う少女たち—ヴィジュアル・ロックバンドのコスプレファン

第5章では、小泉恭子がコスプレを取り上げる。コスプレする少女たちの実態を高校生のエスノグラフィによって描き出し、そこには好きなヴィジュアル系ミュージシャンにみずからを模す「ウォナビーズ」と、彼らを一種のアイコンと捉えて自由に操作する「表現系おたく」という二つの異なる系統が存在することを明らかにし、コスプレ少女文化のもつ意味を探る。

ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』まえがきp9より

 前章に続き、今度は少女たちによるヴィジュアル・ロックのコスプレ文化についての論考。ヴィジュアル・ロックに憧れるならば、少年たちは楽器を手にして音楽世界の再現を試みる。少女たちはコスプレを通してヴィジュアルバンドの視覚世界を細部にこだわって再現する。確かに当時はそうだったのかもしれない。

 ”「崇拝するメンバーの存在に少しでも近づきたい」という願いから始めたのがバンド・コスだ(p209)”。歴史としてはKISSや聖飢魔Ⅱ以降とされていますが、ヴィジュアル系・コスはもちろんXからとのこと。以降、LUNA SEAやGLAY、さらにはMALICE MIZERにコス・カルチャーは引き継がれていく。本章でもMALICE MIZERを中心とした論考が多いので、ファンは必見でしょう。

 思い出してみると、わたしが2003年にDIR EN GREY(当時表記:Dir en grey)のライヴへ初めて行ったときにコスプレのファンに驚いたことは驚いた。今はほとんどないませんけど。VIJUAL JAPAN SUMMIT 2016に行った時にもHIDEさんコスプレの人をみてこれぞVJSとテンション上がりました(笑)。

まとめ

 発刊から20年も経てば、ヴィジュアル・ロックのみならず音楽も世界も変わる。CD衰退、デジタル配信からサブスクへ、音楽フェスの隆盛。この界隈でいえばXやLUNA SEAの復活、DIR EN GREYの世界進出、ゴールデンボンバーの紅白歌合戦出場。いろいろありました。

 本書はヴィジュアル系に特化した学術書のみならず、ジェンダー論に踏み込んでいるのが新鮮です。執筆陣の4人中3人が女性であることもその要因ではある。女性文化視点で語る第4章・第5章は単純に学びになりましたしね。

 結局のところ、読み終わって感じるところは「YOSHIKIさん、マジすげえっす」と大半の人がなるところかなあと思います。本書は絶版となっていますが、電子書籍では購入できますので興味がわいたら手に取ってみてください。

他にもオススメなヴィジュアル系関連書籍

さよなら「ヴィジュアル系」~紅に染まったSLAVEたちに捧ぐ~ 

 ヴィジュアル系の黎明期から多くのバンドと関わり、”ヴィジュアル系の父”と呼ばれた音楽評論家・市川哲史氏による著書。YOSHIKI氏やSUGIZO氏などへのインタビュー、さらにはコラムでの構成。2008年刊行で、当時は本書で勉強しました。

知られざるヴィジュアル系バンドの世界

 フリーランスの音楽ライターとして『ヘドバン』や『ROCK AND READ』などで執筆する冬将軍氏の著書。”ヴィジュアル系私観史”と題したインタビューなしのコラムのみで押し通すストロングスタイルですが、BUCK-TICKやhide氏の手厚い論考を中心にとても興味深い内容です。おすすめ。

ヴィジュアル・ロック パーフェクト・ディスク・ガイド 500

 ヴィジュアル・ロックを中心に据えたディスクガイド本。最初の方はヴィジュアル系前夜ということでジャパメタですけど、あとはほぼヴィジュアル・ロック。2013年刊行なのでそれ以降のバンドは載っていませんが、主要バンドの代表作はチェックできます。

著:大島 暁美, 監修:大島 暁美
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お読みいただきありがとうございました!
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