【アルバム紹介】Respire、トロントのDIYオーケストラル・ハードコア

 カナダ・トロントを拠点に活動する7人組バンド。2013年始動。トロントのアンダーグラウンドなシーンで出会った彼等はポストハードコアやリアル・スクリーモを基点に、ポストロック、ブラックゲイズやクラシック音楽等が混成した音楽を志向します。

 固定メンバーである7人(過去は6人)に加え、アルバムでは”extended family(おそらく拡大家族といった意)”と呼ぶゲストメンバーが参加。ストリングスやホーンに加え、グロッケンやアコーディオン等の多楽器を用いたオーケストラルなスタイルをハードコアに持ち込んでいる。なお、バンドは自身について”orchestral post-everything collective”と称している。

 INVISBLE ORANGESが2018年に公開した【Ten Albums Which Fueled Respire’s “Dénouement”】は、Respireが影響を受けた10作品を知る良いガイドとなっています。City of Caterpillarやenvy、Godspeed You! Black Emperor、Broken Social Sceneをあげている。文脈的にはハードコアとトロントのポストロックが幹にあることが伺えます。

 “少なくとも僕らの何人かは、2000年代半ばのトロントのインディー・ポストロック・シーンで育った。Godspeed You! Black Emperorを聴いて育ったから、ストリングスやホーンといったものを自分たちの音楽に取り入れることは全く異質なことだとは思わなかった。僕らがやりたかったのは、幅広い楽器を使った集団の感性をヘヴィでアグレッシヴでカタルシスのある音楽に持ち込むことだったと思う(WATERLOOのインタビューより)“。

 2016年に1stアルバム『Gravity and Grace』をリリース。最新作は2024年7月末に発表した4thアルバム『Hiraeth』です。本記事はそれらのフルアルバム全4作品について書いています。

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アルバム紹介

Gravity and Grace(2016)

 1stアルバム。全9曲約42分収録。Zegema Beach Recordsからのリリース。タイトルは直訳で”重力と恵み”。本作についてTrebleのインタビューによると”神という観念が投げかけられる。私たちが最初から目指していたのは苦悩、悔恨、心痛、希望、許し、再生の感覚のバランスをとることだった”と述べている。

 音楽的にはポストハードコアやリアル・スクリーモ、ポストロック、ブラックゲイズ、クラシック、室内楽などがミックスされたものです。カナダ・トロントという土地柄が生んだオーケストラルな集合体としての華やかさと繊細さ、そして力強さを兼ね備えています。固定メンバー6人に加えて”拡大家族”と称するゲストメンバーを含めた総計9人がこの芸術の嵐を生み出している。

 感情の乗ったスクリームや哀切のメロディからはenvyが、ホーンやストリングスといった管弦楽器の多用からはGY!BEやDo Make Say Think、Broken Social Sceneといったバンドの名前が浮かんできます(2018年にはenvy「Go Mad and Mark」のカバーを発表している)。

 冒頭、穏やかな風景をつむぐ#1「Pitter Patter」から#2「Ascent」の轟音オーケストラの迫力を前にして全身に稲妻が走ります。凪と時化の両極を巧みにコントロールしながら、感情のほとばしりを声にも演奏にもありったけに込め、刹那の爆発につなげている。#3「Eternal Light」にはJunius「All Shall Float」終盤の面影が重なったりも。

 #6「Eternal Nothing」や3部構成にまたがる#7~#9組曲「Evening」といった終盤は圧巻。トランペットやホーンが歓喜を運び、ストリングスは緊張感を引き延ばし、轟音ギターが泣き叫ぶ。

 それでもコンセプトを準拠し続ける頭でっかちさはなく、シンガロンガできる共有性がRespireには存在している。なお本作はTrebleが発表した【2016年の見落とされたアルバム】に選出されており、”このアルバムを聴き逃した人は、大変な失態を犯したことになります“と記述されている。

メインアーティスト:Respire
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D​é​nouement(2018)

 2ndアルバム。全8曲約36分収録。”アルバムの歌詞の内容やテーマの多くは、依存症との闘いについてですそして前進し、バンドメンバーがとった行動のいくつかを悔い改め、このアルバムを通して決着をつけて癒しに向かうこと“とWATERLOOのインタビューで答えています。

 実際にメンバーの何人かは(おそらく薬物)依存症と向き合うためにリハビリ施設に入所したとも同記事に書かれている。音楽的には前作のスタイルを継続しており、オーケストラルなポストハードコアを強化しています。

 6人の固定メンバーに加えて、本作はさらなる追加メンバーを加えた総計14人による小楽団を形成。頼んでもないのに全部乗せトッピングするかのように足し算するのを主体に、掛け算もうまくいれて緊張感と壮大さを増しています。そのわりに長くても7分台と尺を無理やり引き延ばしたりせずに、締まった印象を残します。

 VICEのインタビューにてアルバムのテーマを要約した役割を果たす先行曲#1「Bound」からして強烈。多楽器を有したクラシカル/オーケストラルなポストロック、そして日本でいうところの”激情”というワードがひっつくハードコアが密接に結びついています。

 哀しみも歓喜も共有し、血液が沸騰する瞬間も共有するこの感覚。どこかで味わったことがあるぞと思ったら、Light Bearerで得たカタルシスに近いものがある。ハードコアを基にコンセプトと芸術を会得していく様は、両者ともに大いに重なる部分があると感じます(Light Bearerの方が哲学的でポストメタル寄りですが)。

 音楽的に前作と比較するならばブラックゲイズ度がやや増したというのは挙げられます。#2「Haunt」はGY!BEとSo Hideousが衝突したような7分間に仕上がっていますし、続く#3「Shiver」はトレモロを中心としつつ中間地点のケルト音楽交じりのハーモニーが虚をつきます。

 グロッケンや管弦楽器が彩る美しいインスト#4「Bloom」、インディーロックと激情ハードコアが相まみえる#6「Virtue」が並行世界にあるのもRespireならでは。ホーン隊を中心に昂揚感あるエンディング#8「Dénouement」までに至る道のりには、繰り返さざるを得なかった依存という苦しみや痛みに向き合うための力強い輝きが宿っています。

メインアーティスト:Respire
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Black Line(2020)

 3rdアルバム。全9曲約41分収録。もともとHoly Roar Recordsからリリース予定でしたが、例の件でレーベル自体が消滅したためChurch Road Recordsへと移籍。この流れはSvalbardと全く同じです。

 作品の背景にあるのは、当時起こったカナダやオーストラリアの森林火災を始め、現在迫っている気候問題に対して何もしないどころか分断を煽る上流階級に批判的な目を向けたもの。絶えず崩壊する世界でより良くありたいという願望について書いているとのこと(DIY ConspiracyThis Noise is Oursの両インタビュー参照)。

 本作では総計12人が参加し、『D​é​nouement』のさらなる先へと到達しています。ストリングスがクラシック音楽の壮重さを伝える短い導入曲#1「Blight」を抜けると、一気にエクストリーム・メタルの強度/破壊力を有する#2「Tempest」の激震へ。この冒頭2曲でRespireの音楽性を見事にプレゼンしています。

 多声多楽器を用いて空間を贅沢に浪費し、自身のメッセージを最大化する手法は際立っています。トレモロはブラックメタルの荒涼とシューゲイズの重層を生み出し、リズム隊は抑えの効いた鈍重さからブラストビートまで速遅を適切にコントロール。

 一方で声の方もハードコア/エモの枯れた叫びやデス・ドゥーム寄りの怒声、合唱団のごときコーラスまでさまざま。ここにストリングスやホーン、アコーディオン、グロッケンまでが飛び出す仕様です。苛烈でありながら限りなく美しさを追求。

 ブラッケンドハードコアの痛烈さがいつのまにか歓喜のファンファーレへと変わる#3「Cicatrice」、GY!BEの緊迫感からデスメタルを交えた轟音オーケストラと化す#4「Lost Virtue」を有し、さらに#8「To Our Dead Friends」では90’s~00’sエモを燃料にして突っ走る。

 ハードコアパンクであり、ポストロックであり、オーケストラでもある多様さは、”ポスト・エヴリシング”と自称するフレーズに当てはまります。ラストは前作の続編である#9「Catacombs Part II」によって希望を高らかにして終わっていく。誰にも止められない熱狂と美しさ、圧倒と感動がここにある。

メインアーティスト:Respire
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Hiraeth(2024)

 4thアルバム。全10曲約44分収録。ミックスとマスタリングをJack Shirleyが担当。これまでで最長となる3年8カ月のインターバルについては前作のリリース以降、一部のメンバーがテキサス州オースティンに転居したことでトロントとの物理的な距離問題が出てきたため。

 そんな本作の主題に挙げているのは”移民体験のマニフェスト”。これまでも自身が移民であることに対しての影響を作品に反映してましたが、”移民である私たちは頼りにしてきたものがいかに簡単に奪われるかを痛感しています“という言葉を前作のインタビューでも発しており、危機感をもって日々の生活を営んでいることは想像に難くない。

 音楽的にはこれまで通りの多様性と包括的な作風は維持していますが、ハードコア寄りに回帰しているように感じます。ブラックゲイズ~デスメタル的な集中砲火は控えめであり、#2「The Match, Consumed」や#9「Do the Birds Still Sing?」の激しさはエモバイオレンスといった表現の方が近い印象。

 そしてメルヘンチックな色合いが濃くなったこと、以前よりも全体的に陽光を浴びた温かさがあることもポイントに挙げられます。ヴォーカルをのぞいてインディーロック風味強めな#5「Home of Ash」、移民である自分たちの不安定な立場を歌った#7「The Sun Sets Without Us」などではキャッチーな表現も増えている。ゆえにこれまでのフルアルバムで最も聴きやすい。

 またある種のドタバタ劇のような狂騒とドラマ性からは、Vampilliaが近い存在になったとも感じられます(#6や#8は特に)。それでもRespireはトロントのポストロック寄りでブラスの比重が高め、Vampilliaは録音を行っているアイスランド勢の影響が大きくてキーボード主体という違いはありますが。

 トラック間をシームレスに移行する試みも含め、『Hiraeth』は作品を通してこれまでよりも大きな体験を提供しています。 その上でRespireのハーモニーは希望と連帯を呼びかけている。#1「Keening」の歌詞には”私たちは叫び続ける、誰にも言わずに曲を書く” とありますが、彼等は音楽を通してより良い世界を目指すことを決してあきらめない。

このアルバムは希望とより良い未来を求め、人生と家族を根こそぎ奪ってきた人々への賛辞であると同時に、社会的地位という幻の特権に甘んじ、自己満足に浸っている人々への戒めの物語でもある。手遅れになる前に共通の人間性を受け入れ、私たちの存在の脆さに目覚め、私たちが集団で直面している危機に立ち向かおうという呼びかけである。

『Hiraeth』リリース・インフォメーションより
メインアーティスト:Respire
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Respire | Audiotree Worldwide

Respire | Audiotree Worldwide

アーティスト・プレイリスト

 こちらのプレイリストは、Respireがその時に影響を受けた音楽を反映したものです。彼等の動向を追う上でチェック推奨。

お読みいただきありがとうございました!
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